中央ギルドはすべての国営ギルドを統括する組織であり、ギルドの実質的トップである。また、大日本帝国の中枢を握る組織でもあり、現代日本で言うところの内閣府に当たる。
当然そんな組織であるので、基本的なマナーというものは従業員全員に求められている。国のトップが他国に恥ずかしい行為を晒すことがないよう振る舞うのは普通のことであり、同時に日々を過ごす中でマナーに対しても強くなるよう勉強を欠かしてはならない。勿論、それは彼らの所属する行政改革ギルドや他のギルドでも同じことである。
「ということで、今日は外部からマナー講師の先生、マナコさんをお呼びしました。マナコ先生、今日はよろしくお願いします」
「かしこまりました」
司会のカイリキに案内され、スラッとしたパンツルックのスーツを着こなす女性が頭を下げる。彼女は美しい姿勢で高いヒールをものともせずに歩き、そのまま壇上へと上がった。マイクの調子を確認し、深々と礼をする。
「皆様おはようございます!」
「「「おーざいまーす!!!!」」」
「ご紹介頂きました、マナコ、と申します。本日は皆様に社会のマナーをお伝えするべく参りました。質問等あればどんどん受付致しますので、積極的なご参加に期待しております。どうぞよろしくお願い致します」
パチパチパチパチ。
今日は各ギルド員一同が大会議室に集まり、全体でマナー講習を受講する日である。最前列にはクソ生意気なザザ・ナムルクルスを配置し、全体の意見活性化を図っているのはカイリキの計算だ。
「ありがとうございます。ではマナコ先生、引き続きこのまま講義の方をお願いします」
「かしこまりました。それではまず、言葉遣いから直していきましょう。今の司会をして頂いた言葉の中に、あまり適切でない表現がありました。皆さん、なんだと思いますか?目の前の男性の方、どうでしょうか」
ここでマナー講師、痛恨のミス。彼女が指名したのは、行政改革ギルドが誇る『歩く爆弾』ザザ・ナムルクルスだ。周りが一瞬ざわっとしたが、その反応が静まるのを待ってザザが話した。
「……気になったのは、『マナー講師の先生』『お願いします』『講義の方』ですね。頭痛が痛いみたいになってるので、マナー講師のマナコ様、とご紹介すべきでしょう。お願いしますはお願い致します、ですね。講義の方、方ってなんだよって思います」
「素晴らしい!!」
マナコ感激。ザザに拍手だ。
「丁寧な言葉遣いに慣れていらっしゃるご様子ですね、その通りです!実は――」
「ちょっと待って下さい」
ザザ、すかさず手を挙げてマナコを止める。周りは嫌な予感がしながらも、もはや止められないことは重々承知している。今ここにいるたくさんのギルド員たち。その中で、彼と仕事をしたことがある人間は軒並み思ったことだろう。『なんかヤバい気がする』と。そして、それは紛れもなく正しい感覚だ。
「俺の話はまだ終わっていません」
「え?」
「マナコ先生、貴女に申し上げたいことが2つあります。まず1つ、人の話を遮るのはマナー違反ではありませんか?」
「そ、そうですね、大変申し訳ございません。一応の正解が出たので次の話に――」
「だから、まだ俺の話は終わってないんです。2つ言いたいことがあるって、最初にお伝えしましたよね?」
「は、はい」
「じゃあ2つ目です。最初に貴女が俺を指名した時に、実はマナー違反があったのですがお気付きですか」
「え?」
「あ、これは全く気にもされていない顔ですね。お教えしましょう。貴女は俺に『目の前の男性の方、どうでしょうか』と聞いたんです」
「それが何か?」
ザザはそのまま自分の左に座るマカオを指差した。
「こちらのイケメンは女性です。生物的な部分では男性に当たりますが、彼女はれっきとした女性だと、俺は胸を張って言うでしょう」
「ザザちゃん……」
続いて、ザザは自分の右に座るハーフを指差した。
「そして、こちらの美人さんは男性です。彼は趣味で女装をしていますが、公にも男性を名乗っています」
「ザザ先輩……♡」
「貴女の指名の仕方は、このジェンダーフリーな世の中にマッチしていないマナー違反だと言わざるを得ません。すぐにでも直して頂きたい」
マナコが息を飲む。彼女も気付いたのだ。
(こいつ、めっっっっちゃめんどくさい!!)
マナコはカイリキをチラリと見るが、ニッコリと笑みを返されただけだ。
(仕組まれた……!!)
今更気付いてももう遅い。今ここに、ヘイセイの当たり屋ザザ・ナムルクルスとマナー講師マナコの戦いの火蓋が切って落とされた。
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