ストーキングの際は地味な服がいいと、と普通は思うかもしれない。
しかし実際に肝要なのは、周囲に溶け込むことである。下手に地味にしすぎると逆に浮いてしまうし、派手にし過ぎても目立ってしまう。
不自然さを感じさせない。そうすれば相手は勘ぐることすらせず、見つかる道理はない。
「なんでそんなに詳しいんですか、清水さん」
「昔色々あったなからな、思い出したくないことがな」
そう言う清水の顔は、不意に梅干を食べたかのように渋かった。過去のストーキング被害の数々を思い出したためだろう。
陸はふいに周囲を見渡す。
(なんか落ち着かない)
陸は今、清水の家に訪れている。
見渡すばかりのオシャレ。家具やオブジェクトは知らない形状をしており、まるでドラマの中に来たみたいだ。それほどまでに、陸の家とは何から何まで違う。
陸の家が特段貧乏、というわけではない。ただ単にこだわりの違いでしかない。
しかし陸の家と清水の部屋を見比べると、よりお金を持っていそうなのは後者だというのも事実である。
その他に筋トレグッズ敷き詰められたコーナーがあったり、少年漫画がこれでもかと並べられた本棚が目につく。陸が知る作品が少ないのは年代差のせいだろう。
「結構いいところに住んでますね。成金っぽいです」
「少し背伸びしているんだ。セキュリティを考えるとなぁ」
「そんなに大事ですか?」
「お前も、髪の毛の一本を袋に仕舞う不審者を目撃すればわかるさ」
「呪い用ですかね。どこで恨みをかったんですか」
「呪いや殺意の方がマシではあるな」
ことごとく嫌味がかわされたことで陸は歯ぎしりをした。そんな年下の少年に、清水は大人気なくしたり顔をみせつけた。
それから、そろそろ本題に入るか、と言わんばかりに顔を引き締める。
「今回のミッションは楓ちゃんの動向を探ることだ」
「ミッションって……」
陸が清水宅に足を運んだ理由は、君乃に依頼された『楓ストーキング作戦』を遂行するためだ。
清水は
「もしすべてが露呈した場合、姉妹の絆に軋轢を生む。それだけは避けなければならない。万が一ストーキングがばれることがあっても、お前は依頼主を決して明かしてはならない。自分の意思でやったのだと主張しろ。それがスパイの鉄則だ」
「スパイって……」
どこか楽しそうな清水の顔を見ていると妙に腹がたって、陸は「しくじった場合はこいつのせいにしてやろう」と心の中で誓った。
「大体、ストーキングする必要ありますか? 聞けば答えてくれると思いますけど」
「みんな素直じゃないからな。楓ちゃんは特にだ。色々と抱えるだけ抱えて、後生大事に抱え続けてしまう。心のコレストロールがびっしりだ。今にも破裂しそうで怖いんだよ。それをなんとかしたくてな」
(本当にそうか?)
陸はカラス兄と喧嘩する楓の罵倒の数々を思い出して、疑問に思った。明らかに感情をもろ出しにしていた。しかしカラス兄については口止めされていることを思い出し、素知らぬ顔を決め込んだ。
「じゃあ、なんで僕なんですか。ストーキングするのは清水さんでもいいじゃないですか」
「さすがに俺の背格好は目立ちすぎる。高身長で筋肉質。どこにいても目立ってしまう。その点、鈴木は完璧だ。中肉中背の一般的な男子中学生だ。まあ、見た目だけだがな」
清水が服を手渡し、陸は不服ながらも受け取った。
「洗面所で着替えてこい」
言われるがまま腰を上げた陸は、キレイに掃除された廊下を通り、洗面所のドアを押し開けた。
(なんか知らない臭いがする)
臭いの正体はすぐに察しがついた。大量の制汗スプレーや化粧水、香水、ニキビ薬、化粧道具などが所せましに並べられていた。おそらくは、それらのどれかから漏れているのだろう。
(お母さんのよりも多いし、高そう)
視線を横に動かすと巨大なプロテインの袋が並んでおり、陸は思わず面食らった。
(あー、いやだ)
突然居たたまれない気持ちになって、そそくさと着替えて、洗面所を後にした。
リビングに戻ると、無地のTシャツにデニムパンツというシンプルな格好の清水に連れられ、姿見の前に立たされる。
「お、中々いいじゃないか」と清水が意外そうに褒めると
「嫌味ですか。全然着せられてる感ありますよ」と陸は低い声で否定した。
「それだからお前はダメなんだよ」
「事実ですよ」
「……まあ、そこは一旦いいか」
陸の眉間にさらに皺が寄った。
陸が着せられたのは、ダボッとした服だった。まるでラッパーやダンサーのように見える。大き目のTシャツには汚い英語のロゴが印刷されているのだが、陸はその意味を知らない。
(こいつだったら平気で着こなすんだろうな)
陸のような寸胴体型では、いまいち様になっていない。しかし、清水のようなスリーと体型が着ればバッチリ決まるであろうことは想像に難くない。
「もっと他のじゃダメなんですか。なんか恥ずかしいんですけど」
「我慢してくれ。シルエットを隠すのにちょうどいいんだ」
「そりゃそうですけど……」
ストーキング用の服装だと割り切ろうとしても、陸の心のモヤモヤは晴れなかった。
「あとは化粧だな」
「化粧……?」
陸ははてなマークを浮かべた。いや、言葉は知っているのだが、自分に関係があるワードとは思っていなかったのだ。
「帽子をかぶって、マスクをしても目元で判断されるかもしれない。だから細工程度だがメイクを施す」
「ああ、なるほど」
陸は納得し、化粧台の前に座った。しかし清水は嘘をついていた。いや、最初は嘘をつくつもりはなかったのかもしれない。
陸は知らなかったのだ。清水の負けず嫌いから来る凝り性のひどさを。
執拗に肌に叩きつけられるローション。
甘い匂いのするファンデーションが舞う。
自分の顔面を滑る刷毛のこそばゆさに耐え続ける。
目を開いては閉じ、口を開いては閉じ、開いては閉じ……。
一時間以上は顔面をこねくり回されただろうか。憔悴する陸の精神とは反比例して、顔面は劇的な変化を遂げていく。
まるでまっさらな石柱に人の像を彫るように、特徴の無かった陸の顔に色が出始める。目が大きくなり、鼻が小さく高くなり、二重まぶたが際立っていく。錯覚を十全に活かした妙技は一般的な顔立ちをイケメンへと変貌させた。
「これがボク……?」
鏡に映った自分の顔を見た瞬間、陸は目を見開いた。口を開けるまで自分の顔だと信じられない程の変貌ぶりだ。
「ふむ。我ながら良い出来だ」
「すごい……」
陸の素直な賞賛を受けて満足げだったのだが、すぐに表情が変わり、険しくなる
まるで自分の下手な作品を見る油絵画家のような目付きで、陸の顔をつぶさに確認したかと思うと
「うーん、ここが少し薄いか。1ミリだけ書き足したほうがいいだろうか。ここはぼかしが足りなそうだ」などと呟きながら気になるところに手を加え始めた。
しかし陸はすでに一時間近く座りっぱなしで限界だ。
「もう、充分、ですから!」
「いやいや、もう少しだけ。一度気になると止まらない。頼む」
貧弱な腕しか持たない陸では、筋トレバカの清水に抵抗できるわけがなかった。
なし崩し的に三十分の延長が入った。
三十分後。
完成した顔を見た陸はポカンと開いた口がふさがらなかった。
(え? 何か変わった?)
陸の目から見て、三十分我慢した成果が『何も変わらない』にしか見えなかった。実際、細かな微調整しかしておらず、パッと見ではわからない。
作成者である清水は満足気に頷いている。
(まあでもいっか)
そう割り切れる程、化粧された自分の顔を気に入っていた。
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