楓に助けを求めた陸は、ほとんどすべてを吐き出した。
台風が襲来した日、何があったのか。音流の家庭事情を隠しつつ、話した。その話を聞いた楓はあっという間に音流の居場所を突き止めてくれた。協力したカラス兄には感謝する他ない。
「"あの時"はごめん」
音流の居場所に向かう前に、楓に対して頭を下げた。"あの時"とは喧嘩のきっかけとなった、火葬場の隣の空き地での出来事のことだ。
「わたしも悪いから。意味わからなかったでしょ」
陸は悩んだ末、小さく頷いた。
「わたしにとって、あの切り株は恩人のお墓のようなものだから」
「……そうだったんだ」
萎れた様子の陸に対して、楓は
「バカっぽいでしょ」と自嘲気味に言った。
陸は反応に困りつつも「嫌いじゃないよ」と答えた。
その言葉に楓は面食らったが、すぐに気を取り直して、陸の背中をバチンと叩いて叱咤激励した。
「ネルちゃんを泣かすな。絶対に悲しませるな」
「わかったよ」
「本当に泣かせるなよ」
「わかってるよ」
「悲しませたら承知しないから」
「十分わかってるから」
「泣かせるな、悲しませるな」
「なんなんだよ、一体!」
何度も同じ内容を繰り返された苛立ちからと陸は声を荒らげた。
「だって、友達だから」
楓は照れながらも言った。
陸はお礼を告げて『Brugge喫茶』を後にした。
陸は音流のいる場所に向けて、一心不乱に走っている。
目的地に目と鼻の先にまで近づくと、見知った顔を見つけた。
「おはようございます。清水さん」
「おう、おはようさん。なんだ、朝早くに走り込んでるなんて。まさか、筋トレに目覚めたか?」
ハグしようとする清水を避けて
「そうではないです。鍛える目的で走ってるわけじゃないです」と陸はきっぱり否定した。
「なんだ。残念だな」
短く息を吐いた。高鳴る心臓を押さえつけているが、すぐに走り出したかった。
「それよりも、日向はこの先にいますよね?」
「ああ、なるほど。ふーん。そうか」
清水のニヤついた表情を見て、嫌な予感がした。
「通りたければ、俺を倒していけ」
清水は両手を広げて陸の行く手を阻む。陸は思わず舌打ちをしたのだが、予想通りだったのか、清水は微動だにしない。
「俺はお前にとって敵。そうだろ?」
陸は、今は関係ないだろ、と心の中で唾を吐いた。早く音流の元に行きたくて仕方がない。
「宙ぶらりんなままでいいと思っているのかよ。振り切れよ、全部。吐き出せよ、心の何もかもを」
「…………」
悔しさのあまり奥歯を噛みしめた。自分の気持ちを見抜かされていることも、助言されることも、たった一言で相手をいい男だと思ってしまったことも気に食わなくて、自分が許せなかった。
深く低いため息を吐いて、心を整える。
(もう隠すようなことも、取り繕うこともないはずだろ)
自分の中をつぶさに観察して、言語化していく。そうしていくうちに覚悟が決まっていく。
「僕はあなたには敵いませんよ。肉体でも精神でも容姿でも性格でも……一緒にいた時間も、信頼も、信用も、全部清水さんの方が多くを持っている」
諦めたような顔。陸が犬だったら腹を見せて降伏していただろう。
「だからって、逃げるのか?」
陸は自問自答する。これは逃げなのだろうか、と。
(僕は初恋をした。一目惚れをした)
しかしその"恋心"は決して報われるものではなかった。だからといって、逃げるのは嫌で、意地を張っていた。
いや、そもそもそれが本当に"恋心"なのか、未熟な陸は判別できていない。君乃の体型が好みだったから、発情していただけかもしれない。
確かに言えるのは、君乃と話すのは楽しかったし、何でも頼みごとを聞ききたい、と思っていたことだ。
なのだが、君乃という人間を知れば知るほど、他の感情が芽生えていた。
——もっと知るのが怖い。もっと知られるのが怖い。
いつしかそんな思いに苛まれるようになっていた。だからこそ適度な距離を取り、過度な干渉を避けてきた。
(これも恋なのかなぁ)
その答えを少年はまだ持ち合わせていない。だが、どちらにせよ、そんな窮屈な恋心は陸の性分に合っていないのは確かだ。
音流には恥ずかしいところも情けないところも見せてしまっている。陸は音流のつらい家庭事情も弱さを知っている。それでも顔を見たいと、一緒にいたいと思える。
どっちも恋と言えなくはない。
その違いは一体何なんだろうか。
「あなたと君乃さんはお似合いですよ。これ以上ないほどに。それこそ僕なんて足元にも及ばない」
「なんだ。負けを認めるのか?」
清水は意外そうに目を見開いた。
「いえ、違いますよ。戦友になるんですよ」
陸は嫌味っぽい顔を作って、目の前の高身長美青年を挑発する。
「いや、僕が先輩になるかも」
「生意気いいやがって」
言葉とは裏腹に、清水は満足そうに笑っている。
「生意気言われたくなかったら、やることやってくださいよ。あんまり待たせると捨てられますよ」
「痛いとこつくなよ……」
「痛いと思ってるなら実行してください。じれったくて仕方がない」
清水は空を見上げた。
「はー。若者が育つのは早いなー」
「何を言ってるんですか。清水さんもまだまだ若いですよ。それでも時間なんてあっという間に過ぎてしまいます。早くしないと僕のお父さんみたいに、息子の友達にお祖父ちゃんと同い年だって言われて、悩むようになっちゃいますよ」
清水は観念して、広げていた手を下ろした。
「……しょうがないなぁ」と後頭部をポリポリと掻く。
「もういいですか?」
「レアチーズケーキをホールで用意してやるから、絶対に二人で来いよ」
「あはは。一人で食べきれないですよ」
「……一人で食べる気かよ」
「本当はそうしたいですけど……。苦渋の末で断腸の思いですけど、皆で食べましょう」
「そこは変わらないなぁ」
レアチーズケーキへの愛は成熟しきっているのだ、と陸は胸を張った。
「待ってるからな」という声を背に受けて、陸は意気揚々と歩き始めた。
あともう少しだ。
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