異世界ギルドで業務効率化

―残業なし、年間休日130日、有給消化率100%の職場です―
のちのちザウルス
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さらば、行政改革ギルド 10

公開日時: 2021年6月6日(日) 12:00
文字数:4,389

「じゃあ、今日から一切時間外労働禁止ね」

『そんな!!』

『それじゃあ仕事終わんないですよ!!』

『いつ国会の答弁書作ればいいんですか!!』

『絶対隠れて残業するやつ出てきますよ!!』

「うるせええええええええ!!!!」

 

ぎゃあぎゃあ。

ここは中央ギルドのギルドマスター室。――ではなく、先日の大会議室。新ギルドマスターザザの元、中央ギルドの全職員が集められた。そんな中での先の発言。20代前半と若いトップの言葉に耳を傾ける輩はほどほどにいたが、彼の暴君的発言に会場は荒れに荒れていた。

 

「よし、分かった!!文句を言うやつは俺じゃなくてテンノー陛下に仰ってくれ。これは俺が考えたんじゃなくて陛下のご意思だから」

『……』

「よろしい」

 

簡単に黙った。人間とはかくある生き物なのである。結局は長い物に巻かれて生きるのだ。尚、これはテンノー陛下のご意思ではなく、ザザ本人の意思である。だが、陛下御本人が職権乱用を認めているため何の問題もない。陛下は海よりもお心が広いからだ。多分。

 

「いいか、これから言うことはすべて陛下のご意思だ。だから、不用意な発言は慎むように。それでも意見があるのなら、遠慮なく皇室専用ダイヤルに電話をしてくれ。陛下はいつでも皆の言葉をお待ちになっているそうだぞ」

(お、恐ろしい……!!!)

「では、この場にギルドの人間全員を集めた理由を簡単に説明する。皆も知っての通り、この中央ギルドは一部の特権階級である上級国民によって支配され、腐敗の限りを尽くしていた。だが、先日の陛下ご自身による“血の粛清”により、この中央ギルドから上級国民のうち最上級の権力を持った者たち全員が解雇された。これがどういう意味か分かるか?おい、そこの一番前の前髪隠れてるやつ、答えろ」

「え、あ、その、い、意味ですか?」

「遅い!!!……だが、無理もない。皆はこのように上司である上級国民たちに叱責され、謂れのないことで散々侮辱を受けてきたはずだ。そうだね、前髪の兄ちゃん」

「あ……そ、そうです」

「でも、そんな上司たちは陛下が解雇した。つまり?」

「つ、つまり?」

「俺たちの天下ってことだよ!!!!!」

 

全員に雷が落ちたかのような衝撃が走った。そうだ、自分たちを苦しめていた無能な上に碌に仕事もできないポンコツ上司は、もうどこにもいないのだ。すなわち、ザザの言う通り『俺たちの天下』――。

 

「いいか、断言してやる!お前たちの仕事は遅かったんじゃない!無能な老害によって遅くさせられていたんだ!お前たちは無能だったんじゃない!無能がお前たちを使ったから、無能な仕事しか出来なかった、または有能に無為な仕事をこなしてたんだ!お前たちは怒られる必要なんかどこにもない!お前たちが無能な老害に怒っていいんだ!とはいえ怒るのはダメだ!怒ると生産性が落ちるからな!

――だから、俺がお前たちに言いたいことは1つ。それが今日、俺がここに皆を呼んだ理由だ」

 

 

「無能な老害は“実力”で黙らせろ。全責任は陛下が取る」

 

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

大歓声。ザザがスピーチをするといつもこうだ。誰も彼もが、己の内に溜まった感情を爆発させて沸き立つ。やってやろうという気持ちが燃え上がる。そんなエネルギーが全身に流れ、そしてそれは会場全体に大きなうねりとして現れる。

 

「お前たち!まずは年間の休暇取得計画表を作れ!そしてその通りに必ず休め!」

『何故ですか!!』

「おいおい、“休むのも仕事の内”ってマナーを知らないのか!!休むのも仕事だから、計画通りに休めよ!突然降った仕事は上司がカバーして他のやつに振ればいい!そうして助けてもらったら、今度はお前が助けてくれたやつを助けてやれ!それが組織だ!!」

 

 

「お前たち!さっきも言ったが、俺は一切の残業を認めない!いつ国会の答弁書作ればいいのかだって?そんなもの就業時間中に作れ!!」

『で、でも質問通告が遅くて……』

「じゃあ遅かった質問には一切答えなくていい!どうして締切も守れないやつの話を聞かねーといけないんだ!そうしてお前らはいつ来るか分からない質問文書を待って、深夜に来た質問にシコシコ答弁書作って、明け方4時にタクシーで帰るのか!?おバカ!お前のタクシー代は大日本帝国民の皆様の税金だろうが!!気にするな!その質問は無視して、期限内に来たやつだけ対処しろ!!」

 

 

「お前たち!これからは会議時間は15分だ!国会も今みたいに4時間やるんじゃなく、圧縮して30分×2回で終わらせろ!!」

『そんなに短い時間じゃ何も話せないよ!』

「それはくどくどと政治家らしい変な言い回しするからだろうが!!お前の出身は理系だろ!数字に根拠を言わせて結論だけスパッと言え!ついでに人数も絞れ!答弁する人と補佐する人で、究極10人もいればいい!!」

『俺たち平のギルド員は会議に参加しないってことですか?』

「しなくていいだろ!お前こないだの国会中継見てたけど寝てたじゃねえか!仮眠室作ってやるから、頭をリフレッシュさせてお前は通常業務をしろ!会議に出てるやつの仕事でもして負担を減らしてやれ!!」

『ありがとうございます!!』

「よし、今日の会議は終わりだ!!今後は、人を集めるのも面倒だし、会議室押さえるのもしんどいし、お前らが整列するのを待ってるのも惜しいからオンラインでやるからな!じゃあな!!!」

 

 

 

それから。中央ギルドにはしばしば竜巻が起こるようになった。

 

「おいなんだこのクソボロいパソコンは!!こんなんで仕事できるわけねーだろ!!……よし、全数買い換えるから“青い恐竜の着ぐるみの人”に連絡するわ。待ってな」

「ありがとうございます!」

 

 

「何印刷してんの?うわ、お前ペーパーレスにしろよ!これ会議資料だろ?」

「え?でも上司が紙を印刷して見ないと読みづらいって……」

「凝った資料作るからだろうが!もっと適当でいいんだよ!高々“資料ごとき”に時間かけたってしょうがないんだぞ!よし、資料の自動作成ツール導入するわ。今度からそれ使って」

「ありがとうございます!」

「あと、ついでに上司って誰?」

 

 

「ナニコレ、メリケン語?」

「ギルマス!」

「他国向けの資料か。メリケン語に訳してくれてるんだな、ありがとう」

「いえいえ、これも仕事ですから」

「バカ野郎!!!!」

「ええええええ!?」

「メリケン訳するだけなら外注に出すぞ!お前にはお前にしかできないことをやってもらうんだから!それに、メリケン訳するならガチの専門家に任せた方がいいだろうが!すぐ翻訳のプロに委託出すぞ!」

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……ん?うわ!!!びっくりした!!ギルマスじゃないですか!」

「お前毎朝早く来てメールチェックしてんの?」

「え?ええ、始業前に見ておこうと思って」

「俺にも見せて」

「え?」

「……うわ、なんだこのトイレットペーパーにも劣るメールは!くっそどうでもいい内容のやつまで転送で飛んできてるじゃん。これちょっと言ってくるわ」

「え?」

「通知文作るの大変だし、時間も死ぬほどかかるし、一々“てにをは”を直されるしで良いことないんだよね。メールの量は今の10分の1にしてもらうわ。だから、お前明日から早く来てメール処理しに来なくていいからな。今のこれも時間外付けとくから」

「え?」

「次時間外付けたらブラックリストね、お疲れー」

「……ええー」

 

「あ、ギルマスから全体チャットだ。ナニナニ……今日からギルド行事を大幅に減らします?」

『お疲れ様です、ギルマスです。

 本日より各種行事を大幅に減らしたいと思います。具体的には以下の通り。

  ・月1回の全員朝礼

  ・長期休暇前の全体会議

  ・大掃除

  ・安全祈願

  ・飲み会(忘年会、新年会、歓送迎会など)』

『別件ですが、俺に持ってくる書類は効率化のためノーチェックでいいです。気にしないで持ってきて、よろしく。書類がヘボかったら、今度書類の作り方研修開きます』

『あと、まだメール使ってるうんこ野郎がいたら俺に密告しなさい。グループチャット使わせます』

 

 

 

と、ザザの周りは終始こんな具合である。色々なギルドメンバーから『竜巻がきた』と言われるのも仕方ないことであった。そのため、以前から中央ギルドに勤めていた人は、そのギャップに面食らうことが多い。例えば、決裁文書を持っていくと。

 

「――ですので、この工事を実施したいと思います。決裁をお願い致します」

「いいよ」

「はい。……え?いいんですか」

「いいよ。あ、お前それ説明資料だろ?今みたいに口頭で済む簡単なやつなら作らなくていいぞ。あと、この内容なら決裁者俺じゃなくてもいいな。決裁権限緩和するから、産業改革室の室長で決裁取れるように社内ルール変えとくわ」

「……」

「何ポカンとしてんの」

「あ、いや、もっとつっこまれるかと思って」

「おバカ!こことこことここは言いたいことめっちゃあるわ!……でもいいんだよ、こういうのって担当者の裁量に任せた方が伸びるでしょ?いつ俺がギルマスやめるか分からんし、後釜になれる人は育てておかないと」

「な、なるほど」

 

と、決裁を取るのに1ヶ月かかっていたのが僅か1日で終了。ついでにルール緩和も提案されるなど、スピード感のある仕事ができるようになっていった。

とは言え、ザザも別に適当にやれと言っている訳ではない。こういうのは、決裁を取るのに時間をかけても意味がないと分かっているのだ。実際に仕事を始めると、足りないものなんていくらでも出てくる。それを決裁時点で確認できることもあるし、できないこともある。見切り発車気味なところは多少あるが、仕事に早さを求める以上完成度80%くらいでスタートして100%で終われば良いとザザは思っている。仮に98%で終わったとしても、結果的に『こうしておけば良かった』と思うなら、それは次の機会にやればいいのだ。

 

 

「溜まってる仕事がある人は遠慮せずに言えよー!割振りし直すし、なんだったら仕事そのものがなくなることだってあるからな!」

 

終業間際、ザザが各部署を巡回していく。すると全員『ギルマスが来た』と心の中で思い、ギルマスにチェックを入れられない内にそそくさと仕事を片付けていく。ザザが行うのはただの巡回だ。早く帰れオーラを出して威圧し、部下を定時に上がらせるだけ。

管理職とはかくあるべし。部下のケツを叩くのは、このように部下を定時退社させるためであるのだ。決して『終業間際のクソ忙しい時間にクソ忙しそうにしている職員に話しかけて時間を浪費させ、その人の時間外を増やす』なんて振る舞いをしてはならないのである。

 

「おい!エアコンの温度28℃とかどうなってんだ!こんなんじゃ暑くて仕事できねーぞ!下げろ下げろ!エコなんか知るか!!」

 

……竜巻は帰らない日もある。だが、室内でも熱中症になるため、うるさいのは仕方ないのだ。それが彼の仕事なのだから。

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