「――っていうことなんですね!ありがとうございました、なんとかなりそうです!」
行政改革ギルドメンバーの協力により、おおよその魔法に関する注意事項はまとめることができた。こういう事は1人で考えず、知見のある大勢を頼るのも効率化の知恵だ。自立とは、1人でなんでもできることを指すわけではない。誰かに頼ることができる、という状態こそ自立できていると言えるだろう。
その他細かい注意事項などは、安全を考慮して専門家の知恵を頼って詰めていけば良いとザザは考えている。
「力になれたのなら良かったよ」
頃合いを見計らったところで、これまでカリキュラムに関してはノータッチだったカイリキが話し掛ける。彼も進捗が気になっている様子だ。
「ところでザザ君、授業のコースはどういう風にデザインしたんだい?」
「コースですか?とりあえず、どれくらいの数の属性魔法を習得したい人が多いのか分からなかったので、2属性コースから4属性コースを準備しようかと考えています」
「……おやおや、これは珍しく僕がザザ君の力になれそうだね。マカオ君とお嬢君は先に戻っていておくれ。僕はザザ君にカリキュラムの作り方をレクチャーするから」
「「了解」」
と言うが早いか、2人はさっさと会議室を後にして執務室に戻っていった。あれはさっさと自分の仕事に戻りたい人間の特徴だ、ザザにはよく分かる。
「さて、ザザ君。おそらく今の話を聞くに、基本的なカリキュラム作成すら出来ていないと思うんだけど……現状の仕事の進捗はいかがかな?」
「現状は、かくかくしかじかです」
と、ザザの話を聞いてカイリキはふむと考える。が、彼は基本的に脳みそが筋肉なので、あまり考えることが得意ではない。カイリキは率直に自分の考えを伝えることにした。
「うん、限りなく全然できてないね。進行度でいうと5%、今のままじゃあ開校に間に合わないと思うよ」
「ガーン!!!!」
なんだか口から自分の気持ちが声に出たような気もするが、とにかくアダマンタイトで殴られたかのような衝撃がザザを襲う。これまで順風満帆に効率化を進めてきたザザである。今回もそこそこに仕事ができていると思っていたが、上司からは未だかつてない程のダメ出しをもらってしまった。ザザ、異世界に来て初めての挫折である。
「まあまあ、そんなにガッカリしないで。そのために今こうして僕が手伝おうって話さ。安心しておくれよ、こう見えても僕は昔学校の先生だったんだから」
「ありがとうございます……あ、あの、具体的に何がダメなんでしょうか」
動揺が声に出て震えてしまったが仕方ない。効率化をする上でも、まずはその原因を聞き、そして対処する。それは今までもこれからも変わらないのだ。
「ザザ君もいつも言っていることだよ。まずは、教育目標を決めないとね」
「教育目標……」
「そう、つまりゴールだよ。ザザ君、この人たちはなんのために魔法を学ぶんだい?」
「そりゃあ、アレですよ。学校作る時にスローガン的に決めたじゃないですか。『すべての生徒が主属性以外の属性魔法を使いこなし、社会に寄与するための新しい手法を確立する』でしたっけ?カイリキさんも仰ってたでしょう。自分のため、ひいては国のためですよ」
「どうして魔法を学ぶことが国のためになるんだい?」
「他属性の魔法を使える人材が増えるからです。他属性の魔法を使えるようになれば、できることが増えますから」
「具体的にはどんなことができるようになるんだい?」
「それは……あ――」
「そう、それが教育目標に繋がるんだ。例えば、雷魔法と光魔法を組み合わせたら、玄関で人を感知して照明を点灯させる防犯システムを作ることができるかもしれない。水魔法と風魔法、水魔法と土魔法を組み合わせたら、発生した火災を有効に消火する設備が作れるかもしれない。闇魔法単体だって暗室を作るのに重宝するし、野営やキャンプをするなら火魔法があれば楽だろう。
まずは、自分たちが新しい属性の魔法を勉強することで、一体何を成したいのか考えてみよう。そうしたら、この魔法学校の信念とも呼ぶべき理念、教育目標が生まれるはずさ」
ザザの目に光が戻る。自分の仕事に自信をなくし、生気のなくなった彼はもういない。
「カイリキさん、ありがとうございました。俺、基本的なことを忘れていたようです」
「誰でも基本に立ち返ることは大事さ。ザザ君がいつも言っている業務効率化においてもそうだよね。ちゃんと目標設定をして、その目標に到達するための適切なレールを敷き、適切な手法で目標を目指す。途中で、自分の目標への到達方法が正しいかどうか確認する必要もあるね。定期的にフィードバックをして、そしてまた精度高く目標を目指す。勉学も同じだよ」
先日、コリアントチャイナ国はテラ島の眠れる龍を攻撃し、そして完膚なきまでに敗北した。この時もザザ本人が言っていたことだ。適切な目標の設定が必要なのだと。そして今、新しく勉強する人間のために適切な目標を作っているのはザザなのだ。根幹をしっかりさせなければ、新しく魔法を学びにきた全ての人が困り果てることになってしまう。
重要なことに気付くことができた、という風なザザの顔を見て、カイリキは満足気に話を続ける。
「勉学においては、個人のフィードバックの手法にいわゆるテストを使っているってだけさ。最終目標に到達するために、中間目標として習得が必要なスキルも出てくるだろう。そのスキルはそもそも習得する必要があるのか、全員に習得の実現可能性があるのか、全員は難しいから外部に委ねるのか、どの程度のキャリアを積めば達成できるのかも考えながら、コース設定をしてみるといいよ」
「ありがとうございますカイリキさん!!!!俺、なんだかできそうです!!!!」
「それなら良かった。ザザ君が生徒のためを思ってカリキュラムを作ってくれることを祈っているよ」
「……それで、完成したのがこれかい?ホントにこれなのかい??」
後日、カイリキの承認待ちの書類の山に紛れ、分厚い用紙が置かれていた。
「はい、色々な属性を満遍なく学ぶことができ、他属性の魔法の危険を認知することができるようにしました。実際に魔法を行使する際にも、出力調整や並列使用など、自分のメイン属性を使う際にも応用が利く訓練内容にしています」
「いや、これはちょっと1年目からやるには難易度が高い気が……っていうか、そもそも万人にウケる授業じゃないと思うんだけど……」
「俺はこの魔法教育によって、必ず支持を勝ち取れる自信があります。そして、大日本帝国全体に普及させる自信も。
基本的な他属性魔法の使い方は、以前カイリキさんにも訓練で行っていただいた、水晶球に魔力を込める方法からスタートします。狙った色に水晶球が光る、すなわち使いたい属性の魔力を出せるようになることを目標にします」
「出せるようになったら?」
「その時は、以前俺が考えたカリキュラムを実行してもらい、セルフウォシュレットしてもらいます」
セルフウォシュレットシステム――。
それはザザ・ナムルクルス考案のとんでも技法。自らの尻を美しく保ち、紙やすりトイレットペーパーによる拷問を回避する至高の魔法。
水魔法カリキュラムの1段階、ウォーターボールを空中で制御。2段階、ウォーターボールのジェット化。3段階、超高圧ウォータージェットの出力調整。4段階、3段階まですべて達成した上での、ジェットの超細分化・並列使用。
火魔法カリキュラムの1段階、火力・温度調整。2段階――。
「ザザ君」
「はい!!!!!」
「……」
「え?なんですか?」
「……」
「……???」
「まあいっか!採用!!!」
「あざまあああああす!!!!」
内容はともかく、意外とちゃんと魔法の基礎を学べそうなので、カイリキは見なかったことにした。大丈夫、この後専門家に送るから、きっともっと分かりやすくてセンシティブじゃない勉強方法を確立してくれるだろう。多分。おそらく。
『おお!!!これほど細分化してジェットを作る方法があるのか!!』
後日、専門家会議でザザの案は完璧に採用された。されてしまった。そのため、今更後に引けなくなったのはギルドマスターのカイリキである。目標設定をするときは、必ず全員が同じ目標を持っているか確認する必要がある。カイリキはそのことを骨身に刻んだ。
その上で、せめて『ウォシュレットコース』じゃない名前にしようと奔走することになるのだが、それは別のお話。
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