『行政改革ギルドの改革について』とデカデカと書かれた模造紙が正面に貼りだされる。ザザはその横に立ち、書記を務めることになった。いつの時代も字が綺麗な者が書記になるのは自明なのである。
「では早速緊急会議を始めよう。当行政改革ギルドは、あまたの問題を抱えていることが判明した。そこで、それらを解決すべく話し合いを行いたいと思う。何か意見があるものは挙手をしてほしい」
カイリキの野太い声が響く。一方で、誰の手も挙がることはなかった。
と、それから僅かの間をおいてザザが挙手をする。
「いいでしょうか」
「どうぞザザ君」
「もうこの会議がダメです。トイレットペーパーの紙くらいダメです。改善の余地アリです」
ピシっと、会議室に亀裂が入る。カイリキの体は、まるで何十年も動かすことをせずに錆びまみれになった自転車の如くギギギと音を上げ、これ以上のダメージは受けてなるものかと心臓に鞭を打ってザザを見据える。そして深く深呼吸、すーはー。
「ザザ君、私は決して怒らない。失礼だと思うことを言ってもいい。忌憚なく意見を述べてくれ」
「恐縮です。それでは申し上げますが――」
大人の対応はできた。さあ、一体何が飛んでくる?とカイリキは身構え、マカオとお嬢はザザを見る。
「まず1つ目、会議の目的が不明です。会議というのは、将来に向けての意思決定をする場です。先程の『意見があるものは』という言葉を借りますが、一体何に対しての意見を求められているのか分からないのが本音です。議題として『行政改革ギルドの改革について』なんて最もらしいタイトルが付けられていますが、具体的に何の改革をするのか不透明なので意見を出しづらいです。先程私が申し上げた法律違反の話を出すならば、例えば書類管理に問題はありますし、建物構造や建物内設備にも問題はあります。どこを改革するかはトップダウンで決めてもいいと思いますが、まずはその指標が欲しいと感じました」
カイリキに痛烈なショックダメージ!!あの短い時間で考え抜いた『行政改革ギルドの改革について』という神の啓示の如きタイトルを否定され、言葉もないほど心に傷を負う。
とは言え、言っていることは一理あると思うため続きを促す。
「ザザ君にとって、一番になんとかした方が良いと感じたことはなんだい?」
「そうですね……俺の個人的な意見からすれば、このクソほど汚い掃き溜めのような男性トイレをピカピカの新品に取り換えることが一番大事なことですが、感情を全て排除した上で言うなら、執務室の環境整備でしょうか。この場合の環境というのは先の換気装置等ではなく、例えば骨董品パソコンの新調であったり、書類を置くための書類棚を整えたり、作業机を新調したり、机の上を整理したり、後は部屋の光魔法を強化したりすることですね」
「机の整理は確かにしたいけど……どうしてそれらが必要か教えてくれる?」
「承知致しました。
まず仕事に取り組む上で重要なことがあります。職場環境です。まずはパソコンですね。木こりの最も作業の要となるべき仕事道具であるチェーンソーが、錆び錆びで刃こぼれしまくってて大きな木を切るにはサイズが小さい、なんて状態がうちの職場です。使う道具のグレードを上げることは、作業効率の圧倒的向上に繋がるでしょう。環境と言えば、照度不足も問題です。照度が不足していた場合、視力低下や作業安全性の低下、作業効率の低下に繋がります。また、1日の仕事のうち5~10%は探し物をしている時間だと言われていることからも、書類が散らかっている状態は『探し物の時間』の割合を増やす結果となり非効率です。机や棚の買い替えも効率の点から推奨します。作業場の広さ、収納のしやすさは効率と直結しますので。副次的な効果を加えるなら、設備がピカピカになったことでストレスは減少し、逆に集中力は増加するでしょう。
職場環境を向上させることは、今後の業務全体の効率化に繋がります。したがって、俺の中では優先度が一番です」
なるほど、とカイリキは納得した。お嬢とマカオは、すっかりザザのペースに飲まれているような気がするが、せっかく改革の兆しが見えた今、これに乗っからない手はないだろう。カイリキはザザの発言を噛み締めた上で発言する。
「では、早速だが会議の議題を変更します。『行政改革ギルドの室内環境改善について』としよう」
「承知致しました」
と、ザザは模造紙に書かれた文字に『室内環境』の4文字を追加していく。文字の書き終わりを待って、カイリキはザザに話しかけた。
「ザザ君、最初の話に戻ろう。この会議がダメだと言った他の理由を教えてほしい」
「では2つ目の理由を話します。えーと、マカオさんに質問致しますが、この会議は何時までやると思いますか?」
急に話を振られたマカオ。いきなりだったが、彼女も長いこと仕事に取り組んできた身である。すっと居住まいを正し、キリリとした表情でザザに答える。
「話の結論が出るまでよ」
「アウトです」
「何がアウトなのよおおおおお!!!私の顔ォォオオオオ!??!?」
「ひいいいいいいい!?」
「ええい、やめないかマカオ!」
キリリとした表情などなかった。世のオカマはどうか知らないが、このオカマは情緒不安定のようだ。と、同時にザザは遠い昔を思い出す。昔の職場で働いていた女性も情緒不安定で、何か怒られるようなことをするとすぐに泣き、そうかと思えば『私悪くないんで』と責任転嫁しまくっていたなあと。一方で、女性蔑視になるのは悪いことだと思い直す。
男性もきっと言い方が悪いのだ、普段から男性社員に言っているような言い方をすれば、気の弱い女性は泣いてしまうだろう。というか、そもそもそんなキツイ言い方を男性にしていることが問題だ。そうだな、ポンコツなのは言い方の悪いクソ団塊の世代とやらだろう。彼らの言い分は、もっと上のポンコツ老害のせいだと言うかもしれないが。
さておき。
「も、申し訳ございませんでした。先輩は話しやすいので、つい砕けた言い方になってしまって……以後注意致します」
「わ、分かればいいのよ、分かれば」
「はい、申し訳ございませんでした」
気を取り直してもう一度。
「改めて、さっきの質問に戻りましょう。この会議はいつまでやるか、という問いに対する俺のアンサーはこうです。この会議は『15分以内に決着させる』」
「15分!?そんなに早くてはなんにも決められないわ!」
仰天したのはお嬢。
彼女にとってこれまで経験した会議というのは、朝始まって昼に終わるものや、果ては深夜まで続く無限の時間であった。それをいきなり15分。
「確かに、最初のうちは15分という時間を超過するでしょう。今回の会議は……初回と言うことで30分にしますか。ですが、この『時間を区切る』という感覚こそが重要なんです。だらだらと意見が出るか出ないかも分からない無為な時間を過ごすより、スパッと時間のケツを決めて集中して会議に取り組むことの方が、意見も積極的に出さざるを得なくなって会議の質が上がります。ついでに言うなら、タイマーがあるともっと良いですね。残り時間を気にしながら会議をすれば、そろそろ結論を出そうという気になりますし。出しますか、タイマー」
言うが早いか、ザザが『時魔法を発動』すると、会議室の中空に文字が浮かび上がった。それは数字である。最初に『30:00』と書かれた状態から、すぐに『29:59』と表示されている。それも一瞬のことで、数字はどんどんと減っていった。
「な、なんだこれ!!え!?ザザ君、時魔法も使えるの!?」
「使えますよ、ほんの少しですが。まあ、時魔法とは言いつつ、ただの時間を表示する魔法なんです。時間を止めたり加速したり減速したりといった、本職の時魔法は1個も使えませんね」
カイリキはまたしても目ん玉をひん剥いて驚愕した。時魔法は別部署の冒険者ギルドに所属するギルド員が使用しているのを目にしたことがあるが、この類の時魔法は生まれてこの方見たことも聞いたこともなかった。
それに、『この子、実はとんでもない魔法の使い手なのでは……』と若干震えている。入社時点で、既にザザの魔法は火・水が使えるということは聞いており、それでもびっくりしたものだが、さらに入社後判明したのが風・雷・時の魔法と、現時点で5属性も魔法が使えることになる。1人1属性が常識とされているこの世界からすれば異常なことだった。
「ともかく、会議について改善すべきだと思う点はこの2つです。
1つ、会議の方向性を事前に決めること。
2つ、会議は時間を区切って短時間で行うこと。
騙されたと思って、まずはこの2つを最初の改革として取り組みさせていただければ幸いです」
ザザはそう締めくくり、ギルドメンバーの顔を1人ずつ見ていった。残り時間、29分。
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