ヒメノ・エクステンダーズが結成された。そんな俺たちをスノーレディさんはどういう気持ちで見ていたのだろうか?
「ギルド結成おめでとう、ヒメノ・エクステンダーズ」
「えぇ、といってもバトルできるのは二人だけですが……」
「そういう、ギルドだって珍しくないぞ」
スノーレディさんが他のギルドの構成なんかを紹介してくれた。別にギルドの全員が戦闘要因な訳ではないらしい。2人が戦闘に特化したおもちゃを操り、残り一人が非戦闘用の偵察機や輸送機を用いて連携をするといったトリッキーな戦法もあるようだ。
「偵察機の操作ならなんとかなるぞ!」
「ほんとですか……?」
「むっ……なんだ、その信用のない目は?」
絶対、アールさんのことだ。偵察という隠密スキル等が求められる役目でも、ハデな会社のロゴが入った機体を使うに決まってる……
「ウチがむかしエボリュートのサポートメカとして作った戦闘機があるから、改造すれば使えると思う」
「それなら安心だな」
「なんか解せぬぞ……」
ムスッとふくれる彼女だが、人の家のおかずに毎回、会社のロゴを彫るから信用をなくすんだ。せっかく味はいいのに反応しづらいんだよ。
「けどよ、別にすぐにギルドの3人を増やす必要もねーぞ」
「そうなのか、リアナ?」
「地区大会のギルドは3人構成、県大会は4人、全国からは5人までオッケーだ」
「つまり、勝ち進むほどギルドの規模も大きくなるが、より敵も大規模になるわけか……」
「そそ、去年の全国大会でファイヤーフォースのヒーローが5人揃ったときはウチ、感動しちったぜ!」
「お、おう……」
まぁ、これで不安も残るが大会の出場資格も手に入れた訳だ。リアナの実力があれば、二人でもほとんどの試合は勝ち抜けるだろう。だが……
「スノーレディさん……」
「私がどうしたのかな?」
仮面で常に顔を隠しているこの謎めいた女性に勝つにはどうすればいいのだろうか? 彼女の機体、オーバーロードはナイフで切りつけた相手を凍結させる。俺のクリムゾン・バーストのように何か仕組みがあるはずだが、検討がつかない……
「君は私にどう勝つかを考えているのかい?」
「えぇ……俺たち世界を目指すんで」
スノーレディさんはまた芝居がかった笑みでクックと笑った。どこまでも役にのめり込んでいるのだろうか。
「俺はそのために貴方を倒します。絶対に……」
「ウチを忘れてんじゃねぇぞ、スノーレディ! アンタを倒すのはこのウチだ!」
「ふふ、やってみなさい。少年少女、あと社長さん」
おまけにされたことを、不満そうに抗議するアールさんを無視して、スノーレディさんは指を弾いた。
「リュウ、ライコ、挨拶をしましょう」
また吹雪が吹いた。彼女ならではの、演出と共にその黒い巨人が立ち上がる。彼女の愛機、オーバーロードだ。そしてオーバーロードに続くように、二体の機影が現れた。狼の耳のようなセンサーパーツが特徴的な機体達だ。
「お初にお目にかかるぜ、俺は泣く子も笑顔に変えるバンドマン! リュウだ!」
「ライコ、雷の虎でライコだ、よろしく」
「あっ……よろしくっす」
リュウさんにライコさん……このひと達がスノーレディのギルドメンバーなのか。ギターを背負ったハデな金髪のアバターの方がリュウさん。そんな彼とは対照的に生真面目なスーツを着こなすアバターのほうが、ライコさんらしい。
「ちっす、リアナちゃん。今年は去年みたいには行かないぜ」
「久しぶりだな、リュウさん。今年は、アンタの誤射のせいで1回戦で負けちまうんじゃないか?」
「おっ、言いやがるな……けど今年は秘密兵器があるんだよ!」
「おい、リュウ! 簡単に他所のチームに秘密をバラすな!」
へいへい、と平謝りをするリュウさんと、馴れ馴れしく会話するリアナ。そしてリュウさんを咎めるライコさん。やばい……この3人の関係性というか、独特な空気が掴めねぇぞ、俺。
「コウ少年、コウ少年」
こっそり手招きをするアールさんが、俺に耳打ちで教えてくれた。
「去年の地区大会で、リアナ少女のギルドとスノーレディのギルド、スノーデルタは対決してるんだよ」
「まじっすか!? えっ……それで勝ったのは?」
「勝ったのはリアナ少女のギルドだ。だが、それはあのリュウ少年のプレイングミスが原因ってだけで、個人戦として見ればスノーレディの圧勝だった」
俺は改めて三人の機体を観察する。オーバーロードはこの中でも一番の完成度を誇るだろう。同じエクステンドをベースにしているらしいが、俺のエクスコードとの完成度は雲泥の差がある。そしてリュウさんとライコさんの機体は、同じハウンドというプラモデルを改造しているらしいが、全く違う機体に仕上がっていた。
ギターケースを背負ったリュウさんのハウンド・アールに、大型のライフルを構えたライコさんのハウンド・エルか……
「どうやら、警戒するのはスノーレディさんのオーバーロードだけじゃなさそうだな……」
「そのようだね、コウ少年……勝てそうか?」
「さっきから言ってるでしょ? 勝ってみせるって」
「んー……そんなこと言ってリアナ少女に君は負けているがね」
そこに触れられるのは痛いな。だが、今度こそ期待を裏切るわけにはいかない。
「今度こそ信じてはくれませんか?」
「馬鹿だな君は、私が君を信じないことがあったか?」
まったく、喰えない人だ。だが、有難い!
「俺は勝ちます、スノーレディを倒して県大会に進んで見せます!」
そう宣言する俺の首もとにひんやりとした鉄の感触が走った。ナイフだ。握っているのはスノーレディらしい。彼女は一瞬で、俺の背後に回り込んだのだ。
「私に勝つなら、まずはこのくらい避けなければね?」
「あはは……もしかしてスノーレディさんって、リアルでは怖い人っすか?」
「リアル? 私にリアルなんてないよ。私は私、スノーレディだ」
「野暮なこと聞いてすいません。けどいくらゲームだって分かっていても、ナイフは物騒なのでやめてください」
「おっと、これは失礼したな」
仮面越しにイタズラっぽく微笑む彼女。そして改めてギルド、スノーデルタの面々が俺たちに向き合った。
「諸君に戦線布告する! 私たちスノーデルタは貴方達を倒して世界大会へ進むと!」
「おもしろい……その挑戦、勝つのは俺たちヒメノ・エクステンダーズだ!」
※※※
さて、ヒメノ・エクステンダーズが結成してから1日、地区大会までは残り5日だ。この期間を調整に用いるのが一番だろうが今日は月曜、学校なのだ。
「学校での相談は委員長に乗って貰うか」
そう思い、俺は委員長の席に足を運んだ。だが、普段は一番に登校して教室の換気やゴミ拾いなんかをしている彼女の姿はなかった。
「遅刻って訳はないだろうし……委員会の仕事か?」
仕方なく俺は席について、スノーレディさんについての研究を始めた。
恥ずかしい話だが、俺はせっかくギルドの仲間になったはずの梨乃と早々、喧嘩になってしまった。ことの顛末はこうだ……
「いいか、鋼太郎。スノーレディを倒すのはウチだ。お前はリュウとライコを頼む」
「ちょ、勝手に決めないでくれよ。俺だってスノーレディさんと戦いたいんだ」
「はぁ? ウチの方が強いんだから、ウチが戦う方がチャンスがあるだろ?」
「2回、戦って完全に対策されてるお前より、初見の俺の方が不意を突ける」
売り言葉に買い言葉だ。リアナのリベンジ精神も判る、けど俺だってスノーレディさんに勝ちたいんだ。結局、議論は平行線が続いた。そんな俺たちを見かねて林檎さんが仲裁案を出した。
その仲裁案というのが、《オーバーロードの凍結トリックを暴いて対策を用意する》だった。
「どうだね、先に彼女の仕掛けに気づいた方の観察力や洞察力を私は評価しようと思う!」
初めて、大人みたいな態度の林檎さんをみた。相変わらず腹が立つどや顔だが、利に叶っていると思う。
「けどなぁ……」
何度見ても、ヘッドギアに映る映像は本当に凍っているようにしか見えなかった。ネット上の議論なんかも見たが、液体窒素のタンクを積んでいるだとか、何かのバグなんだとか、がほとんどで、信憑性に欠ける。
それに知識や経験に置いても俺は、梨乃に劣っているし、俺ができる対策なんて前回、偶発的に生まれたクリムゾン・バーストぐらいだろう。
「委員長に相談しようと思ったが、他人に頼るなってことか……」
クラスでは、配信されたコウVSリアナ戦や、ヒメノ・エクステンダーズ結成、スノーデルタの戦線布告の件が話題を呼んでいた。ほんとうに俺たちの影響力ってのは凄いらしいな。梨乃の愛用する模型屋の店長いわく、姫野コーポレーション関連の商品の売れ行きも上々らしい。
(もし、本当に世界をとったら……借金返して、妹弟たち皆に行きたい学校に行かせられるかな?)
そんなことを考えている間に一日が過ぎた。結局、委員長は学校に来なかった休んだ原因は不明なのが気がかりだが……
「ただいま、林檎さんに迷惑かけてねーだろうな」
俺はそんなモヤモヤを抱えながら帰宅した。今日は林檎さんも来て、作戦会議の予定だったのだが、玄関の靴の数が多い……
「お帰りなさいだな、鋼太郎少年」
「えぇ……林檎さん、ところでこの靴ってもしかして」
「あぁ、ウチのだよ」
何が当然のように「あぁ、ウチのだよ」じゃねーよ!!
「なんで! 梨乃までうちにいるんだよ!?」
「そりゃ、私だってギルドのメンバーだし」
「だからって人のウチを、集合場所にするんじゃねぇ!!」
「いいじゃねぇか、私だって独り暮らしで退屈なんだし、ゲーセン通うよりお前の家の方が有意義だろ?」
そうかもしれねぇけど……せめて一言言ってくれば助かるんだよ。梨乃は外見がバリバリのヤンキー少女だから、ウチの小さい妹弟たちが見たら怖くて泣いてしまうかもしれないだろ。
「ねぇ、ヤンキーのお姉ちゃんもはやく来てよー。アニメ始まるよー」
「おっと、ごめんねー。すぐ行くから、ちゃんと見るから!」
「は? どういうことだよ」
「梨乃少女は子供が好きなんだよ。だから私たちが料理をしている間に、弟妹達の面倒を見てもらってるんだ」
「まじっすか……」
恐る恐るテレビのある部屋を覗き込むと、梨乃が末弟の鋼四郎を膝にのせて、楽しくアニメを見ていた。心なしか俺よりも梨乃の方が懐かれているように、見えてしまった。
「ヤンキーだけど実は良いヤツみたいなやつなのか!?」
「きっと、そうだろうね。梨乃少女は捨て猫を飼っているそうだし」
そんな苦笑いする俺の肩をトントンと加奈が叩いた。彼女の顔には何故か怒りが露になっている。
「ちょっ……加奈! お前どうした!?」
「いいから、ちょっと来いや」
「お、おう」
加奈は有無を言わさず俺を引きずっていく。こんな怖い加奈は初めてだ。もしかしたら俺は本当に生きては帰れないかもしれない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!