試験当日。人間に擬態したのちのちザウルスは、試験会場に来ていた。会場に入る前に自前のアルコールスプレーでしっかり除菌を済ませると、貼り出されている席表を見て、自分の受験番号の書かれた座席を探す。
うわ、なんだあのでかい水色の着ぐるみ!という声が後ろから聞こえるが、会場は私語禁止なのでのちのちザウルスは黙ることにした。自分の座席の位置を確認すると、“のちのち”という歩行音を立てながらまっすぐ座席に向かう。椅子に座り、シャーペンと消しゴムを机の上に出すと、試験の時間まで間があることを確認してトイレへと足を進める。おっと、ここにきて便意を催した。男性用の個室に入り、お尻から大量のサファイア(彼は青い物が好きなので、大便の代わりにサファイアが出る)を放出したのちのちザウルスは、続いてじょぼじょぼという景気の良い音をさせながら、からからとトイレットペーパーを手に取ってふきふきと――。
「のぢいいいいいい!!!!」
絶叫して飛び上がった。なんだこれは!?いつも“青い森”で使っているふんわりさらさらの葉っぱとは訳が違う。強いて言うなら、そう、まるで剣山か何かでお尻を拭いているかのような感覚。かつてブラックドラグタイト製の徹甲弾をものともしなかった彼であるが、それとこれとは話が別だ。なんだこのあまりに低次元な紙は。こんなもので尻を拭いたら、あまりの粗さにケツが擦り切れてしまう。
のちのちザウルスは空間に裂け目を入れると、中から“青い森”の葉っぱを取り出し、今度は丁寧に丁寧にお尻を拭いた。試験前のコンディションというのは、非常に繊細であるがゆえに重要なのである。ここでコンディションを崩すと、長い長い試験本番を乗り越えられない。
のちのちザウルスが再び試験会場に戻ると、もう開始まで幾ばくも無い程度の時間だった。彼は自分の席にのちのち歩いて座ると、しばらくして試験教官と思われる人が壇上に上がって試験の説明を開始する。HBのシャーペンか鉛筆を使え、消しゴムと筆記具以外の余計なものは片付けろ、試験時間は3時間30分等々、まあおおよそ資格試験を受ける者ならば大体聞いたことがある話ばかりだ。
「それでは……はじめ!」
受験者たちが、裏側にしていた問題用紙を一斉にひっくり返す。そして、続けて紙をぺらぺらとめくる音が聞こえ、さらにカッカッカッカッと文字を書きまくる音が聞こえてくる。
ここで、技術士試験の概要について簡単に説明しよう。今現在彼らが受験しているのは、技術士試験の二次試験だ。比較的突破が容易とされている択一式の一次試験とは異なり、技術士の二次試験は全問記述式である。機械系、電気系、化学系、建築系など様々なジャンルがあり、今回はのちのちザウルスが受験している電気系にフォーカスをしていく。電気系の二次試験は、共通科目である電気電子部門の記述問題に加え、後述の5つからさらに選択問題を選んで回答する。選択問題の内容は、エネルギー・電気応用・電子応用・情報通信・電気設備から構成され、この中から1ジャンルを選んで記述を行うのだ。のちのちザウルスは雷とコミュニケーションをするために強電を勉強していたため、エネルギー・電気応用・電気設備のいずれかで解けそうな問題を解くつもりでいた。しかし――。
『問 大規模洋上風力発電の導入拡大に向けて、多端子直流送電技術の開発が期待されている背景を述べ、導入するメリットと課題をそれぞれ2つ挙げて説明せよ』
エンターネットに過去問が公開されているとは言え、序盤からこの難易度である。いくら強くても、そこまで知能が高い訳ではないのちのちザウルスは結構ピンチ。だがやるしかないのだ。自分が勉強したことを、精一杯この場で出し切るしかない。
のちのちザウルスは死にそうになる気持ちを打ち砕き、闘志を目に宿してペンを走らせた。
「ザザ君、試験どうだった?」
「ムズすぎですよ!!久しぶりですよ、あんなに解けなくて匙投げたの!選択問題はエネルギーでいくつもりだったのに、全然分からなくて電気設備解き始めましたもん」
「はっはっは!ザザ君でも解けない問題があるんだねぇ」
「いや、そんなのいっぱいありますよ!俺は一生懸命勉強はしてますけど、別に頭良い訳じゃないですから。ちゃんとした大学を出て工学を修めた人間には勝てねぇっすよ。……ってこれも言い訳か。正直、過去問あんなに出てるのにちゃんと勉強しなかった自分が悪いです」
「うんうん、ちゃんと反省しているなら大丈夫だよ。それに、だからといって落ちた感じはしないんだろう?」
「そりゃあ自分の出来る限りの勉強はしていったつもりですけどね。あー、でもふざけた野郎がいて集中力がちょっと減ったのはありますけど」
「ふざけた野郎?」
「俺の隣に座ってたやつ、全身ブルーの恐竜の着ぐるみ着て受験しに来てたんですよね。見た目のインパクトが凄くて集中力持ってかれましたよ。でも、アイツはだいぶすらすら解いてた感じはありましたね。ペンの音が途切れなかったんで」
「へえ?まあ見た目はともかく、技術士受けるくらいだから結構出来る人なのかな?」
「でしょうね。……いやー、アイツには負けたくないなー!!」
――後日、速報でエンターネット上に合格発表が行われていた。
そこにはザザの受験番号はなかったが、ザザと1番違いの番号はしっかりと書かれていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!