「なにやってんすか、林檎さん……」
「何って、加奈少女と今晩の料理の支度をだな」
「お兄ちゃん! 林檎義姉さんって凄く野菜を切るのが上手いのよ」
「だっーから! 何で俺んちに社長が要るんだよっ!」
ウチに帰ると、そこにいたのはエプロン姿の林檎さんだった。狭いキッチンを器用に行き来しながら加奈と一緒に夕飯を仕上げていく。彼女は宣伝のお礼だと言っていたが、実のところは加奈と意気投合したのが始まりだという。他の妹弟も林檎さんに懐いてしまっているらしく、これからも定期的に遊びに来るらしい。
「まぁ、チビ達の勉強を見てもらったり、遊び相手になって貰うのは助かるんですけど、林檎さんにもプライベートはあるでしょ?」
「心配するな、それに私は寂しいのが嫌いなんだ。広すぎる一人ぼっちの自室より、この狭くて暖かい黒川家が心地よい」
林檎さんは何やら感傷にフケっているようだ。
そして加奈が「お兄ちゃんの邪魔しちゃダメよっ」と幼い妹弟達を追い出したが、要らん気遣いだ! 早く飯食って、明日の支度、それが済んだらテレビ見て寝るぞ!
「ねぇ、お兄ちゃんさ、ホントに林檎さんと付き合っちゃえば、年の差は気になるけど……お兄ちゃんは老け面だし!」
おいこら、誰が更け面だと? もしそうなら林檎さんみたいな美人に俺は釣り合わねーよ。それに、あの変人染みたテンションについていける自信もないからな……
「ちぇ」と悪態をつく加奈。そんな妹を無視して俺はサラダをつまみ食いした。林檎さんが切った野菜らしいが、ほんとうに繊細に切れている。認めたくないような気もするが、手先が器用なのは本当だった。
「どうだ、すごいだろう!」
「えぇ、やっぱりプラモデルを作るから刃物の扱いに慣れてるんですね。けど……」
「どうしたのかね?」
「なんで野菜にわざわざ、姫野コーポレーションのロゴを入れるんすか! 誰に向けた宣伝なんすか!」
えへへ、と舌を出して詫びる林檎さん。一応、SNSなんかに投稿すれば宣伝にはなるだろうが、彼女はそんなこと考えていないだろうな……
※※※
「さて! 鋼太郎少年、私がお邪魔したのは何も料理をするためだけじゃないぞ!」
夕飯を終え、ようやく自室の布団に体を投げた瞬間だった。立て付けのわるい扉を強引に開き、狭い部屋に林檎さんが乗り込んできた!
「林檎さん、声でかいんで! しっー!」
「ん? そうか、それはすまないな」
小さい妹弟たちは寝静まり、起きているのは勉強に追われる加奈くらいだろうから、静かにしてほしい。てか、アンタは帰らねぇのかよ、明日も仕事だろ?
「ふふ、忘れたのか、私が工作室に引き籠ってエクステンドの武装を製作していたことを!」
「確かに……そういえば、そんなことを言ってましたね」
いや、待て……貴女、レーザー戦車で遊んでましたよね?
「これを見よ!」
彼女は工具箱からエクステンドに持たせる為の刀と鞘を取り出した。そして俺のエクステンドの腰に設置し、抜刀のポーズをとらせる。
「似合っているだろう?」
「えぇ、けどデカくないっすか?」
彼女の用意した刀はエクステンドの背丈よりも大きかった。20センチあるんじゃないか? 刃先の部分には金属製のメタリックなパーツが使われている。て……これも昔ウチの工場で作った失敗作の包丁じゃねぇか。どっかのバカが高値で買い取ってくれたが、まさかこんな形で再開するとは……
「デカい武器はロマンだろう。それに刃といのは長ければ長いほど、リーチを得れるし、威力だって上がるさ」
けど、その分扱いも難しい。林檎さんは、この刀も使いこなせると、俺を信頼しているのだろうか。
「気に入って貰えたかね?」
「はい、ありがとうございます。この刀も使いこなせるよう、精進しますね」
よろしい! と彼女は腕を組んだ。そして、何やら俺のヘッドギアを弄り始めた。
「今度は何をやってるんですか?」
「忘れたのかね、君は乱入クエストをクリアしてるんだから、何かしらのレアアイテムを入手してるはずだろう」
そういえば、そうだ。あの時は勝利の喜びに酔いしれる余り、確認を怠っていたからな。俺も林檎さんと共にクエストクリアの報酬を確認していく。
「えっーと、姫野コーポレーションやメカニカル社の割引券が500円分に、レーザー戦車に積まれていた大型ライフル……これは使えないな」
「これなんて使えるんじゃないだろうか? 鋼太郎くんのような脳筋にピッタリだぞ!」
林檎さんが注目したのは、可変式の拳の設計図だ。普通の拳と同じように武器を持たせられるだけでなく、任意でメリケンサックを装備した状態にも変形できる代物らしい。
「これを使えば、鋼太郎少年は刀を操り、ピンチの時でも拳で戦う主人公プレイができるぞ!」
いや、どんな主人公だよ? 刀使いなら、最後まで刀を信じろや。と内心ではツッコミを入れてしまったが、確かにその戦い方は利に叶っているな。刀を囮に使ったりと、戦略も拡張できそうだ。
「うちの会社の3Dプリンターで製作しておいてやろう、ほら、私が乱入クエストが起こしたお陰だろう?」
「いや、乱入クエストに関しては権限を悪用したズルなんじゃ?」
「細かいことは気にするな! それに冬美少女との距離に縮まったんだろう?」
ニヤニヤとしながら、俺の頬をつついてきた。完全に大人の悪のりだな。委員長は確かに密かに男子の人気を集めているし、あの清楚な雰囲気に惹かれてしまう。けれど真面目な彼女に恋愛感情なんて、最も遠いだろう。
「委員長とはそんな仲じゃないですよ」
「まったく、君は鈍いな。冬美少女が可哀想だぞ!」
「しつこいなぁ……! 貴女といい、加奈といい、人の恋愛事情に口を出さないで下すなッ!」
しまった! つい感情的になって大声を出してしまった。しゅんと、小さくなる林檎さんには申し訳ないことをしてしまった。妹弟達も今ので起きてしまったのではないだろうか? 少なくとも加奈には絶対聞かれてるぞ……
「失礼しました、林檎さん……仮にも雇い主である貴女に無礼な態度を取ってしまい」
「気にするな、無礼講だ。それに私も大人気なかったからな。君と私はビジネスパートナーだ、多少の無礼は許そう。というか、君はツッコミの勢いでかなり無礼なことを私に言うからな!」
根に持たれてたのかよ。まぁ、こればっかりは癖みたいなものだし、今さらこのツッコミ体質は治せないんだ。
「そんなことより、君はある程度クリエイティブ・バトラーズにのめり込んできたよな?」
「えぇ、最近はソロでもクエストを周回したりも、できるようになりました。ネットでもたまーに、コウとエクステンドが話題に上がるから宣伝もバッチリなんじゃないかと」
「ふふ、よろしい! それでは計画を進めようではないか!」
林檎さんは、声高らかに宣言した。だから、静かにって言ってんでしょうが!
「ほんと静かにしてください。それで計画って?」
「おっと失礼。計画というのはだな……我が姫野コーポレーションが世界を目指すことだ!」
「世界を……」
結構、アバウトな目標だ。売上一番や、生産数一番なのでは? と俺が問うと彼女は首を降った。林檎さん達、姫野コーポレーションが欲しいのは"世界で一番"という栄光らしい。
「私と義理の父の約束では、どんな形であれ我が社を世界で一番にすれば良いのだ。そしてそのために君がいる!」
彼女はタブレットを俺の眼前に突きつけた。そこには《クリエイティブ・バトラーズ・世界大会》の文字が踊っていた。
「まさか……まさかっすよ! 俺に姫野コーポレーションの看板商品ともいえるエクステンドでこの大会を勝ち抜けってことっすか!!」
「うむ! そうすれば、我が社は世界一のプレイヤーのスポンサー兼、世界一のプレイヤーの愛機を作った会社として、二つも"世界一"を勝ち取れるんだ!」
流石にそれは無理だ! と断ろうと思った。けれど林檎さんは、まるで俺が本当に世界一を取ると確信しているようだった。
「はぁ……呆れた人ですね。無計画というか、勢いだけというか」
「むっ! 心外な、私は人を見る目だけは確かだぞ。それに私は君にエクステンドを託したあの日から、君を信じると決めたんだからな」
「それは、素直に嬉しいですけど」
俺には林檎さんに幾つも恩がある。宣伝の報酬として金銭を頂いていることや、妹弟たちの面倒を見て貰ったこと。それに何より、俺にクリエイティブ・バトラーズという世界を見せてくれたことだ。
俺は彼女の為にこの恩を返さなければならない!
「判りました……取りますよ、取ってやりますよ! 世界一の証を!」
「よく言ったぞ、鋼太郎少年! それに隠さなくてもいい」
彼女は、フッと微笑んだ。そして俺の鼻先を指で弾く。
「本当は、もっといろんな強敵と戦ってみたいんだろ? 顔に大きく書いてあるぞ、この戦闘狂め!」
なんだ、そこまでバレているのか。相変わらず底が分からない人だな。
「さて、お互いの利害が一致したところで、大会の地区予選は一週間後だ!」
「一週間っすか、結構時間が……待て、たった一週間!!」
流石に短すぎやしないか! あと一週間の間に俺がクリエイティブバトラーズに割ける時間だって限られているんだぞ!
「安心しろ、私の中にちゃんと策がある。そもそも、この予選の参加条件は3人のギルドを組んでいることでな」
「つまり実力者と組めば勝利への確率が上がると……」
「その通りだよ、そして私はすごい人に目を付けているぞ!」
林檎さんが一人のプレイヤーのアカウントを表示する。アカウント名はリアナ、片目を眼帯で隠した獣耳の少女のアバターだ。そして彼女の経歴には、全国大会突破! とある。
「こんな人と同じギルドになるんすか……」
「いや、まだ声をかけたことすらない」
「ホントに無計画ですねぇ! けど彼女の登録されている機体ってエクステンドじゃないですけど……?」
リアナさんのプロフィール欄に登録されている機体は、2丁拳銃を装備したイエロー塗装のプラモデルだ。その丸みを帯びた衝撃を逃がすためのフォルムは角ばったエクステンドとは似ても似つかない。
「そこに関しては気にするな。彼女の機体はエボリュート、エクステンドを売り出す前のうちの看板商品だから」
確かによく見れば、エメラルド色のツインアイが酷似している。けど、考えてみれば、問題はそこだけじゃないかもしれない……
「このリアナさんって凄いプレイヤーなんですよね? それならもう既に何処かのギルドに属しているんじゃ……」
「それがな、私の調べによると彼女はギルドに属していないんだ」
「どうしてですか?」
「それはこれから調べるさ。彼女ソロプレイで高難易度のクエストをこなしているんだ」
林檎さんが、リアナさんのプレイ映像を見せてくれた。そこに映っていたのは、無数の敵を難なく撃ち墜としていく、エボリュートだった。
「どうだね? すごいだろう! そんなリアナ少女を皆はこう呼ぶんだよ、ソロクイーン 孤独の女王と!」
◇宣伝◇
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