蓄電池トラムは、大日本帝国の首都の直下にて現在も建設中だ。そしてその作業現場では、作業員とザザが揉めに揉めていた。
「だからダメだって言ってんだろ!」
「いいじゃねぇか1本くらい!!」
「ダメだっての!そもそも俺は現場事務所に喫煙所置いてないんだよ!」
「それがそもそもおかしいだろ!!なんでここの現場は喫煙所ないんだよ!!」
――タバコ問題。
現場の長年の習慣となっているのが、休憩時の一服である。建築現場では、10時と15時の休憩の際に職人が喫煙所に集まって団欒することが多い。いわゆる“タバコミュニケーション”というやつも出来ると喫煙者は言い、実際に喫煙所で上司の愚痴を言ったり元請の愚痴を言ったりするのはよくあることだ。やはり、休憩時の一服があるからこそ頑張れるという人も多く、職人に喫煙者が多いのも現場での休憩時間を煙をくゆらせて過ごすためである。しかし――。
「俺は煙草が嫌いなの!だから、この現場での一服は絶対に認めません!!」
「じゃあどこで吸えばいいんだよ!」
「ここから地上まで上がって吸ってきて下さい!!」
「ふざけんな!!!一体何階分あると思ってるんだよ!!」
嫌煙家ザザ・ナムルクルスは、自分の現場では一切の喫煙を認めないのである。これには最初好感を持っていた業者の方々も仰天し、非常にがっかりしたものだ。自分たちの至福のひと時が奪われ、煙草を吸うにもこの長い長い階段を上って地上に行かなければならない。上っても上らなくても地獄だ。
「っていうか、俺が工事を手配する条件に『非喫煙者』を設定してただろ!お前どこの会社だ、上長に電話してやるからな!」
「ええ!?そんなの聞いてねーよ!」
「なんで聞いてないんだ!よし、それはお前の責任じゃないから安心しろ!説明しなかった職長か現場監督の責任だ!」
「呼びましたか?」
騒ぎを聞きつけ、現場監督が颯爽と現れる。
「かくかくしかじか!」
「そうなんですか!?申し訳ございません、私も知りませんでした!」
「お前も聞いてないのか!よし、それは2人の責任じゃないから安心しろ!説明しなかった会社側の責任だ!後で死ぬほど文句言っておく!!」
というやり取りも束の間。先程ザザに叱られていた作業員はしょんぼりとしてしまった。
「でもなあ、ここ喫煙所ないのマジつらいわ……。休憩時間何してればいいんだよ。はーあ、俺ここの現場結構楽しかったのになあ」
彼は生粋のヘビースモーカーであったらしい。普段から煙草を吸うのが生き甲斐であったのだが、ザザの現場は禁煙だ。煙草を吸うことは一切許されない。となれば、普段煙草以外酒を飲むしかやることのない彼は、休憩時間が毎日の苦痛になってしまう。そんなスモーカーの彼をザザが不思議そうに眺める。
「何してればいいって、別にゲームしてればいいじゃん」
「スマフォンゲーなんてすぐ飽きちまうよ、マジモンスターハンティングしてえ」
「すればいいじゃん。あるよそこに」
「は?」
と、ザザが指差した先には『ゲーム室』と書かれた部屋が。
「え、ナニコレ。こんな部屋あったっけ?」
「あったよ。結構皆使ってくれてるみたいで良かった」
「は?みんな?」
ザザはてくてくと歩いてゲーム室の扉をパァーン!と開け放つ。すると、いるわいるわ大量の職人の群れ。大型のテレビに据置型ゲーム機を接続し、大画面で格闘ゲームやFPSゲーム、そしてモンスターハンティングに興じている中に、スモーカー君の先輩たちである50代のオッサンの姿もあった。
「ええ!?タケさん!最近休憩の時どこにもいないと思ったらこんなところに!」
「あ!?なんだキヨシじゃねぇか!おめぇもようやく来たのか!!」
あまりの信じられない光景に、ついついスモーカー君――キヨシも駆け出して中に入る。
「タケさん何やってんすか!」
「何ってゲームだよ!ゲームはいいぞぉ!煙草吸うよりよっぽど楽しいからな!!」
「え!?タケさん煙草やめたんすか!?あのヘビースモーカーのタケさんが!!?」
「別にいいじゃねえか!!それよりキヨシもこっちに来い!お前強いんだろ、モンスターハンティングするぞ」
「えええええ!!?」
キヨシ困惑。それも無理はないことだ。キヨシがタケさんと呼んだ彼の先輩も重度のヘビースモーカーであり、暇があれば現場のど真ん中で煙草を吸うような連中だった。それがどうしていきなり変わってしまったのか。頭を悩ませていると、後ろから遅れてタケさんを変えてしまった張本人が入ってきた。
「どうだキヨシ君とやら、これがゲームの力だ」
「ゲームの……力?」
「ヘイRisi、ニコチン依存症の原理を教えて」
ザザが手持ちの社給スマフォンに話しかけると、スマフォンから素敵な女性の声が返ってきた。
『ニコチン依存症について説明します。煙草を吸うことで、脳にあるニコチン受容体にニコチンが結合し、快感を生じさせるドーパミンが大量に放出され、喫煙者は快感を味わうことができます。しかし、30分程度で体内のニコチンが切れて、反対にイライラする、落ち着かないなどの禁断症状があらわれます。その症状を解消するため繰り返し煙草を吸うようになり、次第にニコチン依存症になります』
「へいRisi、ニコチン依存症から抜け出す方法を教えて」
『別の何かに夢中になることで、煙草を吸う機会がなくなれば依存症から離脱できるでしょう。オススメはテレビゲームです』
「だそうだ」
「嘘だ!最後のだけ絶対嘘だよ!!」
「嘘じゃないよ。現にここにいる職人さんたちは、みんな煙草部屋からゲーム部屋にこもりきりになったんだ。仕事を抜け出してまでゲームしに来る人もいるんだから」
「それゲーム依存症じゃん!!」
「いいんだよ。結局重要なのは『俺の現場でコイツらが煙草を吸うのをやめる事』なんだから。いいからキヨシ君もやれよ、モンスターハンティング得意なんだろ?」
「そうだぞキヨシ!!さっさとおめぇもやれ!俺だけじゃドラゴン倒せねぇよ!」
「タケさん……あー、もう!分かったよ!なんか知らんけどとにかくゲームすればいいんだろ!」
「おう!あ、キヨシ、今日から俺ら泊まりな!ここ風呂と飯も出るから!」
「ええ!?」
とかなんとか言って、キヨシもタケさんの元に駆けていった。そのままコントローラを握ると、キヨシもゲームの世界に没入していく……。
禁煙に必要なことは一体なんだろうか。
皆が揃って『やめられない』と口にするが、それは人間の意思が介在しているからに他ならない。どこでも煙草を買える場所に住んでいるから、煙草を買って吸ってしまうのだ。それは、意思の薄弱な人間である以上仕方がないことであるとも言える。
したがって、人間が禁煙するのに必要なものは『環境』だと言えるだろう。煙草を買う場所がなく、煙草を吸う場所もないなら、煙草を吸うことはできない。それだけだ。究極的にはカギのかかった何もない部屋に裸一貫で閉じ込めておけば、誰も喫煙出来ないのは当然だ。ザザはそれを利用しただけにすぎない。とはいえ、それはあまりに可哀想なので、煙草の代わりに依存できる『ゲーム』という娯楽を用意したのだ。それだけ用意すれば簡単だ。後は勝手に彼らが禁煙をしてくれるのだから。
――数か月後。この現場からは一切のヤニ成分がなくなり、非常に清潔な現場へと変わったという。しかし、休憩時間には大人の汚い罵声が聞こえるようになったとかならないとか……。
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