「こ、このようなことが……!」
「これが……サボタージュマニュアル!!」
従者たちは戦慄していた。先程テンノー陛下が仰られていたこと、それはまさに今の大日本帝国そのものであったからだ。自分たちの上司を思い浮かべろ?そんなことをするまでもない。テンノー陛下のお言葉は、嫌でも過去の使えない上司や同僚、老害のジジイババアを思い起こさせた。それすなわち、“地獄”――。
「恐ろしいか?無理もない。余も初めてこのマニュアルを開いた時は戦慄したものだ。余の付き人も今はお前たちに変わったが、それまではこのマニュアルに書かれたようなマニュアル人間が跋扈し、若手の侍女がマニュアル婆さんにサボタージュハラスメントを受けていたものよ」
苦々しいお顔をされ、陛下が申し訳なさそうに首を傾げられた。まるで、見たくないものからお目を背けられるかのように。
「当時のサボタージュ婆さんやサボタージュ爺さんは勿論、余に近い人間で報告を受けた者は全員解雇したつもりだ。老害は、若者の行く道を遮ってはならないからな。
……なあ、この大日本帝国には、紛れもなく根深いガン細胞があるのだよ。摘出しても摘出しても、それはまるでウジのように沸いてくるのだ。何故か分かるか?簡単な理由さ、私が生まれるより遥か昔からの教育の賜物だよ。サボタージュマニュアルによる教育の、な」
「……陛下は、いつからこのことを」
「幼い頃からずっと知っていたよ。だがな、当時はこれを大人に教えても意味がなかったのだ。当時の大人たちも、自分の行いがまさかスパイ活動に匹敵する行為だと認めたくなかったのだろうからな。余の言葉は嘘、というよりは子供の戯言として捉えられて日の目を見ることはなかった。ところがだ」
テンノー陛下は懐から1枚の写真を取り出す。比較的真新しいそれには、1人の男が写っていた。
「時代は変わった。今現在、大日本帝国には間違いなく流れがきているといっても過言ではない。……この男を知っているか」
「はい、行政改革ギルドの人間ですね。名前は確か……」
「ザザ・ナムルクルス」
「ああ、そうですね。仰る通りザザです。……この男が何か?」
「大日本帝国の構造改革は、この男がきっかけで進んできた。まだ2~3年程前のことだが、間違いなくこやつが入ってから行政改革ギルドは影響力を強めていると言っていい。道路工事に通信網の確保、トイレ革命、他属性魔法の習熟方法の確立、とにかく挙げればキリがない。最近では残業をしないのがマナー、残業をする人間・させる企業はゴミだとテレビで吹聴しまくるその精神的タフネスさも相まって、世間では随分と人気者のようだ」
「そうですね、とにかく彼の声は通る印象があります。曰く、でかい声を出さないと現場で指示できないから、だそうですが」
「な?面白いだろう。だから適任だと思ったのだ」
「……適任、ですか」
「ああ」
テンノー陛下は、今日一番の最高に悪いお顔をなされてニヤリと口角を吊り上げる。その余りに悪いご尊顔は、まさしく一国の最高権力者に相応しいことこの上ない。
「改革、改良、改善。これらにおいて、彼ほど得意としていて、彼ほど好き勝手動ける人物は他におるまい」
「ザザには、中央ギルドのギルマスになってもらうとしよう」
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