『行政改革ギルドの室内環境改善について』
問題点:
・執務室内の空気が入れ替えされずに滞留し淀んでいる
・パソコンのスペック不足により、従業員が本来必要ない手書きの業務を行っている
・各自の書類が目に見える場所にあり、重要書類も他人の目に留まりやすい
・保管が定められた書類について、適切に保管されていない、または保管状況が分からない
・執務室内の照度が足りず、業務に対し集中力を欠く
・作業机が小さく、作業の都度物をどかすなど無駄が発生している
・法令文書等、業務上使う書類があちこちに置かれていて、都度捜索している
「1つ目の空気の入れ替え問題ですが、これは一旦保留にして次にいきましょう。換気装置の取付は必須の案件ですが、うかつに『窓を開ける』なんて意見が出たら書類が吹き飛びかねません」
「僕も同感だね。そうすると、次は2つ目のパソコンの問題か」
「これについては議論の余地すらありません。今すぐに買い換えましょう」
「今すぐかい!?」
カイリキは驚愕に目をひん剥いた。自分が入社した頃から長らく使ってきた相棒。それをこの男は新人の分際でいとも容易く奪おうという。なんとおぞましき人間か。
「ザザ君、いいかい?このパソコンはまだ使えるんだ。買い換えるなんてできないよ」
「いえ、これは錆び切って刃こぼれしまくったチェーンソーで、しかも刃も生産中止になって交換できない鉄くずです。買い換えましょう」
「鉄くずううううううううう!!!??」
「さっきも申し上げましたが、こんな鉄くずセキュリティの観点から買い換えるべきなんです。最新のセキュリティソフトは、要求スペックの問題でこのパソコンには導入できません。これに限っては選択肢が1つ、買い換えしかないんです」
「ザザ君!!!君は――」
「あら、私は賛成よ」
発言したのはお嬢。カイリキの醜態にニコニコしながら鈴の様な声を上げる。
「だって、こんなポンコツじゃ仕事にならないもの。私が入社した時も“買い換えましょう”って言ったのだけど、それは君の怠慢だって突っぱねられちゃったから。私だってパソコンで伝票や報告書を作成したいわ」
「お、お嬢は手書きで書類を作って――」
「それはパソコンのスペックが足りてなくて仕事にならなかったからよ」
「おげえええええええええ!!!!!」
「じゃあ、パソコンは買い換えるということで、俺の方で良いものを探しておきます」
「う、うむ……。じゃあ、次は3、4、7つ目の書類関係を考えようか」
カイリキをなんとか戦線に復帰させつつ、議題はどんどん進んでいく。
「俺もそう思います。片付けをしないと3つの無駄が発生すると言われていますから」
「3つの無駄?」
「かつて教わったことなのですが「空間の無駄」「時間の無駄」「誤認の無駄」の3つです。不必要な物のせいで空間を有効利用できない、必要な物を探し出せない、欲しい資料とは別の資料しか発見できない等、この3つの無駄が発生してしまうんです」
ザザはかつて勤めていた会社での経験を思い出す。企業として業務効率化に取り組むぞ!という話が出た際は、まずは職場の整理整頓からと話があったものだ。幹部連中は、もっと大きな業務効率化をして数億単位での効果を期待したかったようだが、この小さな効率化こそが大きな効率化に繋がるという意見に折れて、各事業所に通達を出したのだと聞いている。
目先の利益ばかりを考えているようでは、大きな効率化には繋がっていかないのである。
「今の惨状はこうです。棚はない、机はボロいし小さいし上には書類が山積み、機密書類はそこら中にある、なんかよく分からない段ボールが部屋を占拠している、通路が狭い。酷い有様です。
俺の提案する改善案としては、執務室内のすべての荷物を一旦別の部屋に出して、レイアウトを組み直すべきだと思います。ついでに机と椅子を買い替えて、本棚も発注したい気持ちもあります。行政改革ギルドで使える予算はどの程度ありますか?」
「年度の始まりで余裕があったけど、パソコン買うからなあ……。20万バルク程度ならすぐに使えるけど……。え、何?荷物出しちゃうの?その間の仕事はどうするつもり?」
カイリキは問い返す。行政改革ギルドは決して暇な部署という訳ではない。市民の声がひっきりなしに届く上、冒険者ギルドで捌けない案件も流れてくるという、どちらかというと忙しさ極まるギルドである。そんなギルドの執務室が使えないとなると、仕事は溜まりに溜まってエグイことになるのは火を見るよりも明らかだ。カイリキの心配はそこである。
「何も今日、今すぐ会議が終わったらレイアウト変更しようって言ってる訳ではないですよ。それに、あくまでも案というやつです。皆さんの意見はどうですか」
ザザは話を振る。すぐに答えたのはマカオだ。
「アタシは部屋のレイアウト変更するというのは賛成よ。荷物を外に出すかはさておき、書類をどうにかするなら棚の購入も必須でしょうね。保管について決まりはあるのかしら?」
「物にもよりますが、カギ付の棚で部外者が触れないようにすべき書類もあるでしょう」
「だったらこれもほぼ決まりで良いんじゃない?棚が必要なら、そもそも棚を置く場所を作らなきゃ。で、今物があって棚が置けないなら、物を外に出すしかないでしょ」
「私も同意見よ」
お嬢まで頷いたのを見て、カイリキはギルド長として指示を出した。
「了解だ。それでは、マカオは部屋の寸法を確認した上で棚の発注準備。見積り取るまでやってくれ。お嬢は空き部屋の手配を頼む。とりあえず、1ヶ月借りることが出来ればいけるかな。ザザ君と僕は荷物の運び出しをしよう。運び出してる間の業務はマカオとお嬢に任せるよ」
「あの、できれば机も……」
「……分かったよザザ君、そんな弱々しい声を出さないでくれ。机と椅子セットが1個3万バルク弱だとして、棚は2万バルクくらいか。5個もあればいいだろう。マカオ、一緒に手配してもらってもいいかい?予算は多少超過してもいいや」
「承知しましたわ」
着々と会議は進む。
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