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のちのちザウルス
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消えよ馬車、地下鉄様のお通りだ 8

公開日時: 2021年5月26日(水) 20:00
文字数:3,525

トラムの中について、特筆すべきことは何もなかった。現代日本に住み慣れた皆からすれば、ただの電車に過ぎないからだ。

しかし、交通機関が著しく発展していない大日本帝国の一般客からは、絶叫とも呼べるほどの感嘆の声が上がっていた。早い、身体が揺れない、お尻が痛くない(これは非常に重要)、空調が快適等々、彼らからは100点満点の高い評価をもらえたようだ。これにはザザもニッコリ。1年を超える長期の工事が終わった後は、ようやく肩の荷が降りたと心から安堵するものだ。――実際には、ここから不具合などがあってメンテに行くのだが。

 

オオエド温泉駅に到着し、様々な人がトラムから降りてくる。おっさんにおばさん、家族連れ、肩身が狭そうな肩幅の広いデブと、それこそ千差万別だ。だが彼らに共通していることは1つ。皆笑顔を見せてトラムを降りたということだ。

カイリキやザザもトラムから降りると、ザザは再びホームの端へ、カイリキはオオエド温泉駅の会見場へ向かっていく。そして、記者の準備がおおよそ出来ていることを確認すると、カイリキはマイクのスイッチを入れた。

 

「皆様、いかがでしたでしょうか。こちらが、今後運行予定の蓄電池トラムでございます。現在の主流である馬車に比べ、速度は勿論のこと、維持コストや環境負荷に優れる素晴らしい乗り物だと体感頂けたことでしょう。これからは、このトラムを都市近郊の大部分に走らせ、馬車を使わなくても良い大規模な交通網の構築を目指していきたいと思います!!」

 

うおおおおおおお!!!

歓声とともに、一般客が拍手でカイリキを褒め称える。彼らからすればこれはまさしく偉業であった。その偉業を、今度は都市全域に拡げていくという。これを喜ばずしてどうしようと――。

 

「じゃあ、馬車の時代は終わりだとでも言うんですか!?」

 

1人の女性記者が金切り声で叫んだ。彼女は――。

 

「いや、そうは言ってな――」

「先程馬車を使わなくてもいいと交通網の構築と言ってましたよね?つまりそういう意味では??」

「いや、だからそれは極端な話で――」

 

 

「アシャヒ新聞か!!」

「アシャヒ新聞?なんですかそれ?」

 

ホームの端。オオエド温泉駅でもカイリキの話に飽きて壁にもたれかかるザザとハーフであったが、金切り声にびっくりしてそちらを向くと、どうやら悪い展開になっている様子。

 

「アシャヒ新聞は……まあそうだね、大体フェイクニュース書いてるメディアだよ!」

「先輩、怒られますよ」

「事実かはさておき、俺の印象はそうなの!とにかく、アレが出てきた以上なんとかしないとな」

 

ザザは隠れて準備していた予備のマイクを取り出すと、そのままカイリキの方へ走っていく。それを遠目に確認したカイリキは、頼もしい助っ人の姿に戦慄して大急ぎで秘密のサインを送る。

 

「ん?秘密伝達用サイン?えーと……“こっちに来るな”?」

 

なるほど、行こう。

 

「皆さあああああん!!!」

 

記者が一斉にザザを見る。記者たちも慣れたもので、したっぱながら知名度のあるザザの顔を見ると、インタビューの矛先をザザに変えた。すると、同タイミングでカイリキはすべてを諦めた顔になり、頭を抱えながら壇上を降りていった。失礼な。

とにかく、カイリキが壇を降りた今、自分がこの後を継がなければならない。

 

「先程のご質問は、馬車の時代は終わりなのか?ということでよろしいですね」

「ええそうです!」

「その通り、馬車の時代は終わりです!使う必要はありません。使うなら、これからは安全安心地下鉄トラムをご利用下さい!!!もしくは自動車!」

 

誇らしげに胸を張るザザ。おおー、という声が聞こえるや否や、先程のキンキン声の記者が捲し立てるように質問する。

 

「それでは、現在馬車の御者をしている人達の雇用はどうなるんですか!?馬車の専用駐車場を管理している人や、馬の世話をする人、畜産業の方だって影響が出るんですよ!それをどう考えているんですか!?」

「え? 別に、どうも」

「別に!?どうも!?」

 

神経を逆撫でするザザの言葉に記者が色めき立つ。これは失言か?スクープになりそうな彼の失言を聞き逃さないよう、他の記者も耳を側立てる。キンキン声の記者はさらに声をあらげていく。

 

「雇用の問題ですよ!政府は何も考えていないっていうんですか!?」

「なんか勘違いをされてます?今日は、蓄電池トラムという『高速で』『渋滞せず』『遅延が少なく』『災害にも強い』『大容量の人間を輸送できる』素晴らしいシステムができたって発表の場なんです。今馬車関係の仕事に就いている人の話は全く関係ないですよね?」

 

ザザは呆れたように記者に話しかける。それでも尚言いたいことがあるのか、記者が追撃の言葉を浴びせようとすると、ザザはすかさずそれを手で制して割って入った。

 

「別に、今の会見には全く関係ないよねって話なだけで、その人たちの生活を脅かしても良いとは一言も言ってませんよ。

我々は行政改革ギルドとして活動をし、皆の生活を今以上により良くする使命があります。ですが、既存の働く人に対して就業を保証するとか、そういうことは考えていません。それは“中央ギルドの仕事”です。彼らには1年以上も前からこの計画を伝え、今あなたが話したような内容の問題について協議するよう申し伝えてあります。それでも強いて言うなら、馬車の専用駐車場を管理している人は自動車用の駐車場に変更して商売すればいいし、馬の世話をする必要がなくなったなら他の仕事をすればいいですよね?食用の馬を育てるようにシフトするのもいいんじゃないでしょうか」

 

ザザは改めて皆の顔を見渡す。1人1人に、そして記者を通じて大日本帝国のすべての人に、彼らの思いが届くように。

 

「皆さん!今時代は動いたんです!流通の革命です!

この蓄電池トラムを使うのも、既存のシステムを使うのも、すべて皆さんの自由です。しかし、馬車より安く、馬車より早く、馬車より安全な仕組みの交通手段があればそちらを使うでしょう?そういう話です!これからの行政改革ギルドは、今以上に地下鉄路線を拡大しますし、馬車ではなく自動車が道路を走りやすいようにどんどん整備をします!その時代についてくるか、既存のものに縋るか、はたまた既存のものにロイヤリティを見出だすか、それを考えるのは中央ギルドや行政改革ギルドではなく、あなた自身です」

 

一気に話し終えると、記者たちは皆静かになってしまった。ザザの話によれば、すなわち大日本帝国は時代の変換点に来ているということだ。その波に乗るかどうかは、他でもない“お前が決めろ”とザザは言っている。

 

「例えばあなた方テレビ屋だって同じです。俺がYo!tubeチャンネルにニュースを公開したら、あなた方テレビ屋よりも圧倒的に正確なニュースを提供できるでしょう。そうしたら、誰もテレビなんか見なくなる日が来るかもしれない。それを、行政改革ギルドのせいだと騒ぎ立てるのは勝手ですが、あなたたちが俺のYo!tubeチャンネルを食い潰すくらいの良い報道をするのも勝手だと言っているんです」

 

ザザは先程のキンキン声の記者を見る。

 

「今馬車業を営んでいる人は苦しい思いをするかもしれません……。ですが、行政改革ギルドとしても、出来る限りの支援をします!

あなたの頭にある運転の経験を、自動車による新運送システム『タクスィー』の運転手として活かしませんか!!あなたの畜産の経験を、畜産都市ウマモトでブランド馬を作ることに活かしませんか!!ノウハウをまとめて会社として立ち上げましょう。知見を他国に輸出しましょう。思い付いたアイデアは頑張って実現させてみせます!それが、我々行政改革ギルドなのですから!!!」

 

ザザは記者団にありったけの思いで話す。それは途方もない計画、お金がいくらあっても足りないような夢物語。しかし、改善とはそうした無謀とも取れるようなことから始まる。誰もができない、無理だと匙を投げたことにアタックし、そして一歩ずつ成し遂げる。その小さな積み重ねが、いずれ大きな改善の輪になり、新しい事業やシステムを生み出す原動力になるのだ。効率的な運用なしに、良い物は決して生まれない。それをザザはよく知っている。

キンキン声の記者が沈黙したのを確認し、ザザは感謝の意を伝えて壇上を降りた。

 

 

 

「あは、先輩お疲れ様でした☆」

「いやー疲れたわ、後でカイリキさんに仕事増やしやがってとか言われそう」

「さっき言ってましたよ」

「マジか。でも別にいいか、もう俺には関係ないし」

「え?ブランド馬作らないんですか?」

「だって俺今のギルドやめ――あ、これまだ言っちゃいけないんだった」

「え?……えええええええええ!!?」

 

その時は突然にやってくる。

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