チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク
ほづみエイサク

第八章 カラスとモナリザと老木は少女の未来を憂う

第六十六話 衝撃の真実

公開日時: 2023年9月26日(火) 18:18
更新日時: 2023年9月27日(水) 13:22
文字数:2,184

 君乃の後姿が見えなくなると、緊張していた空気が一気に緩んだ。

 

「はあ、なんだか疲れました。もう今日は宿題はいいですね」

「最初からやる気なかったでしょ」

「今年は最終日に追い込んでやるつもりなんですよ」

「今年は、って去年は違かったの?」

「最初の五日ぐらいで終わらせて、後は日向ぼっこしてました」

「今年もそうすればよかったじゃん」

「それじゃあ、青春っぽくないじゃないですか」

 

 音流の言っていることが理解できず、陸は肩をすくめた。

 

「何考えてるの?」

「ドラマの影響ってヤツです」

 

 コト、と

 

 二人が雑談していると、君乃がケーキを持ってきていた。

 

「お詫びでございます。どうぞお受け取りください」

「君乃さんも悪い人ですねぇ」

「いえいえ、日向ちゃんほどでは」

 

 そんな軽い"お代官ごっこ"をした後、君乃は戻っていった。

 

 ケーキを前に目を輝かせている音流を見て、陸は呆れていた。

 

(さっきもサンドイッチを食べたはずなのに、よく食えるな)

 

「僕のも食べていいよ」

「いいんですか!?」

 

 言い終わるよりも手が早かった。ヒョイッ、と陸の前に置かれていたケーキを持っていった。

 

「ん? どうしたの?」

 

 さっきまでの勢いは突然どこかへと行き、皿に乗っていたフォークをじっと見つめていた。陸が不審に思っていると、音流は眉を動かさずに口を開いた。

 

「ねえ、同志。ウチは今日すごく大変だったんですよ」

「あ、うん、そうだね。一緒にいたから知ってるけど」

「君乃さんにお話ししたのもそうですけど、やっぱり同志の貧乏ゆすりは本当に恥ずかしかったんですよ」

「あ、はい、ごめんなさい」

「言葉だけでなくて、行動で謝罪してほしいです。あえて厳しく言うなら、罰ゲームを執行します」

 

 音流はさっき奪ったケーキを陸の前に戻し、フォークをツンツンと叩いた。

 

「アーン、です」

「あ、あーん……」

 

 陸は思考が追い付かず、思わず反芻した。

 

「してください♪」

「ここじゃなくても……今度でも……」と陸がゴニョゴニョと抵抗しても

「ウチが先に恥ずかしかったんですよ?」と返されるだけだった。

 

 音流の笑みには、凄みがあった。陸は逃げ道がないのだと悟った。

 

 しかし覚悟がすぐに決まるかとは別問題だ。陸が踏ん切りがつかずに悶々している内に、業を煮やした音流がフォークをケーキに突き刺した。

 

「まずはウチからにしましょう」

「え?」

 

 チョコレートケーキの欠片を取り、陸の唇の前へと運んでいく。

 

「……肉食すぎない?」とせめてもの抵抗で皮肉を言うと

「バス停で突然脱いだ人が言いますか?」

 

 皮肉を返されて何も言えなくなった。

 

 陸はとっさに周囲を見渡した。お客さんは数人。彼らは陸達を見ていない。問題は店の人達だった。興味津々に様子を伺っている。

 

(うわ、初恋の人に見られながらか)

 

 今度は音流の顔を見る。 

 

(見せつけたいんだろうなぁ)

 

 陸は短い交際期間で、音流の嫉妬深い一面を知っていた。しかしそこに嫌気が差しているわけではない。むしろ逆だ。

 

(そこがかわいい、と思える時点でもうダメダメなんだろう)

 

 素直に受け入れて、口を開ける。

 

 スーッとフォークが口の中に入ってくる。ケーキを舐めとると同時に、違和感を覚えた。

 

(あれ、いつもどうやって食べてるんだっけ?)

 

 口に入れて、咀嚼して、飲み込む。そのプロセスの最初を異性に補助されるだけで、全く別の行動のように錯覚してしまう。

 

 えずきそうになりながら、なんとか飲み込んだ。

 

「おいしいですか?」

「……レアチーズケーキよりはおいしくない」

「それは上々ですね」

 

 上機嫌な音流に対して、陸は顔を背けた。

 

「さて、これでもう後戻りはできませんよ」

 

 今度は皿にのったショートケーキを陸の前へ置き、具体的なことを何も言わずに、大口を開けた。

 

(これでやらなかったら後々大変だろうなぁ)

 

 陸は観念してフォークを手に取った。

 

(うわあ、無防備だ)

 

 陸の目は、自然と口の中に吸い込まれていった。そこには、

 

(うわぁ、のどちんこまで見える。歯並びもいいなぁ)

 

 口内に見惚れていると、

 

「同志。流石に口の中をそんなに見つめられたら恥ずかしんですけど」

「……ごめん」

「なんか同志って、変なフェチがありますよね」

「変なフェチ……」

 

 音流としてはただ感想を述べただけだったのだが、純粋な陸の心にはグサリと刺さった。

 

「あんまり見ないようにしてくださいね」と言いながら、音流は再び口を開けた。

 

(そうは言われても……)

 

 口の中から意識を逸らそうとするほど、他の情報が入り込んでくる。周囲の喧騒や光景を意識してしまう度に、羞恥心と緊張が湧き上がってくる。

 

 それでも、陸の目線は最終的に少女の口の中へと吸い込まれていく。それほどに、陸にとっては魅力的だった。自然とフォークを持った手が伸びていく。

 

 いざ、口に入る瞬間だった。

 

 パァン、と。

 

 外から馴染みのない音が聞こえた。その後、何かの落下音と女性の高笑いが続いた。

 

「なんでっ!」

 

 突然、音流は顔を真っ青にして、店を飛び出していった。

 

 陸は徐々に情けない顔になりながら、行き場を失ったフォークを見つめていた。

 

「なんなんだよ」

 

 状況を咀嚼した瞬間、全身の力が抜けて、フォークがカランと落ちた。

 

 乾いた唇を潤そうと、無造作にカップを手に取って、飲み干した。

 

(あれ? もうなかったはずだけど……)

 

 手元を見ると、さっきまで音流が口をつけていたカップを握っていた。

 

 耳まで真っ赤にした陸は、テーブルをトンと叩いたのだった。

 

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