ザザは決して聖人君子ではない。むしろ対極のゲス野郎である。
ムキムキの大男が眼前で這いつくばる姿に最初こそ狼狽したものの、冷静になったもう一人の自分が気付いた。――この男、利用できる。
「大丈夫ですよカイリキさん」
死体が顔だけ起き上がってこちらを見る。もはや死相もかくやと言わんばかりに顔面蒼白と化したカイリキの目は濁り、ハイライトの消えた瞳はどこを映しているのやら。ぼんやりと虚空を眺めているようにも見えるし、法律違反という自身の行為に絶望して天の神に懺悔することを求めている懇願の瞳にも見えるのは気のせいだろうか。
「これから変えていけばいいんです。確かに一度犯した罪は消えることはありません。ですが、償うことはできるんです。この部署の違反を、私たちで変えていきましょう!」
ぱあっ、という擬音が聞こえた気がする。筋肉だるまの目に輝きが戻り、それはやがてうるうるとした大粒の涙を目尻に溜め始める。自分は許されても良いのか、そんな心の声が聞こえてくる。ザザは目に力を込め、精一杯の慈愛の表情とともに微笑み返す。許されて良いんですよ、と。
「ありっ、ありが、あり、っどうぅぅうう!!」
万感の思いを込めてゴリマッチョが返す。もう目からは滝のようにとめどない涙が流れ落ち、それを止めることなどできないだろう。男泣きに感極まったのか、カイリキは立ち上がってそのままザザを力の限り抱き締めた。
「ばりがどうッッ!!!!!」
「おげええええええええ!!」
ミシミシと骨が軋む音がする。2メートルを超す男のベアバッグに、貧相な体つきのザザは腕の中でどんどんぺしゃんこになりつつあった。その光景を後ろで眺めるマカオとお嬢、彼女たちの目にも大粒の涙が浮かんでいる。
「カイリギざん!!」
「良がっだでずねぇ!!!」
ようやくだ、と2人は思う。この部署はようやく1つになれたのだと。
カイリキのアルコールハラスメントに嫌気がさしていた2人。決してカイリキの人柄は悪いものではなく、面倒見の良さも相まって(多少バカでも)慕うに相応しい人物であった。一方で、定期的に開催される『飲み会』という地獄だけはどうしても苦手であった。
2人はプライベートの時間をもっと充実させたかった。仕事が終わったらすぐに家に帰り、家族との時間を満喫したかった。趣味の化粧をしたり、優雅にクラシックを聴いたりしてリフレッシュしたかった。だが、行きたくもない飲み会に行き、カイリキのご機嫌取りをしなければならないことが辛く『これも付き合いだから』と自分を諫めることもあった。
それがどうだろう。
ザザというこの新人は、たった1日でカイリキの心を解きほぐすことに成功した。マカオとお嬢の立場を悪くすることなく、法律を盾にとって頑固なカイリキを説得し、あまつさえそれを赦そうというのだ。
間違いない、彼はヒーローだ。この職場にヒーローが来たのだ。
ザザが来た今、きっとこの職場は変わる。そういう新しい風を感じるのだ。なるほど、これが大型新人というやつか。言葉に聞いただけで存在は知らなかったが、確かに身近にいたのだ。見よ、彼のあの顔を。彼も興奮しているのか、顔を真っ赤にしてカイリキの熱い抱擁を受けている。今後の彼の改革に期待しようじゃないか!
「ほ……げ……」
ザザは死んだ。
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