「では、今日も一日ご安全に!」
「「「ご安全にィ!!」」」
現場作業員に一通りの注意事項を伝達し、マカオはダイニッポンバシでの完工確認作業を始める。彼女が現地に到着したのは8時58分、作業開始の寸前であった。仲の良い現場の作業員からは「今日は随分ギリギリだったじゃないか、社長出勤かい?」とからかわれる始末だ。とはいえ、何事もなく無事に着いたのは良かった。現場近くの駐車場に馬車を止め、常駐する駐車場の管理者に停車中の馬を任せてきたマカオは、馬車の中から完工検査に必要な書類の束を持ち出し、なんとか時間に間に合わせることができた。
今日の業務は、橋の修繕工事の完工確認だ。橋の建設作業は建築ギルドが請け負っていることが多いが、軽微な修繕や改修は行政改革ギルドが受け持っている。本当は業務移譲したいところであるが、大規模建築ともなると長期の施工管理等が必要となり、求められる業務の質や量も圧倒的に増加するため、比較的簡単な修繕工事は行政改革ギルドが行っているのが現状だ。現代日本においても、大型工事は専門部隊の施工チームが行うが、軽微なものは保守チームが行うことは多いだろう。そうして保守部門で施工のノウハウを勉強しつつ、ある程度経験を積んだものは花形である工事施工のチームへ異動するのはよくできた仕組みだと思う。
「以上で検査終了ですわ。来週末までに、完工写真を撮影した書類一式をまとめて当ギルドに送付して下さい」
「あいよ、了解しましたマカオさん」
ガタイの良い浅黒い肌の親方が頷く。多少ぶっきらぼうな所はあるが、安全性の高い現場作りに尽力してくれる、行政改革ギルドの信頼厚い親父さんだ。今日まで無事故・無災害で現場が運営できたのも、彼の安全指導は勿論、安全作業ができる現場作り、ひいてはその安全作業をするための予算をザザが捻出しマカオが積算したからに他ならない。だが、橋を使用する人間にはそれが伝わらない。出来た橋の出来映えを見て、やれここの作りが良い、こっちの歩道が狭くてイマイチだなどとコメントするしかできない。だがそれで良いのだ。
「親方」
「ん?」
親方が振り返る。
「今日までお疲れ様でした。今回も良い仕事でしたよ、またお願い申し上げます」
「――あいよ」
我々工事に携わり発注したものが、無事に工事を終えてくれたものを労う。それだけは忘れてはならない。誰に認められるでもなく工事をしてくれた者が報われないなんて、そんなの可哀想じゃないか。そうマカオは思うからだ。だからこそ、自分に精一杯できることをし、それに報いてくれた現場の作業員には感謝の思いを伝えるのだ。
「さーて、アタシも帰って書類をまとめなきゃね」
だからこそ。
だからこそ、こうした日は気持ちを引き締めなければならない。
朝ドタバタし、夕方に長期の仕事が終わって一区切りし、これから帰るぞと気の抜けた帰り道だからこそ。
事故は、起きる。
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