チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク
ほづみエイサク

第八十二話 好きだと叫ぶだけ

公開日時: 2023年10月12日(木) 19:18
文字数:3,653

「もう、殺して」

 

 音流に一度本気で懇願されたからこそ、陸にはすぐに理解できていた。

 

 その言葉が純粋なものだ、と。もう生きるのが嫌で、消えたくて、しょうがないから死ぬ道を選びたいのに、自分で自分を殺すことも出来ない、子供の駄々っ子だ。

 

 心配気だった陸の顔が、みるみる変わっていく。

 

「お前らは僕を何だと思ってんだよ!?」

 

 壊れかけの少女を前に、叫んでいた。

 

「日向も! お前も! 殺して、ってお願いしてきて……。こっちがお人よしだからって、自分の命をなんだと思ってるんだ」

 

(どうして怒ってるの……?)

 

 楓はまだ意識も思考もはっきりしていなくて、陸の様子を俯瞰するように見ていた。

 

「こっちはただの男子中学生だぞ! 他人を簡単に殺せるわけないだろ。いくら辛いからって、命を捨てるのに僕を利用するんじゃない!」

 

 楓に反応がないにも関わらず、陸はさらにまくし立てていく。

 陸はあけすけに、ストレートな言葉をぶつけている。

 

「助けてほしいなら、助けてと叫べよ! そうすればいくらでも――」

「そんなの求めてない!」

 

 楓は叫んで反論した。しかし陸は動じない。

 

「お前自身が求めているかどうかなんて、関係ない。僕が恩を感じて、返したいと思った。お前を助けたいと思った。僕の感情を動かしたのはお前の人間性で、日ごろの行いだ」

 

 あ、と声が漏れた。浴衣に染みついた焼きそばやたこ焼きのソース、水風船でぬれたわき腹、割れたお面。それらが目についた。『人助け』のお礼にもらったモノたちだ。

 

「君乃さんにアドバイスされたことがあったんだ。『人のせいにしろ』って」

「人の、せい……?」

 

 楓は戸惑った。自分の姉が口にする言葉には思えなかった。

 

「なんでもかんでも自分のせいだ、と思い詰めるな。確かにお前が悪いこともある。だけど、全部が全部――100パーセント悪いなんてことは、絶対にない!」

「だったら、わたしがあなたの腕時計を盗んだのは、どうなの!」

「そんなの、そもそも僕が落としたのが悪いだろ」

 

 陸はふてぶてしく言い切った。

 

「カラス兄が撃ち落されたのは、わたしが悪いじゃん。わたしが居なければ、カラス兄が二回も傷つくことはなかった」

「そんなの、撃ったやつが悪いだろ」

 

 楓の悲痛に満ちた顔を前に、陸は簡単に言ってのけた。

 

「わたしが、老木が切り倒されてるのを止められていれば、何の問題もなかった」

「お前が切り倒す様に仕向けたわけじゃないだろ。子供が止められるわけがない。勝手に期待して裏切られた周囲が悪いだろ」

 

 陸はカラス兄を流し目に見ながら言った。カラス兄は黙って楓の涙を見ていた。

 

「お母さんは、わたしが生まれなければ死ななかった!」

「いい加減しつこい!」

 

 陸は楓の肩を掴んだ。一瞬で目が覚める様な力強さだった。

 

「なんでそんなに思いつめるんだ。もっと気楽に生きろ。好きなことをしろ」

「なんなんなの。家族でもなんでもないのに、あんたにそんなこと言う権利はないでしょ!」

 

 陸は息を吸って、今日一番大きな声で叫ぶ。

 

「最近、レアチーズケーキの味が落ちてるんだよ!!」

 

 予想外の答えに、楓の頭が真っ白になった。「あと放っておけないんだよ」と陸が付け加えたが、彼女の耳には届いていなかった。

 

「レアチーズケーキ……?」

「最近、明らかに味も舌触りも香りも落ちている。最近思いつめすぎて、手を抜いてるんじゃないか?」

 

(確かに、そうだけど……)

 

 最近、手抜きをしていた。それでも、お客さんが十中八九おいしいと感じる出来には仕上げていた。

 

(お姉ちゃんでも気づかなかったのに)

 

 そんな微細な変化に気付いて、不満を抱く人がいた。お菓子作りは少し楽しくて、所々で無駄なこだわりを詰め込んでいた。レアチーズケーキもその一つだった。

 

(いや、無駄じゃなかったんだ)

 

 気づいくれる人がいた。そんなこだわりを理解して、求めてくれる人が目の前にいる。それだけで、救われた気分になっていく。

 

(もしかしたら、怒っていいのかもしれないけど)

 

 楓は、少年の純粋な瞳から目を離せなくなっていた。

 

「そんなに、わたしが作るレアチーズケーキが好きなの?」

 

 つい訊いてしまう。答えはわかり切っているのに。

 

(ああ、全部わかっちゃった)

 

 なんで鈴木陸のことが嫌いだったのか。

 

「ああ、好きだよ。もうそれなしでは生きていけない程に」

 

 好きなものを好きだと、歯に衣着せずに言えるのが羨ましかったんだ。周囲の目を憚らず、好きなものを堪能する姿が眩しかったんだ。

 

 それだけじゃない。自由にふるまって、周りの人間にそれを受け入れられているのが、妬ましかった。いや、それだけじゃなくて――

 

(あ、そっか。わたしは鈴木陸が……)

 

 憧れていたんだ。自分もこうなりたかった、と。

 

 楓は陸の顔を見た。本当につらそうな顔をしていて、おかしさで笑いそうになってしまう。

 

「あはは、本当に好きすぎでしょ」

「当たり前だろ。責任を取ってほしいぐらいだ」

 

 陸はこともなげに言い切った。その顔は太陽のように眩しくて、少女の中の曇りを焼いていく。

 

「好きなことをして幸せに生きなさい」

 

 陸はポツリと呟いた。

 

「お祖父ちゃんの遺言。僕はこの通りに生きてるつもりなんだ」

 

 陸はまっすぐに、遠い場所を見つめていた。その瞳に曇りは無く、きらめいていた。

 

 目の前の少年に対して、手を伸ばす。

 

「わたしもなれるかな……?」


 いろんなものが脳裏をかすめた。お姉ちゃん。おとうさん。母。カラス兄。『Bruggeブルージュ喫茶』。レアチーズケーキ。音流。陸。用務員さん。部長。その他にはいっぱい。


 それら全部に対して叫びたい。

 

「ん」

 

 陸は何も答えなかった。ただゆっくりと頷くだけだった。

 

(そうだよね、そうなんだよね)

 

 目を開いているはずなのに、まぶたが開く感覚に襲われた。

 

『人助けをして生きていきなさい。君は——』

 

 老木の声が聞こえた。幻聴かもしれない。しかし確実に楓の心には響いていた。

 

『————————』  それは、老木が言えなかった遺言の続きだった。

 

「は、あは、はは……」

 

 突然、笑いが込み上げてきた。さっきまでの苦しさがバカみたいに思えて、腹を抱えて、歯を見せて、涙を浮かべて、笑い声を響かせた。その時だった。

 

 ビュー、と。

 

 いきなり風が吹いて、楓はとっさに髪を抑えた。

 

 ゾクリと嫌な予感がして顔を上げると、カラス兄が飛び立っていた。その姿はいつもより遠くて、切なそうに見えた。

 

『お前はもう大丈夫だ』

 

 カラス兄はどこかに行こうとしていた。もう自分の役目を終えたという開放感からだろうか、寂しそうに笑っていた。しかし――

 

 ヒュッ、と。

 

 その旅立ちを邪魔したのは、たった一つの小石だった。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで飛ぶ小石は、カラス兄を打ち落とすには十分な威力があった。

 

 カラス兄は穏やかな顔をしながら、落下していく。

 

 それを抱きとめたのは、楓だった。もちろん、撃ち落としたのも楓だ。

 

『何するんだよ!』

「逃がすわけないでしょ!」

 

 楓はカラス兄が壊れそうな程強い力で抱きしめた。

 

『もう俺は必要ないだろ』

「好きだから一緒にいてよ!」

 

 楓の突然の告白に、カラス兄は唖然としていた。

 

「わたし、何も恩返ししてない。勝手に行こうとしないで」

『恩返しなんて求めてない。俺が勝手に決めて、やっていただけだ』

 

 それでも、カラス兄は意固地な姿勢を崩さなかった。

 

「わたしのためなんでしょ」

『そんなの、お前が勝手にそう感じているだけだ』

「じゃあ、なんで中学校の近くに巣を作ったの。よく私の家の前にいたの」

『居心地がよかっただけだ。お前関係なくな』

 

 楓は顔を引きつらせながら思った。自分はこう見えていたのか、と。

 

「行くあてはあるの?」

『カラスはどこでだって生きていけるさ』

「どうせ、独り寂しく生きていくつもりでしょ。全然カッコよくないし、気になって仕方がない」

 

 楓のあまりの物言いに。カラス兄は激昂して羽をばたつかせた。

 

『うるせえよ! お前はなんなんだよ、一体!』

 

 カラス兄の慟哭どうこくに対して、楓は胸いっぱいの想いを込めて――

 

「妹に決まってるでしょ!」

 

 と食い気味にこたえた。

 

 カラス兄は息が詰まって、何も言い返せなくなっていた。

 

「頑固で卑屈で何考えているか分からなくて、その癖どんくさくて鳥目ですぐに暴れるようなカラスだけど——

 でも、すごく愛情深くて、いつも助けてくれて一緒にいてくれて——

 そんな、最高のお兄ちゃんの妹だよ!」

 

 カラス兄はまるで悪夢から覚めたばかりのように、パチクリと瞬きをしていた。ほとんど無意識に、羽をゆっくりとしまった。

 

「わたし、お兄ちゃんの子供を見てみたい。世話してみたい。相手がいないなら手伝うよ。そういのは得意だから任せてよ。きっとお兄ちゃんのいいとこを理解してくれる雌カラスは、どこかにいるよ」

『あれ、俺もしかして気を使われているのか……?』とカラス兄は呟いた。

 

 それから深くて生暖かいため息を吐いた。

 

『わかったよ。全く』

「もう行かない?」

 

 カラス兄は羽で楓の涙をぬぐった。

 

『どこに行ったって、追いかけてきそうな妹がいるからな』

「……うん!」

 

 兄を抱きしめて、涙を吹き飛ばすような、とびっきりの笑顔を浮かべた。

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