チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク
ほづみエイサク

第四十二話 下着姿で抱き合う二人は

公開日時: 2023年9月6日(水) 19:18
文字数:1,736

 カーテンと見紛みまがう程の激しさで豪雨が降り注いでいる。

 

 貧弱な造りのバス停から出ることもできず、少年少女は下着姿で向かい合っている。

 

 陸はボクサーパンツだけになっており、特に鍛えていないだらしない体を露出させている。

 

 音流は飾り気のない薄ピンクのブラとショーツだけを身に着けており、濡れた黒髪が肌に貼り付いている。

 

 さっきまで身に着けていた服は二人分がまとめて置かれている。びしょびしょに濡れていて、男女の服が溶け合って見える。

 

「同志、先に座ってください」

 

 陸は促されるままベンチに座った。気を使われているのかな、程度にしか考えていなかった。しかし音流が接近してきたことで察した。とっさに目を閉じると、少女の弱々しい吐息を近くに感じられる。

 

 膝の上に重さを感じて目を開けると、予想通りの光景が映っていた。

 

 音流は、向かい合うようにして陸の膝の上に座っていた。確かに体を温めるのであれば最も効果的だろう。しかし思春期の陸には余りにも刺激が強すぎる。

 

 音流は迷いなく、陸の背中に手を回し体を密着させた。

 

 下着越しの――布一枚を挟んでいるだけの、豊満な胸の感触。触れ合う肌と肌。少女一人分の体重。消え入りそうなシャンプーの甘い香り。濡れた肌に触れると体の芯まで痺れる。

 

 そのすべての要素が、陸の弱いところをくすぐる。

 

 陸は吃音きつおんを漏らしながら、体を強張らせて衝動に耐え続ける。しかし徐々に慣れはじめ、恐る恐るだが音流を抱きしめようとする。最初は触れるのすら慎重で、少し触っては離し、触っては離しを繰り返していた。触れていいことが確信できて、ようやく背中に腕を回した。

 

 そうこうしている内に、音流の肌は赤みがかっており、熱を帯び始めていた。

 

(冷たくない。良かった)

 

 徐々にだが状況が好転している。

 

 落ち着く姿勢を見つけると、環境音だけの時間が続いた。

 

「いい音」

 

 音流が小さく呟いた。

 

 轟々と雨音が鳴り響き、強風が吹きすさぶ中でも、囁くような声は陸の耳にしっかり届いていた。

 

「同志の心臓の音は、すごく落ち着きます。じいじにとっても似てます」

 

 陸は喜んでいいかわからず、「あ、うん」と曖昧な相槌をうった。

 

「頭を撫でてください」

 

 言われるがままに音流の頭を撫でる。猫の赤ちゃんの産毛を撫でるようにそっと撫でているつもりだが、どこかぎこちない。

 

 音流はゆっくりと息を吐きながら、陸の胸に顔をうずめた。

 

「撫で方もじいじに似てます。手がもっとシワシワゴワゴワだったら完璧です」

「悪かったな」

 

 不機嫌になった陸は手を離そうとした。音流は「ぁ……」と名残惜しそうな声を漏らした後

 

「やめないでください。今は同志に撫でられていたいんです」とおねだりした。

 

 陸は照れながらも、再び音流の髪に触れる。

 

「音流って、下の名前で呼んでくれませんか?」

 

 陸は無言のまま渇いた唇を舐めた。先ほどからの怒涛のおねだりに、どうにかなりそうになっていた。

 

「ウチの名前、読んでください」

 

 普段の陸ならば、音流の要求にこたえられなかっただろう。しかし今は非現実的な状況に寄っているし、疲労で判断力が鈍っている。

 

 陸は唾を呑んで、意を決する。

 

「うん、わかったよ。音流」

「はい、同志」

 

 音流は目を皿にしながら、コクコクと力強く頷いた。まさか本当に呼んでもらえとは思っていなかったのだ。

 

「もう一回呼んでください」

 

 ほんの少しだけ間があった。しかしすぐにわずかに震える唇を開く。

 

「なに? 音流」

 

 音流は感極まった様子で、陸の胸に額を擦りつけた。

 

「この名前はじいじがつけてくれたんですよ。産声が川のせせらぎのようにキレイだったからって……。音色が川のように流れるという意味で、音流とつけたそうです。本当に孫バカですよね」

「本当に好きなんだね。じいじのこと」

「はい、好きです。好きでした」

 

 陸は自分のおじいちゃんの顔を思い出した。音流の切ない笑顔に重なって見えた。

 

「でも、じいじは死んじゃいました。ウチの目の前で、恨み言を遺して……」

 

 音頭を撫でていた陸の手を、音流は包むように握りしめた。

 

 陸は手の冷たさに悪寒を感じながらも、強く握り返した。

 

「聞いてくれますか?」

 

 陸は音流を強く抱き寄せた。少しでも近くで声を聞けるように。

 

 音流は安らかに目を閉じて、ポツリポツリと語り始めた。

 

 じいじが死んだ、その日の話。

拙作を閲覧いただきありがとうございます


【大事なお知らせ】


この小説を通して、あなたの心が少しでも満たされましたら、評価・レビュー・応援をしていただけると嬉しいです。


その優しさにいつも救われています

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート