行政改革ギルドは、『入社時に10日間の有給休暇を付与する』という決まりになっている。また、その有給休暇とは別に3日間の夏季休暇、5日間の年末年始休暇、ギルドの記念日等々、一般的な一流企業並みの休日がある。総数では年間130日だ。基本的に土日祝日は休みであるが、祝日がない月の場合はこういう輩が現れる。
「来月休暇を取りたい?」
「はい、よろしくお願い致します」
ザザはもらった有給休暇を活用するべく、上司であるカイリキへ報告しに向かった。それを横目で伺うのはマカオだ。
ザザはタブレット端末で予定表が記載されたカレンダーを起動し、カイリキに見せた。ザザの6月の予定は月から木曜日に集中しており、最初から金曜日に休みを入れるつもりマンマンだったのが分かりやすい。それにしても、とカイリキは昔に想いを馳せる。去年ザザが有給を申請しようとしてカイリキが一度断った時は、オンラインのスケジュールなどではなく、手書きで出張先や打合せ等の日程を書いていたっけか。たった1年でこのギルドも随分様変わりしたものだ。と空想から我に帰れば、ザザの説明は続いていた。
「6月は1日も祝日がないので、第2第4金曜日はお休みしようかと思いまして」
「ふーん?いいんじゃないかな。ザザ君の現場は忙しいけど、先回りして大体の仕事終わってたもんね」
カイリキもすっかり丸くなった。というよりは、普通の社会人になったというべきか。あれほど誰かが有給休暇を取得することに対して懐疑的だったのに、今では積極的取得しろと促す始末だ。だが、この業務効率化や従業員の雇用問題が叫ばれる昨今では、このように休暇の取得を促すのが普通である。近年の法改正に伴い、ギルドは10日以上の有給休暇が付与される全ての労働者に対し、毎年5日間、時季を指定して有給休暇を取得させることが義務付けられたのである。すなわち、ギルド員を必ず休ませなければならない、ということになる。これを破った場合は30万バルクの罰金が科されるペナルティもあるが、どちらかと言えば世間に“休暇も取得させてもらえないギルド”だと公表されるリスクの方が大きいだろう。
「そういえば、マカオさんやカイリキさんは休暇取ってるんですか?」
ふと、ザザが何の気なしに話しかける。
すると、カイリキはハッとして急ぎ勤怠管理システムを起動した。そのままポチポチとマカオの欄を選択して有給休暇の残数を確認する。そこには――。
「あー、あぶなかった!ザザ君ファインプレーだよ」
「え?なんですか?」
「あ、いや、ザザ君の話じゃなくて、マカオ君のことなんだけど」
「アタシ?」
「マカオ君、去年休暇をあまり取らなかったよね?それで、結構有給休暇が消滅してたと思うんだけど……」
「ああ……そういえば、有給休暇って2年繰り越せるんだったわね。アタシは去年10日有給使ったから残り30日だったけど、今年の休暇も付与されちゃったし、10日分消滅しちゃったわね」
有給休暇の付与日数は勤務年数等に応じて与えられる日数が決まっている。マカオの勤続年数の場合、今年の有給休暇付与日数は20日である。なお、この数字はあくまでも法律で定められた最低限の日数であるので、企業によってはこれより多く付与される場合もある。見たことはないが。
さておき、この有給休暇は年度をまたいだ繰越しが可能である。付与された年度以内に使用できなかった場合は、翌年度に繰越して使用することができるのだ。しかし、有給休暇には期限があり、2年を超えた場合は繰越しができずに消滅するのである。繰り越せる上限は20日間で、また所持できる上限は40日である。
したがって、多くのブラック企業などに見られる『限界まで有給を持っている社員』というのは、一度も有給休暇を使わずに翌年度を迎えることで、翌年度の有給休暇付与による20日間プラス繰越した20日間の有給休暇=40日間の有給休暇所持となるケースが多い。
さて、今回のマカオのケースでは、元々ブラックギルドであった行政改革ギルドでは有給休暇を使うことができずにいたため、昨年時点で40日間の休暇を持っていた。しかし、ザザが入社したことで風向きが変わり、また法改正に伴って『年間5日以上は必ず休暇を取得しなければならなくなった』こともあり、マカオもちょこちょこ休暇を取るようになった。だが、結局昨年は10日しか休暇を取らなかったため、昨年末時点での有給休暇残日数は30日である。そして、今年の有給休暇付与日の時点で新たに20日の有給休暇が付与されたが、有給休暇は40日までしか所持できないため、溢れた10日間の休暇分が繰越しできずに消滅したということだ。
ザザからすれば非常に勿体ない話だ。仕事をせずに給料がもらえる仕組みなのだから、全員使い切る勢いで積極的に使用すればいいのにとザザは思う。さて、カイリキはそんなザザの心を知ってか知らずかこんなことを言い始めた。
「マカオ君。実はね、有給休暇の所持上限を50日にしたんだよ、知ってた?」
「え?」
「今現在、行政改革ギルドでは改正法案の整備をしているんだ。昔のうちのギルドに限らず、他のギルドでも残業時間が多いことがだいぶ問題になっていてね。特に有給休暇の取得率なんて5%以下とか酷いものなんだってさ。とにかく、休暇がじゃぶじゃぶ余って仕方ないらしい」
「え、え……じゃ、じゃあ、結局アタシの休暇はどうなるの?」
「有給休暇の最大上限50日に法改正したから、マカオ君の有給休暇はまだ50日ぴったりあるね!」
カイリキはニコニコと笑顔でマカオを見る。途端、マカオは花が咲いたかのような笑顔を浮かべ、良かった良かったと安堵のため息をもらす。いやあ良かった良かった。
「まあ、上限についてはまだ中央ギルドとも議論している最中だから、今年はしっかり20日間の休暇を使い切るつもりで働いてね。ザザ君もだよ」
「「はーい!!」」
後日、マカオは5日間の連続休暇を取得して、土日も合わせた9連休を達成した。休暇を活用して、大好きな彼氏とデートをしたりゲームをしたりご飯を作ってあげたりと、存分に満喫したようだ。このゴールデンウィークとも呼べる連休取得は行政改革ギルドでは初の快挙であり、あのザザですら先輩方に申し訳ないと成し得なかった偉業である。だがこれでいい。誰かが積極的に休暇を取得することで、『休暇を取ることが申し訳ない』と感じる変な意識をなくすべきなのだとカイリキは思う。
「ああ、僕も昔は仕事こそがすべてだと思っていたなあ……やっぱり、人間休まないと良い仕事はできないよね」
その後、行政改革ギルドでは新しいギルド内規則を設けた。5日以上の連続休暇を取得したものには、特別賞与を与えるという規則だ。従業員の積極的な休暇を促すための新たなる試みである。マカオは貰った特別賞与を彼氏へのプレゼント資金とし、一層仲を深めたらしい。こんな規則でも彼女たちの人生に一役買えたのなら良かったと、カイリキは照れ笑いを浮かべた。
なお、この新しい規則によって行政改革ギルドの休暇取得率は100%となり、全世界を見ても優秀なギルドとして評価されていくのだが、それはまた別のお話。
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