異世界ギルドで業務効率化

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のちのちザウルス
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さらば、行政改革ギルド 2

公開日時: 2021年5月29日(土) 20:00
文字数:1,679

名前も知らない彼の死は、メディアによって明るみになった。親族による告発である。

彼の親族は、中央ギルドが月240時間を超える過剰な労働を強いていたとして、中央ギルドに対して多額の賠償金を請求した。これに対して中央ギルドは一切のコメントを拒否したが、メディアを通じて大日本帝国民全体に波紋が広がると、いよいよ逃げられないと悟ったか会見を開いた。

 

「彼の死は中央ギルドとしても重く受け止めており――」

「非常に優秀な青年で――」

「再発防止に努めると共に――」

 

だが、会見の内容足るやありきたりなものであり、中央ギルド幹部はついぞ最後まで謝罪をすることなく会見を終えるに至ったのである。

 

 

 

「――これが、余の治めている国か」

 

静寂に包まれた木々の中、大きな大きな屋敷が佇んでいる。屋敷の周囲には、よく整備された庭や朱が水面に映える美しい鯉の池、切り揃えられた庭木が並び、中に住む者の高貴さが表れている。

仕立ての良い甚平に身を包んだ彼は、そんな美しい庭がよく見える茶の間でテレビを見ていた。調度品も非常に高価なものが溢れる邸宅の中で、随分この場所だけが庶民染みていると彼の従者たちは思っているが、勿論屋敷の主である彼自身もそれは感じている。しかし、国民だけに負担を強いて、己だけが私服を肥やした生活をすることを彼は望んでいない。国民あっての彼であり、彼あっての国民だ。

それにも関わらず、テレビでは彼の宝物とも呼べる国民が、あろうことか国の中枢組織である中央ギルドが原因で死んだというニュースが流れている。そのなんと虚しく、苦しく、辛く、悲しく、どうしようもない気持ちの溢れることか。自分がもっとしっかりしていれば、中央ギルドの暴挙を止められたのではないのか。彼が死なずに済む道があったのではないか。考えれば考える程に、何もできなかった自分への嫌悪感が募っていく。

 

コンコン。

 

扉を叩く音がした。現実に引き戻された彼は、短く『入れ』と一言。横開きの襖がゆっくり開くと、そこにいるのは予想通り彼の従者であった。

 

「失礼致します。……ニュースを見ておいででしたか」

「悲劇だ。まだ若く、将来の楽しみもこれからといったところだろう。こんなところで死ぬなど、彼は一体なんのために生まれてきたんだ?彼のご両親は、ご学友は、どんな気持ちで彼の死を悼んだらいい?余は……いや、俺はどうしたら良いのだ?一体何ができる?なあ、教えてくれないか」

「……恐れながら、私ごときでは何も」

「そんなことはよい。俺は、お前の、意見を聞きたいのだ」

「……それでは」

 

一拍の間を置き、従者はポツリとこぼす。本当に彼にそれを伝えるべきか。高々側付の従者の分際でおこがましいのではないか。従者の頭には僅かな葛藤があった。しかし、この主はそんなことを分かった上で聞いている。だから答えるのだ、例えそれが間違いでも、なんであっても。

 

「この度、世間に流れたニュースについて、貴方様ができることをお探しなのですね?」

「そうだ」

「この状況は、おそらく貴方様にしか変えられませぬ」

「何故だ」

「中央ギルドも一枚岩ではありません。権力集中により、上位の人間ほど政界はおろか産業にも影響を及ぼせるでしょう。そんな人間に指図をし、中央ギルド、すなわち国の中心から“仕事のやり方”を変えていかねばなりません。そして、その“仕事のやり方”を変えることができるのは、この国でただ1人。他の誰でもない貴方様以外いらっしゃらないのですよ、テンノー陛下」

 

テンノーと呼ばれた男がゆっくりと瞼を閉じる。そうだ、俺がやるしかないのだ。この国におけるナンバーワン。すべての国民に命令権がある絶対君主。大日本帝国最強の男。

――目を閉じれば、瞳の奥に闘志が燃え上がる。ああ、名も知らぬそなたよ。俺は、余は、そなたのために命を燃やそう。死んでしまったそなたのために、魂を捧げよう。

……そなたは遅すぎると怒っているだろうか。……そうだな、少々余は遅すぎた。だからこそ。これから誰も無駄に命を散らさぬためにも。

 

「ゆくぞ我が僕、余についてこい。テンノー陛下のお通りだ」

「はっ!!!」

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