「ワタシはこの国立大日本魔法学校の校長、マンリキと申します」
圧倒的な威圧感。どうみても魔法使いの肉体ではない。武闘家、インファイター、グラップラー、バーサーカー、いずれにしても己の肉体を武器にして戦うスタイルの人間だ。
そう。言わずもがな、彼は我らが行政改革ギルド長カイリキの実兄なのである。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。今日の実りある日に100名という非常に多くの学生諸君が入学してくれたこと、大変喜ばしく思います。
当魔法学校では、皆さんの魔法の新たなる可能性を切り拓くだけでなく、国際交流や資産運用に関する講義も執り行う予定です。それらには、最新鋭の設備は勿論のこと、エアコンを始めとして皆さんの学習環境を限りなく整えさせて頂きました。皆さんが快適に勉学を行い、その知識を十分以上に育んでくれることを大いに期待しております。
また、当魔法学校は大日本帝国の学校の基礎とするべく設立されました。今後はこの学校のような設備をすべての学校で標準としていく予定です。そして、皆さんが学校を今以上に良い環境とするべく改善活動に取り組むのであれば、行政改革ギルド全面バックアップの元、必ずや学校側も改善に協力すると誓いましょう。実りある学生生活のため、そして自身の将来のため、学業や改善活動に精一杯取り組んで下さい。
皆さん、改めまして本当にご入学おめでとうございます」
「ダメ」
「何が!?兄ちゃん一生懸命考えたのに!」
威圧感は見た目だけである。弟のカイリキにさらっとダメ出しを受け、マンリキはしょんぼりと大きな身体を小さくしてしまった。
ここは行政改革ギルド――の会議室。行政改革ギルドマスターであるカイリキに初代校長に任命されたマンリキは、就任挨拶を考えていた。
「うちのギルドは全面バックアップしないよ、ザザ君がめちゃくちゃ怒るからね。『いや、魔法学校の件はもう教育ギルドの管轄ですよね???』とかキレ気味に聞いてくるのが目に浮かぶんだから」
「でも、兄ちゃん業務改善とかやったことないし、生徒が何か提案してきても困っちゃうよ」
「だそうだよザザ君」
「いや、魔法学校の件は教育ギルドの管轄になりましたので。ですよね、マンリキ教育ギルド長?」
「それはそうだけど……」
「俺はメリケン語話せませんし、国際交流なんたらの話が出たら結局役に立たないですよ」
「ワタシだって話せないよ!投資だってやったことないし!」
「あは、じゃあ今日から始めましょう☆ボクがマンリキさんの証券口座作るの手伝いますよ」
「そういうことじゃないよ!生徒に何か提案されたらどうするのって話!」
マンリキは業務改善初心者だ。『改善』というワードすら未知の領域に感じる彼に、これから校長としての立場が務まるのだろうか。
――という心配を、マンリキを校長に推薦した彼の弟だけがしていない。
「兄ちゃんなら大丈夫だよ。だって俺の兄貴だからね。それに、その知識を埋もれさせておくにはあまりに惜しいと俺は思うんだ。でしょ?ミスターマッスルライブラリーさん」
彼は筋肉三兄弟の長兄。神の脚を持つ神速の三男、鬼の力を持つ剛腕の次男。そして、天知る地知る人知る、“万の利器”を生み出す長男。筋肉勉強法により、世界のすべてを探求する賢人。
「僕たちが1年かけて掴んだ他属性魔法のコツも一瞬で理解しちゃうし、魔法工学の体系を築いてきたスペシャリストは違うなあ!」
「や、やめておくれよ!」
「確かにそうですね。俺が10年かけたウォシュレットを速攻で再現されたのは結構へこみましたから。こないだ魔法研究機関に投げた魔法教育カリキュラムが、超進化してブラッシュアップされた時は『あ、俺もう必要ないな』ってしみじみ思いましたもん。ねえ、マンリキ元魔法工学長殿!!!」
「だからやめてよ!」
ぎゃーすぎゃーす!
「あの男ども4人はまた騒いでいるのかしら。マンリキさんも、いい加減覚悟を決めたらいいのに」
「そうねえ……アタシみたいな素人から見ても分かるくらい、カリキュラムの出来は良いと思ったんだけど、本人に自信がないのが問題よね」
お嬢とマカオは優雅に紅茶を飲みながら、仕事の束の間の休憩を楽しんでいた。
マンリキは、世界的に有名な魔法工学の第一人者であった。そこをカイリキに目を付けられ、ザザに魔法学校の勉強カリキュラムの草案を送り付けられ、中央ギルドに逃げられないよう根回しされ、そのまま教育ギルド長に任命されてから1ヶ月。そして、魔法学校の開始まで残り2週間を切っていた。ようやく全てを色々と諦めたマンリキは、こうして度々行政改革ギルドに来てカイリキに入学式のスピーチの草案を添削しに来てもらっている。その姿からは、とても魔法工学の基礎を築いた賢人には見えない。マッチョだし。
しかし、魔法工学は勿論であるが、教育ギルド長に任命されてからというものの投資や他言語も猛烈に勉強をしているらしい。それは学生の規範となるべくなのか、はたまた単に賢人と言われる自分の勉学の趣味が高じたか。
勉強は難しい。そして、その割につまらない。大半の学生はそう思っていることだろう。
だが、それをなんとかするために、マンリキを始めとして多くの人間が尽力している。少しでも学生の将来の可能性を切り拓くために。優秀な学生に、いずれ自分のギルドや企業に入ってもらうために。はたまた新しいギルドや会社を立ち上げ、新しい技術を作ってもらうために。そして、この大日本帝国を背負って歩いていくために。
「でも、難しいわよね」
「そうね。難しいわ」
せっかく何年もかけて育てた人材も、ブラック企業に入った途端に1ヶ月で潰されてしまうかもしれない。給料の安さに嘆き、より高給で雇ってくれる他国に人材が流出してしまうかもしれない。今ここで学生を丁寧に育てても、社会に出てからその芽を摘まれてしまうことは決して少なくないのだ。
だからこそ、我々行政改革ギルドが、彼らに少しでも長く働いてもらえるようにブラック企業を取り締まり、彼らがこの国を選んでくれるように給料制度を改革しなければならない。
「……次のやることが決まったわね。この仕事には終わりがなくて大変だわ」
「誰がやるの?」
「マカオと私」
「えー」
「嫌なのかしら?」
「嫌じゃないわ、アタシは。お嬢となら」
「ふふ、ありがとう」
「どういたしまして」
良いから覚悟決めろ!嫌だ!うるさい仕事に戻れ!ぎゃーすぎゃーす!!
「――あれを止めるのも改善活動なのかしら」
「バカは放っておきましょ」
マカオは落ち着いて紅茶を口に含む。お嬢は嘆息すると、苦笑して残りの紅茶を一息で飲み干し、自分の仕事に戻っていった。
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