異世界ギルドで業務効率化

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のちのちザウルス
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お前の仕事はお前のもの、俺の仕事も実はお前のもの 4

公開日時: 2021年3月25日(木) 19:45
文字数:2,482

何故か満足気なカイリキは、続けて皆に質問する。

 

「さて、何か意見のある人はいるだろうか」

「はい」

「ザザ君」

 

すぐに手を上げたのはザザ。

まだまだ業務改善という行為に不慣れなお嬢とマカオには、この手の事は時間がかかるだろう。長くこのギルドに勤めている2人なら間違いなく良い意見を持っているはずだが、まずは時間が惜しい。

 

「業務改善とは、改善したい業務が分かっていなければ提案することができません。カイリキさんは何の業務を改善したいとお考えでしょうか」

「何の業務って……そりゃ、総合的にすべての業務の時間が短くなればいいなって思うよ」

「その答えを聞いて確信しました。次にやるべきは『業務の洗い出し』です」

「「「業務の洗い出し???」」」

 

と、全員から素っ頓狂な声が上がる。何故業務の洗い出しが必要なのかイマイチ分かっていなそうだ、とザザは説明モードに切り替える。

 

「そもそも業務効率化とは、現状の業務について『省力化・手順の簡素化・不要な手法の削除・別の方法の提案をして、今よりやりやすい業務に変えていくもの』です。

 そのために必要なのが、業務の洗い出し……いわゆる業務棚卸(たなおろし)と呼ばれるものです。これを行うことで、現状どの業務にどのくらい時間がかかっているのかを知ることができます。すると、実は簡単だと思っていた業務に思ったより時間が取られていることが分かったり、不要な手順を踏んでいる業務を発見したりすることができます。

 要するに、今現在『全員が行政改革ギルドの現状を把握していないため、現状を知ることから始める必要がある』ということです。方法を説明しましょう」

 

一呼吸置き、ザザは皆の顔を1人ずつ見る。顔を見るのはプレゼンの基本だ。

 

「まず、平時の業務から月1度、年1度の業務に至るまで、現状行っている業務を全てを書き出します。書き出した業務は可能な限り細分化した方が、後々改善提案等のアプローチがしやすいですね。このギルドは定例業務がないとカイリキさんは仰っていましたが、定例業務が多いギルドは月のどのタイミングでどの業務をやるかフローチャートを作るべきでしょう。

 次に、書き出した業務について、それぞれどのくらい時間がかかっているのかを書き出します。先の洗い出しで細分化やステップ分けが出来ているなら、より細かくそれらにかかっている時間を書いていきます。全てを書き終える頃には、『業務の見える化』が出来ているはずです」

「うーん……別にそんなことしなくても、僕は皆の業務内容が分かっているけどなあ」

 

カイリキがぼやくのを聞いて、ザザは少ししまったという顔をした。

この言い方では、カイリキに対し『上司の業務管理・把握ができていないのでは』と言っているように聞こえただろう。

業務改善を行う上で、上司の無能を指摘しがちなのはどの企業も同じだとザザは思っている。アイツが仕事を止めている、余計な仕事の手間を増やしている、部下の管理の仕方が悪い、などと挙げればキリがないが、上司というものは改善提案を行っていくうえでネックになりやすい存在だ。

しかし、上司がいなければさらなる上の部署に対して声が届かないし、そもそも提案の承認権を持っている人に反目しても良いことはない。ここは上司の顔を立てる方針に切り替えていこう。

 

「誤解されたようなので言い直しますね。この業務把握というのは、ギルドメンバー全員が把握してこそ意味があるんです。

 例えば、お嬢さんが担当されている何らかの業務があったとします。カイリキさんは上司ですので、当然内容についてご理解されていると思います。しかし、その業務は実はマカオさんの担当している業務と連携を取った方が良い案件だった、なんてこともあります。俺の方が得意だし任せて欲しいなあと思うこともあれば、コイツに渡してる業務量少ないと思ってたけどめちゃくちゃ時間かかるじゃん!なんてこともあります。

 つまり、業務の振り分けがしやすくなることや担当間の協力を仰ぎやすくなること等のメリットがあります。ですので、業務の棚卸が必要なんです」

「はー、なるほどねぇ。僕だけが理解しててもダメってことなんだ」

「そういうことです。担当がそれを見て何かを発見することだってありますからね。ただし、この業務棚卸という作業、欠点があります」

「欠点……一体何かな」

「すっげぇ時間がかかります」

 

と、ザザは苦虫を嚙み潰したような顔をして話を続ける。

 

「普段やってる業務を書きまくるという単純な作業なのですが、実はあれもあったこれもあったが頻発して、1日じゃ終わらないと思います。その日の業務をまるっと業務の洗い出しにかけるくらいの気持ちが欲しいです。嘘じゃないです、やってみればすぐ分かります」

「そ、そうなんだ……ザザ君もそんなげっそりした顔になるんだね」

「なります。本当に時間かかるんです、これ。

 例えば冒険者ギルドへの依頼書類1枚作るとするじゃないですか。この作業には、まず書類を書く、書く内容を行政改革ギルド内で調整する、冒険者ギルドとも内容を調整する、物によっては日時や作業実施日等を調整する、カイリキさんの承認をもらう、修正あったら修正する……これくらいの内容があります。これを棚卸の表にしてどんどん書いていく途中で、『あ、法令届出も必要だ』『法令届出するにあたって内容があってるか他ギルドと調整しなきゃ』『届出出すのに添付書類が必要だから図面を準備しなきゃ』『添付書類の図面を作るのに現場調査が必要かも』とか、本当に色んな作業が出てきます。

 1つの作業を書くだけでも地獄ですよ」

「あー、そりゃ大変だね」

「とはいえ、ここから始めないと何も始まらないくらいには必要なことです。俺は業務の洗い出しをすることを提案します」

 

ザザはスパッと言い切る。

社会人生活は10年に満たないが、これでも改善提案文書は腐るほど書いてきた。カイリキの筋肉にまみれた小さな脳みそよりは余程グレイトなアイデアを出せるつもりだ。

 

「ザザ君、失礼なこと考えてるでしょ」

「はい!」

 

所詮は若手、まだまだ先輩には勝てないこともあるのだ。

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