清水のメイクアップで、まるで別人のようになった陸は、文句を言いながらステップを踏んでいる。
帽子を目深にかぶり、マスクを付けた陸は、さながらラッパーやダンサーになりきっていた。しかし本人にはリズム感もダンスの心得もなく、傍目から見ればひどい有様だ
奇っ怪なダンスと謎のフレーズを繰り返す姿は不審者としか言いようがなく、周囲から距離を置かれているのだが、なりきることに夢中で本人は気づいてすらいない。
ガチャン
「いってきまーす」
ターゲットである楓が『Brugge喫茶』から出てきたことで、陸は正気に戻った。
しかし正気に戻ったと言っても、変身した自分への酔いは冷めておらず、奇行はとどまるところを知らない。
陸は楓の後をついていく。ドジョウのようにウネウネと踊り、壊れたラジオのように言葉の体をなさないフレーズを叫び続けながら。
そのはるか後ろの電柱に隠れていた清水は、頭を抱えるのにも疲れて、さっさと匙を投げた。
そんな一幕も露知らず、陸達は商店街に入った。
そこはジム体験入会の帰りに通って、老人たちにモチクチャにされた場所だ。
ほとんどの店のシャッターが下ろされており、酷いところでは錆だらけになっている。歩行者は老人が数人だけで、活気のかの文字も感じられない。
陸の親が子供の時代には町のメインストリートだったのだが、今は見る影もない。百貨店やスーパーとの競争に負けてしまったからだ。
今も生き残っている店は地元の企業や学校などと提携している店ばかりだ。
そんな閑散な商店街でも、年に一度だけ人だかりのが、夏祭りである。その中で行われるメインインベントの一つが、楓が出場することになっているのど自慢大会だ。
(商店街になんの用があるんだ?)
一介の女子中学生が商店街に向かう理由がわからず、陸は訝しんだ。
しばらく歩いていると、ある店の前で楓が足を止めた
(電気屋?)
そこはレトロ感の残る電気屋だった。電気屋と言っても家電量販店のように大きな店ではなく、あくまで個人商店の規模感だ。置いている品数は大手のそれとは比較にすらならない。それでも続けられているのは、一部の常連と、訪問での修理などを行っているからだ。
楓は迷うことなく電気屋に入っていく。
店内から漏れ聞こえる声から、店主と楓の仲が悪くないことはわかる。
(店内、見たいのに……!)
ショーウィンドウを通して見えるようになっているのだが、店内には洗濯機や冷蔵庫、商品棚が所せましと陳列されており、うまく視線を通せない。
ゴキブリのように動き回り、ようやく見えやすい位置を見つけて、ガラスに顔を押し付けながら凝視し始めた。
楓はレジ前で店主らしい老人男性と話していた。
店主は温厚そうな顔立ちをしており、目尻に刻まれた笑い皺が目を惹く。楓と店主は何かを話しているが、陸の耳には届かない。
ひとしきり話し終えたのか、楓は慣れた動きで丸椅子に座る店主の後ろに回り、肩を揉み始めた。
(なんで……?)
今すぐにでも天からお迎えが来そうに見える。
肩を揉み始めた瞬間を目撃し、陸は混乱していた。理由は二つ。一つ目は肩を揉み始めた理由がわからないから。二つ目は、肩を揉まれた店主の表情だった。まるで天使のお迎えを目撃したがごとく、恍惚の表情を浮かべていた。
(肩たたきでそうなる?)
マッサージしていた時間は十分にも満たなかっただろう。
店主は骨抜きになり、スヤスヤと寝息をかいており、楓はブランケットをかけてから電気屋を後にした。
その次は本屋。棚の整理を手伝っていた。
その次は金物屋。目薬を差すのを手伝っていた。
その次は食堂。皿洗いを手伝っていた。
その次は魚屋。商品の整理を手伝っていた。
その他複数の店を巡り、もれなく報酬としてお菓子を受け取っていた。
今開いている店をすべて巡り、ショルダーバックはお菓子でパンパンだ。
(何をしたいんだ?)
一連の行動は、陸からみると意味不明の一言だった。商店街を回って、軽く手伝いをして、お菓子をもらう、を繰り返している。しかも喫茶店に住んでいる少女が、だ。
(どんだけお菓子が好きなんだ?)
陸は思考に夢中になっており、周囲を全く警戒していなかった。
「なんだぁ、おめえ?」
突然、背後から突然老人に声を掛けられて、驚きのあまり
「プチョヘンザ!」と叫んで威嚇したのだった。
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