「落ち着け……落ち着け……」
俺のエクステンドとグラナダのフィギュアが睨み合う。こちらは機械的なフェイスに対し、あちらのフィギュアの表情はプレイヤーの物が反映されるようだ。その顔には、僅かだが焦りが伺えた。
「コウ少年、流れはこっちにあるぞ」
「分かってます……けどエクステンドは、片腕を切り落とされている上に胸元の装甲にもダメージが蓄積してる。安易には突っ込めません」
一歩、一歩、と着実に距離を図ったなら。そして、胴回し蹴りを放つ。
バコンッ! と音を立てて、エクステンドの蹴りがグラナダのフィギュアをすっ飛ばした。その隙にこぶしを全力で突っ込む。
しかし、グラナダのフィギュアはガードの姿勢をとってエクステンドを弾く。
「素人が調子のんじゃねぇ!!」
グラナダが抜いた短刀がヘッドパーツを掠ってアンテナが切り落とされる。グラナダのフィギュアには短刀が二本も鎧の内側に隠されていたようだ。もう一本をダガーのように構えて、さらに胸のダメージ跡を突き刺しやがった。
「ッ……」
「退くんだ、コウ少年! プラモデルは中身が詰まったフィギュアよりも軽いから、接近戦は不利になる!」
「重くて大きいは格闘技でも有利って聞いたことありますけど、玩具も同じなんですね……」
俺はなんとか、襲いかかる刃を防いだ。確かにヤツの攻撃は一撃、一撃が重い。こちらの攻撃をガード出来たのも、その重さが関係しているのだろう。
「逃げんなよ! 姫野コーポレーションがぁ!」
「逃げるしかねぇだろ……ッ! どうすればいいですか、アールさん!」
「射撃武器! 背中に装備されたマシンガンを、使うのだ!」
アールさんが操縦に割り込んできた。エクステンドはマシンガンを構えて、弾をバラ撒くが、当たらなかった……
片腕ではバランスが悪いんだ。いや、それ以上に俺のテクニックが射撃に向いていない。スコープに敵を捕らえている筈なのに全て外してしまっている……
「下手くそが、隙だらけなんだよっ!」
「しまった……!!」
「避けなさい! コウ少年!」
アールさんのお陰で、俺は咄嗟に身を捻れた。エクステンドは致命傷を避けたが、肩を刃が抉る。グラナダのフィギュアが勝ちを確信したように、ニヤけてやがった。
「クッソ……どうせ、重さで負けてるんならなぁ!!」
「おいっ! コウ少年、何を企んでいるんだ!」
俺はマシンガンを投げつけた! 抜群のコントロールは、野球好きな次男とのキャッチボールで覚えた。そして怯んだグラナダのフィギュアにもう一度、渾身の蹴りを放つ。
「ごめんな……エクステンド、痛いかもしれないが、お前だって勝ちたいよなッ!」
「コウ少年……」
俺はわざとエクステンドの余分なパーツが外れるように、グラナダのフィギュアを蹴りつけた。エクステンドの足にヒビが走って、パーツが砕けていく。
「ちょっ! エクステンドがぁぁぁ!」
ごめんなさい……アールさん。けど勝つためには、これしかないんだッ!
俺は、辛うじて形を維持するヒビの入った足を軸にして、もう片方の足で短刀を蹴り払った。先程と同じように衝撃でエクステンドにもヒビが入り、余分な装甲が外れていく。
「はぁ……はぁ……、これで勝利のピースは揃った!」
「はぁ? 何いってやがる素人が! テメェがやったのは自壊行為だろうが! プラモデル使いは、頭がイカれてんのか!」
「そうだぞ! コウ少年、君って奴は私の愛が詰まったエクステンドをこんなにして……うぅ、酷いぞ」
アールさん、マジですいません。だけど泣かないで下さいよ、大人でしょ!
それに俺は、私情を抜きにしてエクステンドと、この勝負を勝ちたいんだ!
応えてくれるよな……?
「……」
よし、それで良いぜ。お前は最高だ。
「いッけぇぇェェ!!」
エクステンドが大きく飛び上がる。そしてグラナダの背後を奪って、無傷なもう片方の腕でヤツを殴りつけた!
「クッ……だが、パンチが軽いんだよ!」
「そう、軽いんだよ……軽いからこそだ」
すぐにグラナダのフィギュアは腕を振り上げ、俺を叩き切ろうとした。だが俺はヤツの背後にはいない。
既に俺はグラナダの攻撃範囲から離脱し、今度はヤツが落とした短刀を拾い上げ、太股にあたる部位を切りつけた。そして反撃される前に、距離を取る。
「まさかコウ少年……この戦法は」
「ヒット&アウェイってヤツですかね? うちの長女が言うには恋の必勝法は距離感らしいですよ!」
「全然っ、現状と関係ないじゃないか! だが、見事だぞ。一撃でダメージを少しずつ稼ぎながら、反撃を受ける前に離脱するのは効果的な戦法だ」
「クッソ、めんどくせぇ……! 避けてんじゃねーよ!」
俺はフットワークを駆使して、もう一度、相手の拳を避ける。そして反撃の刃で鎧を切り裂く!
「何なんだよ……何なんだよ! その戦法は! エクステンドは、そんな速く動ける玩具じゃねぇ筈だ!」
「軽いからこそ、お前のフィギュアよりも軽いプラモデルだからこそ、速く動けるんだ!」
俺はスピードと引き換えにアールさんの大切なプラモデルを壊した。ヤツの攻撃を回避するには、ほんの少しスピードが足りなかったんだ。スピードを出すためにはもっと軽さが必要になる、だからどうしても足周りの大きな部品を壊して外さなければならなかった。
だが、いくら勝つためでも、プラモデルを壊すなんて……。
「俺にはプラモデル愛なんてないんだな……」
「コウ少年、まだヤツを倒してないぞ! 前を向け、エクステンドの傷を無駄にするな!」
「クソがぁぁぁぁ! テメェら絶対、潰してやるよ!!」
鬼の形相と化した、グラナダのフィギュアが掴みかかってきた。だが、ボロボロなのはヤツの方だ。
こっちはなぁ……父ちゃんと母ちゃんが亡くなって以来、ずっと二人の代わりに家族を守ってきた、鋼鉄のお兄ちゃんなんだ! 舐めんじゃねぇぞ!
「やってしまえ! コウ少年ッ!」
俺の構えた短刀は、勢いよく突っ込んできたグラナダに深く突き刺さる。あとは、このままヤツの勢いを利用して切断するだけだ!
「命名! エクステンド・ショートダガァ斬ッ!!!!」
俺が短刀を振り抜くのと、エクステンドの足が勢いに耐えきれずに崩れるのは、ほぼ同時だった。エクステンドは立てないが、まだ稼働している。それに対しグラナダのフィギュアは完全に停止した。これはつまり……
「ふふ、ふふふ……ふははは!! よくやったぞ! 私たちの勝ちだぞ!」
コックピットのモニターにも勝利と表記されている。その演出はエクステンドも喜んでいるようで、嬉しかった。
□□□□
辺りには、いつの間にかギャラリーが集まっていたようで、称賛の声や歓声が湧いていた。
「宣伝ってのは、こういうことなんすね」
「そう! クリエイティブ・バトラーズでは、対戦の様子を自由に世界中の人々が閲覧出来るからな、それに良いヒール役のロールプレイだったよ、グラナダ少年」
「ありがとうございます、アップルガールさん。それにコウさん、見事なヒット&アウェイでした! 僕の完敗です」
へ……? えっ待て待て! 急にモニターがグラナダに繋がったぞ! それにさっきのチンピラみたいな感じは何処に行ったんだよ!
「おい! 待てよ、さっきのキャラとは全然違うじゃねぇか!」
「はい、今回は姫野コーポレーションにヒール役で呼ばれていたので、あっ! けど勝負は全力でしたよ!」
いや、いや、全然訳がわからないだが? ヒール役ってのは確か……プロレスとかで悪役として振る舞うことだよな?
「いやぁ……すまんね、私の説明不足だ。クリエイティブ・バトラーズの中にはキャラクターになりきって遊ぶプレイヤーや独自の世界観でギルドを形成したりするんだ」
「僕、グラナダは過激な悪人という設定でSNS上では動画配信を行っています。そして今回はその設定を生かして、悪役を演じてたんですよ」
「そんなのありかよ……てかアールさん、わざと黙ってましたよね、俺を引き留めるために!」
「うぅ、だってー! コウ少年は、こうでもしないとダメそうだったんだもん! 急遽、対戦カードを組んだんだぞ、応じてくれたグラナダ少年にもちゃんとお礼を言うんだ!」
いや、アンタが社長なんだからお礼を言うべきだろ……
称賛の声は鳴り止まない、コメントコーナーの盛り上がりも凄かった。どうやら観客は俺たちの白熱したロールプレイに魅入られたようだ。まぁ、俺は本気だったからロール(演技)もクソもないが。けど悪い気もしないな。
「さてと、どうだい? 称賛に酔いしれる気分は」
「味わったことのない感覚です……対戦自体もなんか凄く興奮して……まだ体があの戦いの熱を覚えてるみたいな」
「そりゃあ、ヒートアップしてたもんねぇ、命名! エクステンド・ショートダガー斬だっけ? 技名を付けるとは君もなかなイタいぞ」
「うっ……ヒール役とかあるんなら技名をつけるくらい良いじゃないっすか! それに貴女のアバターに比べたら……」
「何が言いたいのかねぇ……この完璧なアップルガールの姿に!」
おわぁ! 狭いコックピットで急に引っ付いてこないでほしい! それに、この人は天然でやってるから尚更、質が悪いんだよな……
ごめんな、妹に弟よ。今日だけは仕事とか、貧乏とかから解放されて、兄ちゃんはこの世界で酔いしれていたいんだ。そのためにコックピットを開けて青空を仰ごうとした。
だが俺の意識は急激に現実へと引き戻される……!!
□□□□
「お兄ちゃんの……お兄ちゃんの……バカ野郎ぉぉ!!」
「えぇ!! 加奈か? 何やってやがるんだこんなところで」
彼女は俺のヘッドギアを抱えていた。彼女が俺のヘッドギアを外したから俺はログアウトしたのだろう……だが
「おい、加奈? 顔が赤いし、さっきから何怒ってるんだ?」
「白々しいぞ! 変態め! まさか誰もいない工場で女の人と寝るとは……!」
女の人……? ってなんか重いんだが、これってまさか……
「アールさッッッん! アンタって人はぁぁぁ!」
アールさんは、ログインする際、俺に馬乗りになっていた? 彼女はちょうど俺に抱き付くような姿勢で昏睡している。そんな光景をこのウブな妹が見れば、何やら良からぬ誤解をしてしまったのだろう!
「ちっ……ちがう! この人はアールさ、じゃなくて林檎さん! 俺たちは決してお前が想像するような、いやらしい事をしていたんじゃなくてだな!」
「私は友達や彼女を連れてこいとはいったけど……大人の階段を登れとは言ってないのよ……覚悟して!」
「待て! 誤解だ! 誤解なんだぁ!」
バチンっ! と加奈の必殺のビンタが俺の頬に久々に炸裂した。あぁ、めっちゃ痛い。
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