「じゃあね。今日はありがとう」と楓がさっさと去ろうとしたため
「送ってく。自販機でジュースをおごる約束もあるし」と陸が呼び止めた。
外はすでに暗くなりはじめており、街灯が目につく程薄暗い。陸としては暗い中、女子独りで帰らせるのは気が引けての言葉だった。
「本気だったんだ」
「一応感謝してるから」
楓は「ふーん」と鼻を鳴らしながら歩き出し、陸はその後ろをついていった。
しばらく無言で歩いていると、コインランドリー前の自販機が見えてきた。
「そこの自販機」と陸が指さしながら言うと
「別にいいよ」と楓がそっけなく返した。
楓が足を止めずズンズン進んでいくため、陸は仕方なく自販機の前から離れた。
「なんなんだよ」
「お礼をもらったら『人助け』じゃなくなるから、いいの」
陸はその言葉の意味が分からず、少し不機嫌な顔になった。
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味」
陸は「こりゃだめだ」と早々に見切りをつけて、これ以上深堀するのをやめた。
しばらく無言で歩いていると、コンビニの看板が見えてきた。
「ほら、コンビニあるよ。お母さんに頼まれたんじゃないの」
「帰りに寄るから、今は大丈夫」
何を思ったのか、楓が足を止める。陸は不思議に思いながらも合わせて止まる。
「君のお母さん、いい人そうだね」
「そうでもないよ。うるさいし怒ってばっかり。顔合わせれば勉強しろ、ちゃんとしろ、お兄ちゃんなんだから、小言しか聞いたことがない」
「でも、"例のアレ"で伝わってたよね」
「いつも頼まれているから。コンビニスイーツが大好きなくせに、自分一人でコンビニには行こうとしないんだ」
陸はしょうがない母親なんだ、と言いたげな顔で肩をすくめた。
「でも、大人しく買うんだ」
「後が怖いからだよ。夕飯が一品減らされちゃう」
「仲がいいね」
「そんなことはない。喧嘩ばかりだよ。昨日も喧嘩して晩酌中のお父さんに怒られたなんだから」
陸はふと、なんで喧嘩したのだろう、と考えた。きっと些細な理由だったのだろうが、すぐには思い出せなかった。
陸の愚痴を聞いているのか聞いていないのか楓は
「……うらやましいな」と寂しそうに呟いた。
その湿っぽい表情をみて、陸は足を止めた。そこは偶然にも街灯で照らされた場所だった。
「青木のお母さんは、違うのか?」
楓も止まる。その背後にはチカチカと不規則に点滅する街灯があった。
陸は光の明滅で目が痛くなり、とっさに目を閉じた。
「母はいないんだ」
楓はなんでもないように続ける。
「わたしが殺したから」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!