のちのちザウルス。
目玉焼きによく似た形をしたこの大陸において、黄身の部分にあたるのが巨大な湖だ。そしてその湖の中心に位置する島、“テラ”に生息する巨大生物こそ、全世界の全生物の畏怖を集める生き物、のちのちザウルスと呼ばれる龍種である。世界にたった1体のみ生息する世界最強の龍であり、鱗1枚で全世界のあらゆる生命体が消費する数年分の魔力が含まれていることが知られている。
のちのちザウルスが湖へ水浴びに来ると、鱗からそのエネルギーが湖に溶け出し、目玉焼きの白身部分である我らが大陸へ栄養豊富な大河となって流れ込む。東西南北の大国は、自国のエネルギー循環システムによってこの膨大な魔力エネルギーを取り込み、発電等の動力としているのである。
テラ島近郊の海域には、のちのちザウルスが体を洗った際に落ちたと思われる水色の大きな鱗が沈んでおり、各国はそれらの鱗を回収して自国のものにしようと躍起になっている。そして軍事力に優れた国家に至っては、のちのちザウルスそのものを我が物にしようと画策しているとの噂がまことしやかに囁かれていた。
そして、ついにそれは噂の範疇を超えることになる。
目玉焼きの白身の北の部分、東の大日本帝国より北西に位置する大国、コリアントチャイナ。数多くの力ある魔族が領地を治め、東の人族、西のエルフ・ドワーフ族と共生しながら、近年めざましい発展を遂げる地域である。
ここでは今まさに、のちのちザウルス捕獲作戦会議が開かれようとしていた。
「それでは軍議を始める。議長は、私シューエンペイが務めさせていただく。
今回の軍議は、あのテラ島に生息するのちのちザウルス、やつを生け捕りして我が国の発展に寄与してもらうための重要なものである。各班、それぞれ事前に捕獲方法を検討してきてもらっている。当軍議にて、その手法等おおよそのプランを決定をしたいと考えているので、各々プレゼンを頼む。まずはジェン・ムインから」
「はっ」
オールバックの似合う、白髪の男性が前に進み出た。同時に、プレゼンの時間経過を示すタイマーの魔法が中空に映し出される。
「政治顧問のジェン・ムインです。今回の相手は神獣とも呼ばれる龍種です。私からは、神には神の力をぶつける作戦を提案したいと思います」
一拍置き、周囲の関心を集めてからジェンは再び話し始める。
「過去にのちのちザウルスを相対した時のデータを今一度おさらいしましょう。最初に対峙したのはおよそ600年前、それから何度も何度ものちのちザウルス攻略戦が続いていますが、勝利した事例はただの一度もありません。その度に、我々は奴との戦闘データを蓄積してきました。お手元の資料、2ページ目をご覧下さい」
ぺら。手元にはのちのちザウルスに関する軍事的資料が置かれている。1枚紙をめくると、世界全土が命をかけて集めたのちのちザウルスとの戦闘データが記載されていた。
「明らかにされているだけでも、戦艦を融解する高火力の熱線、戦車を踏み潰すパワー、ダイヤモンド並の硬度を持つ皮膚。体長700mを超える巨躯は歩くだけで地震や津波を発生させるため、島に接近するのも困難。高いレベルで多くの属性魔法を駆使し、五行相剋を理解してこちらの魔法に相反する魔法をぶつけて相殺してきます。普通に戦えば勝ち目はありません。神が与えた反則行為、チーティング、それがのちのちザウルスです」
なんという絶望的なデータだろう。人類はこの生き物を欲し、しかし近付けば滅ぼされてきた。そのあまりに強すぎる力によって。
「したがって、私はチーティングにチーティングをぶつける案を提案致します。入ってきてください」
ぎい。と、大きな軍議室の扉が開く。軍服に身を包んだ老将たちの集まる部屋に入室したのは、彼らとは全く世代の異なる若い男。
「彼は、我が魔族領の希望の星――冒険者シオンです」
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