チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク
ほづみエイサク

第三十一話 イライラに満ちた一日

公開日時: 2023年8月31日(木) 12:18
文字数:3,649

 今日はイライラすることばかりだった。

 

 原因は言うでもなく鈴木陸だ、と楓は内心で吐き捨てた。

 

 楓はすぐに陸のストーキングに気づいていた。それこそ商店街に入る前からだ。

 

 理由は簡単に察しがつく。

 

(そっけなくしすぎたかな)

 

 先日、楓は君乃から外食に行こうと誘われていた。しかしその日は都合が悪く断った。普段ならそれで終わるのだが、君乃にも不満がたまっていたのだろう。その日どんな予定があるのか、根掘り葉掘り聞き出し始めたのだ。

 

 平常時はそんなことをする姉ではない。楓が様子がおかしいと指摘すると、泣きそうな顔をしながら心情を吐露した。

 

『"あの日"のこと、昨日夢に見ちゃって』

 

 君乃が言う"あの日"には二種類ある。

 

 "楓の五歳の誕生日"と"十歳の冬の出来事"。

 

 楓にはこの時、君乃が口にした"あの日"が後者であることをすぐに察した。だからこそ、何も言えなくなった。負い目を感じているから。

 

 お互いに何も言えなかったのだが、次の日からは何もなかったかのように接していた。よくあることだ。楓はそれでいいと思っていたのだが、君乃にとってはそうではなかったのだろう。

 

 不安に思った君乃が、陸にストーキングを依頼した。

 

(おおまかそんな流れかな)

 

 一通り考えを巡らせてから、ため息をついた。

 

 このため息は過保護な姉に対してではなく、背後で奇行に走るクラスメイトに対するものだ。

 

 陸は全くストーキングしているとは思えない行動をとっている。

 

 ミミズの宇宙人と交信しているのかと疑いたくなるような奇妙は動きをし、時々「ブチョヘンザ!」や「ヒャッハー!」などと叫んでいる。確かに姿を見ればラッパーに見えなくもないが、一切隠れてはいないし、叫び声でバレバレだ。

 

(まあ、財布とスマホの声を聞けば、一発なんだけど)

 

 さらには楓にはチョメチョメがある。持ち物から聞こえる声だけで、人を判断することさえお茶の子さいさいだ。

 

(時間無いからしばらく無視してやろう)

 

 この日の楓は予定で埋まっていた。商店街に行き、公園で小学生と野球をした後、ママさんバレーをし、月命日に例の場所へと向かう。全ての予定が一日に詰まってしまい、相当過密なスケジュールだ。

 

(『人助け』だから仕方ないけど)

 

 これらすべての予定は、楓から申し出たものではなく、知人から頼まれたものばかりだ。商店街は定期的に出向くことになっているし、野球は困っている小学生に声を掛けたら助っ人を頼まれて、ママさんバレーはチームリーダーからお願いされて頻繁ひんぱんに参加している。

 

 それらを楓は遊びではなく『人助け』と認識している。お願いされたことは全て『人助け』なのだ。

 

 商店街に入ると、各店を回って手伝いをする。毎度やることは変わらず、お礼としてお菓子をもらえる。

 

(お礼をもらいたくないんだけどなぁ)

 

 楓の基準ではお礼をもらったら『人助け』ではなくなってしまう。だからお菓子は自分で食べないし、次の野球の後、小学生たちに配る腹積もりだった。

 

 その後も予定通りに進んでいった。

 

 野球場でホームランを飛ばし、市民体育館で鋭いスパイクを決め、チームの勝利に貢献した。

 

 バレーボールの後に漬物を大量にもらったのは予想外だった。おそらくは前回に「漬物は嫌いじゃないんです」と話したのが原因だろう。世話好きのおばさんにとって「嫌いじゃない」は「大好きです」と同義だ。

 

『やあ、ぼくはしおづけされたきゅうりだよ』

 

 漬物に声を掛けられても、楓は無視を決め込んだ。相手をするだけ無駄だと知っているからだ。

 

(切り刻まれても喋れるなんて、プラナリアか何かかな)

 

 そんな愚にもつかない感想を抱きつつ、おばさんたちにお礼を告げた。

 

(まあ、カラス兄と鈴木に押し付ければいいか)

 

 市民体育館を出ても、陸は後をつけていた。心なしか最初のような元気はなく、不思議な踊りは酔っぱらいの千鳥足に変わっしまっている。

 

 田舎道を進んでいくと、火葬場が見えてくる。しかし楓が用があるのは火葬場ではなく、その横にある空き地だ。

 

 楓はここに来るとき、いつも一回立ち止まる。

 

(期待するな)

 

 そう自分に念を押す。

 

 過去の悲劇が夢だったら、という甘い考えを振り切るように、重い脚を高く上げる。

 

 木が立っていた跡——切り株だけが残った空き地に足を踏み入れる。

 

『また来たのか』

 

 カラス兄の声が聞こえて、楓の表情がわずかにほぐれる。カラス兄は当然のように電線の上から見守っている。

 

『後ろのやつ、追い出すか?』

「いいよ、わざと連れてきたから」

『なんでだ?』

「釘を差すためだよ」

 

 そう言った後、切り株の前で手を合わせて、目を閉じる。

 

(今日もいっぱい『人助け』をしたよ。ほら、こんなに漬物ももらった。だから大丈夫)

 

 その言葉はこの世の誰かに向けたものではなく、もう聞こえていないであろう相手に向けたものだった。なのだが——。

 

『なにがだいじょうぶなの?』

 

 突然、切り株から声が聞こえて、楓は目を丸くした。その声は求めているものではなく、切り株が自分に語り掛けられたと勘違いして、返事をしただけだった。

 

 モノは切られただけで新しいモノになる。例えば鉛筆を削ると、削りカスには新しい人格が生まれる。つまり今話しているのは、木だったモノであって、元の木とは全く別の人格なのだ。

 

 背後から物音が聞こえて、楓の意識が現実に戻った。

 

「フンを落として」

 

 カラス兄は返事することなく、羽ばたき始めた。陸の頭上まで移動すると、百戦錬磨の技術でフンを命中させた。

 

 悲鳴が聞こえると同時に楓は駆け出し、ストーカーに向けて声を掛ける。

 

「ねえ、知ってる? 白い部分ってフンじゃなくておしっこなんだよ。フンは固形の茶色のヤツ」

 

 それから大量の漬物を押し付けつつ、話を聞き出した。

 

 発端は姉だと聞いて、楓は「やっぱりか」と納得した。

 

 そしてここからが本題だった。楓は空き地にかよっていることを、君乃に知られたくなった。君乃に恋慕れんぼを抱いている陸には、強めに口止めする必要がある。

 

『ここに来る前に追い返した方が良かったんじゃないか?』

「それだと途中で追い返された、って報告されちゃう。結局は堂々巡りだよ。ここのことを口封じするのが一番」

『だが、うまく説得できるのか?』

「そこは考えがあるから」

 

 カラス兄に漬物を与えつつ、小声でそんな会話をしていた。

 

「お姉ちゃんにはわたしから話しておくから。大丈夫、せめてものお詫びに、君に悪いようには言わないから。その代わりと言っては何だけど、この場所については秘密にして。お願い」 

 

 楓の作戦は『自分ですべてを伝える』というものだった。君乃に隠したいのは『人助け』に明け暮れていたことではなく、今いる"空き地"のことだけだった。

 君乃に恋心を抱いている陸は、すべてを吐いてしまう可能性が高い。それならば、陸を説き伏せて自分の口で"空き地"以外のすべてを伝えるのがベストだ、と結論づけたのだ。

 

 結局、レアチーズケーキをおごるという陸に対する切り札を使って、交渉は成功した。

 

(まったく、お姉ちゃんも過保護すぎるよ)

 

 かといっても、楓は君乃に強く言えない事情があった。

 

 君乃が言う"あの日"。"十歳の冬のある日"。楓がズタズタにされた格好のまま帰って、君乃が泣きじゃくった日。その日に感じた負い目が、胸の奥底に蘇る。

 

(まったく、もう少し自由にさせてほしいよ)

 

 内心でため息をつきながら顔を上げると、楓の目に信じられない光景が映っていた。

 

 陸が切り株に座ろうとしていた。

 

 目の前が真っ白になった。

 

 それからの行動は、完全に無意識だった。

 

「ダメ!!」

 

 陸を吹き飛ばし、胸倉をつかんだで、陸のくぐもった声を聞いて、ようやく自分のやったことに気付いた。

 

「……ごめん」

 

 陸の謝罪に、異様に神経を逆なでされた。普段の楓なら、そこまでイラつかなかったかもしれない。しかし今日は変なストーカーに付きまとわれたり、姉への不満がたまったり、虫の居所が悪い。

 

(なんなの、こいつは……!)

 

 本人にも制御できない苛立ちがせり上がっていく。

 

「カー」

 

 カラス兄の鳴き声を聞いて、少しだけ頭が冷えた。

 

 すり寄ってくるカラス兄を抱き寄せ、顔をうずめる。すると、感触と匂いのせいで昔の記憶がフラッシュバックする。

 

 人生で一番幸福だった期間。老木もいて、動物たちもいて、カラス兄もいて、楽しかった思い出しかない。

 

 それは文字通り、ズタズタに引き裂かれるまで。

 

「何が悪いか分かってる?」

 

 つい口をついて出た。言った後に、意地悪だ、と自嘲しても取り消せない。

 

 陸はしばらく黙ってから、また「ごめん」と呟いた。

 

 簡単な言葉が、妙にイライラした。これ以上、少年の声を聞いていると自分が保てない気がして、何も答えなかった。

 

 しばらくすると陸いなくなった。

 

「ねえ、カラス兄」

『なんだ?』

「わたし、間違ってるかな」

 

 カラス兄は答えない。ただそっと震える少女の頭を翼で包むだけだ。

 

 カラス兄の翼から漂う、ツンとした匂いが最後の一押しだった。

 

 ポツリと涙が落ちる。

 

 涙で翼を濡らしながら、お互いに抱きしめる力を強めた。

 

 まるで嵐を過ぎ去るのを待つ兄妹のように――。

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