俺達のエクスコード!

貧乏高校生! 女社長とゲームとプラモで世界を目指す!!
雪年しぐれ
雪年しぐれ

氷と炎と彼女の想い

私は凍っている

公開日時: 2020年10月11日(日) 02:42
更新日時: 2020年10月12日(月) 07:21
文字数:4,430

「いつからかな? 私が鋼太郎くんの事が好きになったのは……」



鋼太郎がギルドを結成したあの日、ログアウトしたスノーレディ改め、白泉冬美はヘッドギアを外した。彼女は自身が何処で間違えてしまったのかを問うように、その一言を漏らした。その問に答えるように、あの日の出来事が思い浮かぶ。



※※※



当時まだ小学生だった冬美は、テレビに映るそのロボットが大好きだった。倒れても、なんども改修されて、世界の平和を守るために闘うその背中に憧れていた。だが……



「えっ……冬美ちゃん、ロボットなんて好きなの?」



「う、うん……変かな?」



「うん、すっごく変。そういうのアレでしょ、オタクって言うんでしょ?」



オタク……その言葉は小学生の彼女でも、何となく侮蔑されていることが理解できていた。それでも美冬は自分の中の憧れを捨てなかった。自分に正直に生きたかったからだ……



「美冬ちゃんも今度、お洋服見に行こうよ!」



「ごめんっ……今月お小遣い、使っちゃってさ。あはは」



「また、ロボットとかプラモデル?」



「どうしても、欲しくてさ……」



「美冬ちゃんは相変わらずオタクだね」



中学生になる頃ころには、自分の中の"憧れ"と言う気持ちが自分自身を傷つけるということに気付いた。


友人には少し距離を取られて、裏では陰口を言われた。両親からは呆れられた。好きな男の子にも、オタクは気持ち悪いと言われた……



「私は何かおかしいのかな……」



誰もいない放課後の教室で美冬は涙を溢した。鞄に付けた、ロボットのキーホルダーが今はとても目障りだった。



「こんなの……こんなっ! 要らないよっ!!」



キーホルダーを、チェーンから引きちぎる。そして校庭へ向かって、ほおり投げようとした。



「おい! 待て!」



キーホルダーを握り締めた、その手を誰かに捕まれた。振り返ると少し背の高い、少年がそこに立っていた。ネームプレートには黒川鋼太郎とやけに堅苦しい字で書かれている。



「ダメだろ、こんな所から物を投げたら! 誰かに当たったらどうするんだよ!」



「うるさい、ほっといてよ!」



美冬はキーホルダーを鋼太郎に投げつけた。彼は冬美のただならぬ様子に少し戸惑るが、すぐにキーホルダーを拾って誇りを払った。



「泣いてる女の子をほっとくなって、父ちゃんに言われてる。だから俺は君をほおっておけないよ」



鋼太郎は契れたチェーンを元に戻すとそれを美冬に握らせた。



「せっかくのカッコいいストラップなんだから、大事にしろよな!」



誰かが、こんなに近くに踏み込んでくるのは冬美にとって久々だった。感情がぐちゃぐちゃになって整理が追い付かなくなる。



「あれ? なんか泣いてないか?」



「うっ……うわぁぁぁぁん!!」



感情の塞き止めが聞かなくなった美冬が泣き崩れる。初めて会った男子の前だというのに、涙が止まらなかった。



「ったく……カナじゃねぇんだから、そんなに泣くなよ」



鋼太郎は渋々、泣いてる美冬の横に腰を下ろした。そして背中を擦ってくれた。



「妹が泣き虫だから、こういうの慣れてる……泣き止むまでいくらでも側にいてやる」



「うっうぅ……」



鋼太郎は忘れ物を取りに隣のクラスに寄ったらしい。そして帰ろうとしたところで偶然、美冬を見つけたのだ。



「……ホントに泣き止むまで側にいてくれたんだ」



「うん、けど帰ったら、父ちゃんに怒られるだろうな……門限破っちまった」



「ごめんね……」



「いいよ、泣いてる女の子をほっといたら、もっと怒られるから」



鋼太郎は冬美にどうして泣いているのかを聞いたが、彼女は答えるのが怖かった。また拒絶されたり、距離を取られるのが嫌だったからだ。だが鋼太郎の隣にいると何故か、落ち着く。彼に全てを受け止めて欲しいと、幼い彼女は願った。



「あのさ! 私って変なのかな? 女の子でロボット好きなのは気持ち悪いのかな?」



「別におかしくないだろ。というか好きって気持ちに良いも悪いもないだろ」



一瞬も迷うこともなく、鋼太郎は言い切った。



「例えば、俺は家族の皆が大好きだけど、どう思う?」



「えっ……素敵だと思うよ」



「だろ? 人の好きに文句つけるヤツなんて知るか!」



「うっ……うん!!」



「きっとお前の好きって気持ちを誰かが、今みたいに素敵だとか、すげぇって認めてくれるぜ」



鋼太郎のこの一言は予言のような物だった。この数ヵ月後にサービスが開始されたクリエイティブ・バトラーズで、冬美はすぐに、スノーレディとして有名になった。彼女の発想力と魅せるプレイングはすぐに、観客たちを虜にしたのだ。


皆が彼女を認めて称賛した。気付けば美冬は、あの仮想現実の世界が大好きになっていたのだ。



※※※



「また、戻ってきちゃったな……」



「相変わらず、現実に戻ってきたらリーダーはシケてますね」



「おい、竜崎失礼だろ」



「いいのよ、私はこっちだと何もないから……」



隣のブースからひょっこりと顔を出したのは、同じギルドのリュウとライコだった。彼らの本名は竜崎京と三鳴堺だ。二人もスノーレディのプレイングに魅せられたもの同士で、偶然にも同じ高校に通っていることが判ってからは3人でギルドを組んでいる。


冬美の足元がフラついた。咄嗟に二人が支えるが、冬美の身体は想像以上に軽くなっていた。



「ちょっ……!? リーダー、最近ご飯食ってるっすか?」



「食べて……ないかも」



「リーダー……最近、すこしクリエイティブ・バトラーズにのめり込みぎだと思います」



「別に良いでしょ……私はあの世界が好きなんだから」



冬美は、ここ最近ロクに睡眠をとっていないようだ。目には酷いクマができている。彼女の状態が笑い事じゃすまないということは、竜崎達には明確だった。



「良くないっすよ! リーダーがそんなにしてると愛しの鋼太郎君が、他の女に取られちゃうっすよ!」



「そうですよ、リーダー! 今年こそ大会に勝ち進んで、告白するって決めてたじゃないですか!」



そう、彼女たちの目標は地区大会突破だった。竜崎は地区大会に優勝したら、本気でギターと向き合う、三鳴はプロの作家を目指すと、約束していたのだ。


そして冬美は、ずっと胸に秘めた鋼太郎への恋心を光太郎に打ち明けると決めていた。だが……



「そんなのもう、どうでもいいよ」



「どうでもって! 小学生のころから好きだったんすよね?」



「うん……けど、彼の周りには、色んな人が居るの。彼は私だけの憧れじゃなくなっちゃったの」



冬美はこれまで、ずっと鋼太郎を誘い続けてきたのは、ギルドの増員が見込める県大会に鋼太郎と出場したかったからだ。そして、その先もずっと4人で勝ち進みたかった。



「ねぇ……二人とも、私はスノーレディになりたい。あの世界で私は特別な存在になれるの」



「そんなこと言ったって……」



「リーダーは、恋を諦めるんですか?」



「だって仕方ないじゃない……」



二人はすぐに、冬美の発言を否定しようとした。だが言葉がうまく出なかった。彼女の発言を、ここで否定したって、鋼太郎は彼女のものにはならないのだから。



「鋼太郎くんのことは忘れるわ……彼をこの地区大会で倒す、それだけよ」



「見損ないました、リーダー!!」



「構わないわよ……けど、今は一人にしてほしい……」



竜崎が鞄を投げ出して走り出した。自分の尊敬するリーダーの無様な姿を見ていられなかったのだろう。


いくらゲーム内では仮面をつけて、いくら強がりの演技を演じていようとも、現実の彼女の本音を聞いた竜崎は、ただ悲しかったのだ。



「リーダー……俺は貴女を信じます」



「三鳴……私は大丈夫だから、竜崎を止めてあげて。彼ドジだし、腕なんて怪我したらギター引けなくなっちゃうから」



「わかりました……。けどリーダー、貴女は姫野林檎というライバルから、スノーレディという仮の姿に逃げてるだけですよ」



「判ってる……。けど正論が常に正しいとは思えない」



※※※



学校にも行きたくなかった。行けば鋼太郎はいつものように、仕事を手伝ってくれる。最近なんかはプラモデル関連の相談も増えた。だが、それが辛かった。



「どうせ手に入らないなら、夢なんてみたくないよ……」



気が付くとまたクリエイティブ・バトラーズにログインしていた。


この世界にくれば、彼女はスノーレディとして生きることが出来る。バトルをすれば、それだけで多くのギャラリーが集まり、歓声が彼女を包んでくれる。



(そうだ、私はスノーレディなんだ! 誰にも負けない、誰よりも強いんだ……!)



この世界でなら、自信がどんどん湧いてくる。憂鬱だった足取りも気がつけば弾んでいる。



「ふふ、ふはは! そうよ、私はスノーレディなんだわ!」



オーバーロードを操っている時だけが、淡い恋や、オタクだと奇異な目で見られ続ける現実を忘れさせてくれるのだ。



(根暗でバカ真面目で委員長として雑務を押し付けられる私なんて、大嫌いなんだよっ!)



彼女はオーバーロードのアクセルを踏み込んだ。機体は加速し、目の前の敵を切りつけた。



「さぁ! 私と楽しいバトルをしようじゃないか! 私を楽しませてみろ!」



現実なら絶対に言えないような台詞を好きに吐ける快感を冬美は忘れられなかった。



ピコン!



コックピットに備え付けられたメールボックスに着信があった。そのメールの送り主の名前に美冬は驚きを隠せなかった。


アバターネーム セブンス・シン


キリスト教における7つの大罪が名前の元となった、このアバターネームと、スチームパンク風のアイコンは、バンズ社、社長のアカウントだ。


バンズ社はクリエイティブ・バトラーズの大元を担い、7つの大罪をモデルにした機体のプラモデルの売り上げは業界トップクラスを誇る。そんな所の、社長からメールが届く心当たりなんてない。冬美は恐る恐るメールを開いた。


メールの、内容は契約者のような物だった。そして映像メッセージが同封されていた。



「始めまして、スノーレディ。実は大変失礼なのを承知な上で君の近辺状況を調べさせて貰いました」



社長のアバターが淡々と続ける。自分のことを調べられているということにゾッとした冬美はすぐにメールを閉じようとした。だがそんな恐怖を社長の次の一言が書き消した。



「君はスノーレディとして生きていきたいと伺いました」



「僕らが、そんな君を全力で尊重して上げましょう。我がバンズ社のイメージキャラクターになってくれませんか?」



「報酬は君が望むだけ、払います。その代わり、君には我が者の商品でバトルしてもらうだけで構いません」



「それって、鋼太郎くんみたいになるってこと……」



映像メッセージは録画された物だ。だから彼女の問に社長は答えない。ただ、優しく微笑んで、淡々と話続ける。



「まずは手始めに地区大会で優勝してもらうことが、正式な契約条件となります。君が優勝できたなら、賞金として500万と我が社の試作機を君に託すことをお約束しましょう」



「以上です。よい返事を期待してるよ白泉冬美くん、いや……契約が成立したら君はスノーレディですね」



映像はそこで終わってぶっつりと切れた。画面にはYESかNOの選択肢だけが浮かんでいた。

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