自転車で河川敷を走る

このルールに縛られた世界で力の限り自転車を漕ぎたい
加鳥このえ
加鳥このえ

自転車を漕ぐと気持ちいい。

公開日時: 2021年6月4日(金) 22:40
更新日時: 2021年6月4日(金) 22:44
文字数:3,123

 なんてことないタダの日常。僕はただ、河川敷付近で自転車を漕いでいた。


(……まただ)


 僕はいつも、この欲求に襲われる。その欲求とは、自転車を思いっきり漕ぎたい。それだけだった。


 だが、この街でそれはできない。この街は他の街とは違うあるルールがある。そのルールとは『人に迷惑をかけるな』。


 このルールのせいで、僕は子供の頃から、自由に遊ぶことすら許されなかった。


 昔、人目を盗んで友達と鬼ごっこをした。


 すると、近隣住民から「うるさい」と苦情が来たそうで、親は泣いてお金を払っていた。


 この街では、迷惑をかけられた方が、お金を受け取る事ができる。


 そう、この街はおかしいのだ。


(……と僕は今まで思っていた)


だが違うと、最近気づいた。この世は迷惑をかける事こそが罪。


 息が詰まりそうだとも思わない。


「っ!」


 僕は、知らず知らずのうちに、唇を噛んでいた。


(違う。本当は、はしゃぎたい。友達と馬鹿騒ぎしたい)


 なのに、それを許してくれない人がいる。


 僕は自転車のハンドルを握りしめて涙を堪えた。


「——あの。私、ここにいますよ」


「……え?」


 一瞬、理解ができなかった。だが、それは冷や汗と共に僕に事実を伝えた。


 そう、僕の目の前に人がいるのだ。


「って! うわああああ!」


「いやー!!」


 ドン! と音をたてて、見事に、目の前にいた男は吹き飛ばされた。


(嘘だろ)


 目の前が波のように揺れた。


「ど、どうすれば……。親にどう説明すれば。それに……人に迷惑をかけちゃった……」


(終わった。人を殺したうえに、罰金まで払わせられるなんて……)


「うっ、うう……うわあああん!!」


「あのあの。どうされました?」


「……え?」


 僕は、目を疑った。そこにいたのは先程、僕がぶつかった男だった。その男はハンカチで血を拭きながら、言った。


「いやー。子供ってのは恐ろしいですなあ。前を見ずに自転車を漕ぐとは」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「いやいや、大丈夫ですよ。どこも怪我してませんから」


 と、男は血を拭きながら言った。


 僕は当然、こう訊いた。


「いや、血が出てるじゃないですか!!」


「……あ、これ、ケチャップです」

 と男が言った。


「……へ?」

 僕は目を丸くした。


「いやー。ケチャップを大量に購入した帰りだったんですよ」


「……ってことは。僕はあなたを怪我させていない?」


「はい」


「よかったー。……じゃないですよ! ケチャップを無駄にしちゃって……あの、ごめんなさい!」


 僕は必死に謝った。この街の掟、その裏道。それは、相手に許してもらうこと。


「……別に謝らなくてもいいですよ。私、この街の人間じゃないですから」


 僕は涙ながらに言った。


「ぼんどうでずが?」


「はい」


 涙が止まらなかった。


「ありがどうございまずう!!」


 僕は男に泣きついた。


「いやいやー。しかし、治安の良さをうたっているこの街も、ここまで来るともう、治安どころじゃないですねー」


「あ、あの! 名前を教えてもらってもいいですか?」


 僕は嬉しくて、つい、そう言ってしまった。


「いいですよ。花田はなださん」


「——え?」


(なんで、僕の名前を……)


「ふっふっ。驚きました? 私、この街のことならなんでも知っているんですよ。あ、私は釜打かまだと申します」


「……そうなんですね。釜打さん。あの、本当にありがとうございます」


「はい。では、くれぐれも安全運転を〜」


「はい!」


 そして僕は、何事もなく家に着いた。





 次の日。


 僕はまた、学校からの帰り道で、自転車を思いっきり漕ぎたいと感じていた。


 その時、横から声が聞こえた。


「気持ちいいですね〜」


「え! あ、あなたは! 釜打さん!」


 僕の横で、釜打さんが自転車を漕いでいた。


「気持ちいいですね〜」


「は、はい! そうですね!」


 僕がそう言うと、釜打はニヤッと笑い、言った。


「しかし、もっと早く漕げば、もっと気持ちいいでしょうに、何故しないのですか?」


「……それは、危ないからですよ。昨日の釜打さんみたいに、交通事故の事を考えると……」


 釜打さんはまたも笑った。


「本当にそれだけですか?」


 僕は、釜打さんに悩みを話した。


「実は、小さい頃から『人に迷惑をかけるな』と教えられていて」


「ふふふ。やはりそうでしたか。よろしい。私がその呪縛から解いてあげましょう」


「呪縛から解く? 一体どうやって?」


「ふふふ。私にお任せあれ。明日、この河川敷で待ってます」


 僕は不思議に思いながらも、無事に家に着くことができた。





 次の日。僕は釜打さんの言う通りに、河川敷で待ってた。


 僕は芝生の上で寝転び、雲を見つめていた。


「こんにちは」


「っ!?」


 突然現れた釜打さんの顔に驚いた。


「いや〜。早いですね〜。子供にしては、しっかりしている。この街の影響でしょうか?」


(……? 釜打さんは何を言って……?)


「では行きましょうか」


「行くってどこへ?」


「自転車を思いっきり漕げる場所です」

 と釜打さんが言った。


(自転車を思いっきり漕げる場所?)


「あの、釜打さん。そんな場所があるなんて、上の人間が黙っていませんよ」


「はい。確かに、この街はおかしいことに、遊び場所と呼べる場所が一切ない。ボウリング場も、ゲームセンターも、一切、見当たらない」


(ゲームセンター? ボウリング場? 釜打さんは何を?)


「ですが、あるのですよ。こんな街だからこそ、溜まるストレス。それを解放する場所が!!」


 と言った釜打さんの言葉に胸打たれた。


「では、行きましょうか〜」

 と釜打さんが言った。


「はい!」

 と僕が言った。


 僕が連れられて来られた場所は、暗いジメジメしたビルだった。


 そこは、素晴らしい場所だった。


 そこにいる人々は皆、自由に遊び、喧嘩していた。まさしく、僕が望む自由の国だった。


「では行きましょうか、花田さん」


「……はいっ!」


 僕の胸は期待でいっぱいだった。


 連れて行かれた場所は、どこまでも速く、自転車を漕いでいい場所だった。


 僕は釜打さんと一緒に自転車を爆速で漕いだ。


 最高の気分だった。


 そして、五時間ほど遊び、そこを出た。


「釜打さん。楽しかったです!」


「それはよかったです。子供はああやって、自由に遊ぶのが一番ですからねえ」


「はい!」


「ですが、ルールは守らなくちゃいけません」


 突然、釜打さんがそんな事を言い出した。


「花田さん。ここに来るのは週一にしてください。じゃないと、中毒になってしまいますからね〜。ストレスは溜めてから抜かないとダメですよ〜」


 僕は、釜打さんが何を言っているのか分からなかった。だけど、釜打さんが言っているんだと思い、頷いた。


「それはよかったです。花田さんは本当に子供とは思えないほど、大人ですねえ〜」


「……えっと。ありがとうございます」


 僕は照れ臭そうにそう答えた。


「ふふふ。では、これで」


「はい!」


「安全運転を〜」


「分かりました!」

 

 そして、僕は帰路についた。


 その途中、僕は呆れるほどに、興奮していた。初めての感覚。それに、陶酔していた。


 そして無事に、家に着いた。




 次の日。今日は土曜日だ。


 僕は朝から河川敷にいた。昨日の感覚が忘れられずにいたのだ。僕は少しずつ自転車のスピードを上げた。


 ドン! ドン! と音をたてながら、僕は自転車を漕ぐ。

 

 いつもよりも速く。いつもよりも爽快に。


 ドンドン! と音をたてて。


「楽しい! 楽しい! 楽しいよお!!!」


 そして、声が聞こえた。


「そこの学生、止まりなさあーい!!」


 僕はそれでも、スピードを緩めなかった。


 最高の気分だった。


 やはり、子供は風の子。


 自由に遊ぶのが一番だあー!!


 そして僕は、ドンっ! ドンっ! と河川敷で自転車を漕いだ。





「いや〜。まさか、あの真面目な青年が人を十六人も殺すとは……。世の中わからないものですねえ」


 釜打は街を後にする。


「子供は自由に育てたい。それはいいですが、限度を考えないと、ダメですよねえ〜」


 

             【終わり】


最近、あるアニメを見ました。いつも笑ってるセールスマンが出てくるですよね。面白かったです。

この作品は、その作品に強い影響を受けて作られました。


ですが、何を伝えたいかは僕が考えたので、一応、オリジナルです。(多分)

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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