「大変申し訳ないのだが、我々は今までそういう内部のことに無頓着だったように思う」
あれからややあって、皆の気持ちはなんとか落ち着くに至った。特に酷かったカイリキの心の傷は完治してはいないが、ギルドの長たるものそう長時間も狼狽してもいられない。カイリキは表面上は問題ない風を装い、メンバーに話しかける。
「ザザ君がうちのギルドに入社したのは、何かの兆しだと思うことにしよう。今この瞬間こそが、きっと改革のチャンスだ」
「同感ですわ」
「アタシもよ」
「俺はなんか恥ずかしいです」
そう、これはおそらくチャンス。カイリキは20年近く、それこそ行政改革ギルドが前身の行政ギルドという名前の頃から勤務してきた。それ故に、長らくこのギルドが変化のない部署だったことは重々承知している。新進気鋭の超大型新人の存在に、カイリキの不動の山の如き気持ちが揺れ動かされていく。
「これから緊急の会議を開きたいと思う。各自、急ぎの仕事はあるかな?」
「アタシはないわ」
「私は少し……他の部署に回さなければならない書類があるので、ザザ君をお借りできたらすぐかと思います。ザザ君は大丈夫かしら」
「俺はそもそも来たばかりで仕事もないですし、上司のカイリキさんさえ良ければすぐ動けます」
「では、ザザ君はお嬢の手伝いを頼む。お嬢、どれくらいで終わりそうかな」
お嬢はふむと考える。昨日のマカオに頼まれた書類の作成スピードは見ていた。そこから察するに……。
「ザザ君の書類作成の速度なら、30分もあれば。期限はあれど、定型の書類ですから」
「僕の承認まで含めて?」
「カイリキさんの書類確認・修正依頼・再提出・承認・他部署への回覧まで含めて30分、ですわ。カイリキさんがすぐに承認してくれるのであれば、ですけれど」
「よし、すぐに動いてくれ」
「「承知致しました」」
お嬢とザザはデスクに戻り、急ぎ書類を作り始める。雷魔法で爆速と化したザザは、お嬢の指示通りに黙々とキーボードを打ち込んでいく。そんな2人を横目に、カイリキはマカオに指示を出す。
「マカオは会議室の準備。今日は誰も使ってなかったと思うけど……一応他部署にも話をしてきてくれ」
「承知しましたわ」
さて、とカイリキは2人が仕事を終えるのを待ちつつ、別の仕事に取り掛かった。先程からポンコツが垣間見えるカイリキもギルドの長、お嬢・マカオから回ってくる山の様な書類を次々に仕分けしていき、必要なものにはポンポンと承認印を押していく。
しばらく執務室が無言に包まれるが、15分程度で沈黙は破られる。
「カイリキさん、こちらの書類に承認をお願い致します」
「来たか」
流石に早い。本当にあっという間に書類が仕上がってきた。
カイリキはお嬢から数枚の書類を受け取ると、頭からパラパラとめくっていく。いつものお嬢が作成する手書きの文章とは異なるパソコンの字体、パソコンによる統一された文字によって書かれた書類を見て、カイリキはいつもとフォーマットが異なることに気が付いた。昨日ザザが作成した報告書同様、これまでより見やすくなっているのだ。
読みやすさが上がったことで、カイリキの書類をチェックするスピードも自然と上がる。一方で、カイリキは書類の内容の粗さに気が付いた。
「こことここ、修正必要だね。このままだと文の意味が2重に受け取られる可能性がある。ここも文章がおかしいね。『てにをは』だけどついでに直しちゃおう。それから次のページにいって――」
「カイリキさん、修正終わりましたので、再度確認をお願い致します」
「はいはい……。良いね、承認っと。それにしたって、随分間違いが多かったじゃないか。ちょっと焦ったかい?」
「それもあるのですが、私の文章は予てからあのような書き方をしておりました。ですので、今回いきなり修正が必要と仰られてびっくりした次第です」
「あれ、そうだっけ?」
そういえば、確かにお嬢の文章はあんな感じだったかもしれない。どうして修正させたんだろうとカイリキは考え、そして思い至る。書類の美しさと文字の綺麗さ、作成の早さが原因だと。
お嬢は多少達筆であり、書類を書く作業もそこまで早い訳ではない。仕上がった書類をパッと見るも、書道の先生のような文字は読みづらく、概ね内容が間違っていなければ承認していたこともある。そもそも1時間近くかけて作成したものを『はい直して』と突っ返すことに気が引けたのだ。
ところが、今回は書類が爆速で提出された上、書類自体が非常に分かりやすいものであった。
「――なるほど、フォーマットね」
また1つ勉強になったとカイリキは思う。20年ギルドに勤めていようが、このように勉強する機会はいくらでもあるのだと。
しかしカイリキの魔法は火属性。雷魔法を使うことはできない。ザザの書類作成術を模倣しようにも、自分にはできないのだと少し残念な気持ちになる。いや、今は気にすることはない。必要とあれば、雷魔法の使い手を新たに雇い入れてザザに教えさせれば良いのだ。それが技術継承というものである。
「それでは、私はこれを他のギルドに提出して参ります」
「了解。会議室は空いてるようだから、終わったら直接部屋まで来てくれ」
「承知しましたわ」
と、お嬢は持ち前の令嬢ヘアーをぶんぶん振り回し、上機嫌に書類を提出しに行く。それを見送ると、カイリキも立ち上がる。
「我々は先に会議室に行こう」
一同は手帳とペンを手に、執務室を後にした。
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