林檎さんと一時解散したあと俺は旅館に向かうよう指示されたが、なかなか足を運ぶ気分になれず、模型店のソファーで、ただ時間を潰していた。
負けた……
完全に俺の敗北だった。技術的な面でもプラモデルの完成度に置いても、そして林檎さんの言葉を借りるのならばプラモデルへの愛という感情でも俺は負けていたのかもしれない。
「だからこそ……わかんないな」
リアナは本当にプラモデルへの愛がある人物のように感じた。だが、彼女は炎上してもおかしくないような、他のプレイヤーを蔑むような言動を見せた。あれはロールプレイなんかじゃない、彼女の心の叫びなはずだ。
「素組野郎か……」
ここは模型店だ。俺は店に置かれているエクステンドの箱を手に取った。パッケージには敵を斬り倒すエクステンドが描かれている。
「カッコいいんだな」
俺はしばらく考え、財布の中を確認する。林檎さんから出された給料やクエストで稼いだ商品券のお陰で機材や部品を揃えることが出来そうだ。だが、
「これ、どうやって選ぶんだよ……」
エクステンドだけどもカラー違いや多少の装備の違いだけで10種類はあった。さらに武器をまとめたパーツセットなんかも売っている。とても素人の俺には何をどう買えばいいかわからなかった。
「ねぇ、君」
「あっ……はい!」
そんな俺を見かねて、とある男性が声をかけてくれた。彼はこの店の店長をしている人だった筈だ。
「迷ってるのかい?」
「えぇ……すいませんね。棚の前を陣取っちゃって」
「この時間は客も少ないからじっくり選んでもらって構わないよ。その代わり、迷うついでに話を聞いてくれないか?」
話? 始めは彼がプラモデルやそれらに関する知識を教えてくれるのかと考えた。だが違うようだ、彼の顔は商売人のそれというよりも、誰かを案じているような顔だった。そして彼の口から飛び出した名前は衝撃的な物だった。
「リノちゃん……君たちは彼女をソロクイーンとかリアナとか呼ぶんだったね」
「彼女を知っているんですか!?」
「あぁ、そして私は彼女を君に救って貰いたいんだ!」
※※※
ヘッドギアを外すと、リアナこと犬塚梨乃はため息をついた。
「クッソ……最悪だ」
彼女は荷物を持ち直すと、早足でブースを立ち去ろうとした。しかし彼女の行く手を真っ赤なスーツの女性が遮る。
「チッ……どけよババァ」
「なっ! ババァだと! おばさんの次はババァと言ったな!」
私はまだ20代だと、必死に抗議する女性は姫野林檎だった。彼女はごほんと咳払いをすると、梨乃を無理やり座らせて、自身も何処からか持ってきたリンゴ模様の小さな椅子に腰掛ける。
「言ったわよね、ツラ貸せって」
「まさかテメェ……姫野コーポレーションの社長か!」
「その通りだよ、リアナ少女」
ニヤリと余裕の笑みを浮かべる林檎。先程までの惨敗など気にしていない様子だが、それは彼女が変人なのか、はたまた、奇才なのか梨乃にはわからなかった。
「普通にこっちは梨乃で頼むよ。てか何でソロクイーンがウチだってわかったし?」
「うーん、声や言動。あとは目付きとかだな!」
「気持ち悪い女だな……」
「失礼だね、梨乃少女は」
林檎は眉間にシワを寄せつつ、懐から紙パックのジュースを飲み始めた。ここは飲食禁止だと咎めようにも、梨乃自身もテーブルに空のペットボトルを投げっぱなしにしていたのだ。
「ふふ、私は社長だから人を見極めるのが得意なんだよ」
「なら今回はその感覚が鈍ったんだな。ウチなんかより適材ならいるだろ?」
「そうだな……よっこらせ」
梨乃には林檎が見下すように立ち上がったように見えた。身構える、何かを言われても言い返してやれるように。だか、梨乃に深々と頭を下げたのだ。てっきり説教をされるかと思っていた梨乃は拍子抜けしてしまう。
「すまなかった!」
「えっ……はぁ!?」
梨乃は混乱する。自身の言動を咎められる覚悟こそ出来ていたが、あそこまで蔑んだ相手に謝罪を受けるなんて思っていなかったのだ。
「おい、おば……お姉さん。ちゃんと説明してくれよ」
「実は君をスカウトする情報入手の段階で君のバトルにも目を通したんだ」
「それがどうしたんだよ……」
「君のバトルは近接格闘を主体とした素晴らしいものだった。けど君のバトルは独りよがりだった」
梨乃は押し黙る。そうだ、彼女は元々二丁拳銃使いなんかではない、生粋の格闘使いなのだ。だが彼女は強すぎた、それこそ彼女を倒せるプレイヤーはなんて、同じ地区にはいなかった。
だからこそ、彼女は敢えて自分の特技であった格闘技を捨て、苦手だった二丁拳銃を構えた。これなら、誰かが自分を倒してくれると思った。だが、それでも彼女は強いままだった。
「うるせぇよ……独りよがりなのはウチがよくわかっている」
「聞きなさいな、梨乃少女。私は説教をしたいんじゃなくて謝罪をしてるんだから」
「どういうことだよ、社長さん? アンタは何が言いたいんだ?」
「君は強すぎるあまり、どんなギルドでも最後には君に付いていけなくなるんだろ? 君も君なりに苦労をした筈だ」
「るっせ……そんなんじゃねぇ」
「いや、君は素直じゃないからな。決して悩みを表に出さない、だからこそ君の心情を無視してギルド勧誘をしてしまったことを私は謝罪する」
またしても深々と頭を下げる林檎に梨乃は何て言ったらいいかわからなかった。それに対し、林檎は自らの軽率さを深く反省しているようだ。
「いやぁ、我ながら大人げないな。君の心情も事前に調べていたのに、君のバトルをみた瞬間、心が踊って我を見失ってしまったんだ」
「別に……アンタのあのノリは嫌いじゃねぇよ。ウチの方こそ何度も失礼な態度をとって悪かった」
「ふふ、君は大事なお客様でもあるんだ
、エボリュートを大事にしてくれてありがとう。それでこれは、お礼というか謝罪というか……」
歯切れの悪い言い草だが、林檎は自らのヘッドギアを操作して先程の試合のライブ映像を見せた。だが、そこからはリアナが他人を蔑むような部分の発言が全てカットされている。
「どういうつもりだ?」
「あんな発言していたら君は炎上してしまうから。一部を非公開にさせて貰った」
そう、彼女は試合直後に運営権限を悪用して、試合の一部の映像を改ざんするよう、問い合わせていたのだ。全てはリアナというプレイヤーの尊厳を守るために。
「余計な真似しやがって」
「余計じゃないよ。君だってこれからもクリエイティブ・バトラーズを続けるなら悪評は少ない方が良いだろ?」
「それはそうだけど……」
梨乃は林檎から目を背けると、小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。
「なんだ、ちゃんと敬語を使えるんじゃないか!」
「うるせぇよ! あー、もう! アンタと喋ってると調子狂うな!」
「私は天才だからね。そんなことより、私が削除したのはあくまでもライブ映像だけだ。その映像を生で見ていたプレイヤーや、コロシアムで君の試合を見ていたプレイヤーの記憶までは流石の私でも書き消せない……」
「そっすよね。なんかガキの頃は、炎上するやつってバカだとおもってたんですけど、まさか自分がやらかすとは……まだまだウチもバカだな」
「そんな君は、これから信用を取り戻す為に、真剣に向き合わなければならないことを忘れるなよ」
「わかってる、これからは発言に気を付けるよ……」
林檎は満足したように微笑み、彼女に背中を向けた。相変わらず余裕な笑みを浮かべて、この場を立ち去ろうとする。
「では、いつか縁があればまた会おうか! 梨乃少女!」
「おい! ちょっと待ってくれよ」
今度は梨乃が林檎を呼び止めた。そして林檎に自らのエボリュートを、突き付ける。
「おや? 私にまだご用が?」
「言わなくてもわかるだろ、機体を突き付けたなら、それはバトルの申し込みだ!」
「けど、君は……」
「うるせぇ、アンタには色々恩があるから、アンタの相手ならしてやっても良いぜ。アンタがもしウチに勝ったらギルドの件、もう一度相談しないか?」
脳で考えるよりも先に感情な動いた。梨乃は林檎の瞳をしっかりと捉える。林檎も嬉しそうに微笑んだ。しかし彼女は、梨乃のエボリュートをケースに納めるよう促す。
「すまないね、梨乃少女。私はバトルが出来ない体なんだ……」
「は? どういうことだよ……」
「私は元々、クリエイティブ・バトラーズのテストプレイヤーだったのさ。けど当時は、まだシステムが完璧じゃなくて脳にダメージが発生するなんてことも度々あった」
林檎から普段の余裕が消える。彼女は何かに怯えるように震えていた。
「テストプレイ中の事故で、私は脳に障害を患った。障害といっても生活とかに支障はでないのだが、上手く機体を操縦するためのスキルが完全に失われているのだよ」
「そんな……そんなことって」
「少し非現実的かもしれんが有り得るの話だよ。なんたってクリエイティブ・バトラーズには、バンズ社しか知らない秘密もあるのだから」
梨乃の頭の林檎という大人の印象がどんどん変わっていく。それでも林檎はまた余裕の表情を浮かべた。
「あのさ、林檎さんは怖くねぇのか? またゲーム内で事故が起きたらと思ったら」
「もちろん怖いさ、けど私は社長だ。ゲームで私のような人間を増やさないよう、しっかりと運営の仕事もするし、一人でも多くの子供たちを笑顔にしたいから」
「なんつーか、スゴいんだな……アンタ」
「勿論! 私は天才だもの! それに後々は"世界一"の会社の社長になる女よ!」
世界一というワードをやたらと強調して林檎は宣言する。
そして梨乃の挑戦を断る代わりに、彼女にとある物を手渡した。
「これは……」
「黒川ニッパー、コウ少年の技術と我が社の技術のコラボレーション。そして私達を繋いだ絆の品でもある」
「ちょっ……そんな大事な物受け取れない!」
「気にするな、それは予備だし。それを使えば君のエボリュートはまだまだ進化するはずだ!」
「ほんとに何が狙いなんだよ……」
「簡単さ、それを使って君のエボリュートを最高の状態に仕上げて貰いたい。そして、そんな君を私とコウ少年が倒すんだ」
林檎の目はすでに勝利を確信している。梨乃に負ける要素なんてないはずなのに、そんな林檎の迫力は彼女を呑み込んだ。
「証明してやると言ってるんだよ。私とコウ少年なら君の強さと対等に渡り合えるということを、そして私達とギルドを組めば君を退屈させないことをね!」
「へぇ……おもしれぇじゃん。その言葉絶対忘れるんじゃねぇぞ! なら決闘だ、アンタのとこの半裸野郎と私のどっちが強いか決めようじゃねぇか!」
二人の視線がぶつかる! そして二人は悪友のような握手を交わしてブースを後にした。
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