さて、ここまで工事の概要を話してきたが、色々あって工事も佳境を迎えている。現在、あまりにも地下トンネルの掘削スピードが早すぎたため、駅の工事の方が追い付いていない現状だがそれはそれ。特に現場を急かすこともなく、のんびり工期で事故なくやってくれというザザの一声により、建築業界としては非常に珍しく『土日祝休み』で現場が動いていた。
「いやー、ここの仕事してたら他の仕事できないっすよ!土日祝休みなんて4年ぶりくらいじゃないっすか?」
「そうなの?キヨシ君も大変だな。……なあ、具体的にどこの会社が工期短いとか休みないとか教えてくれよ」
「いいですけど、何に使うんすかザザさん?」
「色々」
「こえー」
先日のゲーム事件以降すっかり仲良くなったザザとキヨシは、現在は10時の休憩時間を利用してだらだらゲームに興じている最中だ。だが、その時間もあっという間で休憩終了である。
「こんなに時間の流れが早いと休んだ気がしないっす」
「はいはい、まだやりたい気持ちは分かったからさっさと持ち場に戻る!」
「うーい」
2人はヘルメットをかぶり、がちゃがちゃと安全帯を付け直すと現場に戻っていった。
季節はめぐって夏の暑い日。うだるような暑さが身体の活力を奪い、灼熱の太陽がコンクリートや鉄骨を焼き尽くす季節だ。現代日本においてもよく叫ばれている話ではあるが、ここ大日本帝国でも熱中症の問題が取り上げられていた。
建築の現場では、土日祝の休みも全く関係なしに作業員が投入され、人を使い捨てるかのように仕事をしているのが常だ。そのため、熱中症や脱水症状でぶっ倒れる人が後を絶たず、暑さ対策は急務であった。一般的には、例えば『水分をしっかりとろう!』『塩飴を舐めて塩分補給しよう!』『エアコンを適切に使おう!』などと言われているものの、その程度の対策で炎天下の現場の暑さは凌げるものではない。
そこで、ザザは抜本的な対策を行うことにした。
「おう!ザザ君にキヨシ、早く上がってこい!」
「わーってるよタケさん!!!」
軽口を叩き合う2人だが、それは暑くても元気があるからだ。ザザが作業員全員に支給し、そして基本的には着用を義務付けている空調服。これにより、彼らの体感温度は非着用者と比べて大きく異なる。現代日本で言うなら、東京都と青森県の夏くらい違うだろう。
だが、暑さ対策はそれだけではない。
「ああー、涼しくていいわー!」
休憩所から僅かしか歩いていないが、ヘルメットにじっとりと汗をかいたキヨシが叫ぶ。
3段に組まれた作業足場の単管の手すり部分からは、数メートルの一定間隔で勢いよく霧が吹き出していた。よくみると現場の至るところに設置された『霧』は、その気化熱によって周囲の温度を大幅下げていく。エアコンを使っているわけでもないのに、現場は北海道を彷彿させるかのような涼しさを見せていた。
キヨシが霧の放出源に頭を近付ける。直接霧のシャワーを浴びてさっぱりした顔をしたが、端から見るとどうにもおかしい。その霧は、顔に触れても全く濡れる気配がないのである。
これこそがザザの新兵器、乾燥した霧を噴霧するドライミストシステムだ。水を超超細分化させる水魔法を搭載した特殊な噴霧ヘッドから超高圧によって吹き出すことで、細分化して即時気化する霧を生み出していく。それは身体に触れた端から蒸発し、同時に身体の熱を奪っていった。
「いやいや、ザザ君のおかげで俺も仕事が捗るよ!!ありがとうなあ!!!」
「いいんですよタケさん!これが俺の仕事ですからね!代わりに事故起こさないで下さいよ!」
勤続30年の大ベテラン、タケさん。そのタケさんをもってしても、夏の暑さにはとてもかなわない。暑さに耐えるということは、すなわち星と我慢比べをすることに等しい。それは圧倒的に無駄なことだ。
無駄なことは徹底的に省いて効率化をすることで、事故のリスクは下がり、逆に現場の仕事の能率と職人のモチベーションも上がっていく。
皆の能率が上がれば穏やかな話し合いができ、自然と現場内のいさかいは少なくなって、良い雰囲気の現場が醸成されるのである。
ザザの現場は今日も笑顔が絶えない。本当にアットホームな現場とは、こういうものを指すのだ。
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