なんてことないタダの日常。僕はただ、河川敷付近で自転車を漕いでいた。
(……まただ)
僕はいつも、この欲求に襲われる。その欲求とは、自転車を思いっきり漕ぎたい。それだけだった。
だが、この街でそれはできない。この街は他の街とは違うあるルールがある。そのルールとは『人に迷惑をかけるな』。
このルールのせいで、僕は子供の頃から、自由に遊ぶことすら許されなかった。
昔、人目を盗んで友達と鬼ごっこをした。
すると、近隣住民から「うるさい」と苦情が来たそうで、親は泣いてお金を払っていた。
この街では、迷惑をかけられた方が、お金を受け取る事ができる。
そう、この街はおかしいのだ。
(……と僕は今まで思っていた)
だが違うと、最近気づいた。この世は迷惑をかける事こそが罪。
息が詰まりそうだとも思わない。
「っ!」
僕は、知らず知らずのうちに、唇を噛んでいた。
(違う。本当は、はしゃぎたい。友達と馬鹿騒ぎしたい)
なのに、それを許してくれない人がいる。
僕は自転車のハンドルを握りしめて涙を堪えた。
「——あの。私、ここにいますよ」
「……え?」
一瞬、理解ができなかった。だが、それは冷や汗と共に僕に事実を伝えた。
そう、僕の目の前に人がいるのだ。
「って! うわああああ!」
「いやー!!」
ドン! と音をたてて、見事に、目の前にいた男は吹き飛ばされた。
(嘘だろ)
目の前が波のように揺れた。
「ど、どうすれば……。親にどう説明すれば。それに……人に迷惑をかけちゃった……」
(終わった。人を殺したうえに、罰金まで払わせられるなんて……)
「うっ、うう……うわあああん!!」
「あのあの。どうされました?」
「……え?」
僕は、目を疑った。そこにいたのは先程、僕がぶつかった男だった。その男はハンカチで血を拭きながら、言った。
「いやー。子供ってのは恐ろしいですなあ。前を見ずに自転車を漕ぐとは」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いやいや、大丈夫ですよ。どこも怪我してませんから」
と、男は血を拭きながら言った。
僕は当然、こう訊いた。
「いや、血が出てるじゃないですか!!」
「……あ、これ、ケチャップです」
と男が言った。
「……へ?」
僕は目を丸くした。
「いやー。ケチャップを大量に購入した帰りだったんですよ」
「……ってことは。僕はあなたを怪我させていない?」
「はい」
「よかったー。……じゃないですよ! ケチャップを無駄にしちゃって……あの、ごめんなさい!」
僕は必死に謝った。この街の掟、その裏道。それは、相手に許してもらうこと。
「……別に謝らなくてもいいですよ。私、この街の人間じゃないですから」
僕は涙ながらに言った。
「ぼんどうでずが?」
「はい」
涙が止まらなかった。
「ありがどうございまずう!!」
僕は男に泣きついた。
「いやいやー。しかし、治安の良さをうたっているこの街も、ここまで来るともう、治安どころじゃないですねー」
「あ、あの! 名前を教えてもらってもいいですか?」
僕は嬉しくて、つい、そう言ってしまった。
「いいですよ。花田さん」
「——え?」
(なんで、僕の名前を……)
「ふっふっ。驚きました? 私、この街のことならなんでも知っているんですよ。あ、私は釜打と申します」
「……そうなんですね。釜打さん。あの、本当にありがとうございます」
「はい。では、くれぐれも安全運転を〜」
「はい!」
そして僕は、何事もなく家に着いた。
次の日。
僕はまた、学校からの帰り道で、自転車を思いっきり漕ぎたいと感じていた。
その時、横から声が聞こえた。
「気持ちいいですね〜」
「え! あ、あなたは! 釜打さん!」
僕の横で、釜打さんが自転車を漕いでいた。
「気持ちいいですね〜」
「は、はい! そうですね!」
僕がそう言うと、釜打はニヤッと笑い、言った。
「しかし、もっと早く漕げば、もっと気持ちいいでしょうに、何故しないのですか?」
「……それは、危ないからですよ。昨日の釜打さんみたいに、交通事故の事を考えると……」
釜打さんはまたも笑った。
「本当にそれだけですか?」
僕は、釜打さんに悩みを話した。
「実は、小さい頃から『人に迷惑をかけるな』と教えられていて」
「ふふふ。やはりそうでしたか。よろしい。私がその呪縛から解いてあげましょう」
「呪縛から解く? 一体どうやって?」
「ふふふ。私にお任せあれ。明日、この河川敷で待ってます」
僕は不思議に思いながらも、無事に家に着くことができた。
次の日。僕は釜打さんの言う通りに、河川敷で待ってた。
僕は芝生の上で寝転び、雲を見つめていた。
「こんにちは」
「っ!?」
突然現れた釜打さんの顔に驚いた。
「いや〜。早いですね〜。子供にしては、しっかりしている。この街の影響でしょうか?」
(……? 釜打さんは何を言って……?)
「では行きましょうか」
「行くってどこへ?」
「自転車を思いっきり漕げる場所です」
と釜打さんが言った。
(自転車を思いっきり漕げる場所?)
「あの、釜打さん。そんな場所があるなんて、上の人間が黙っていませんよ」
「はい。確かに、この街はおかしいことに、遊び場所と呼べる場所が一切ない。ボウリング場も、ゲームセンターも、一切、見当たらない」
(ゲームセンター? ボウリング場? 釜打さんは何を?)
「ですが、あるのですよ。こんな街だからこそ、溜まるストレス。それを解放する場所が!!」
と言った釜打さんの言葉に胸打たれた。
「では、行きましょうか〜」
と釜打さんが言った。
「はい!」
と僕が言った。
僕が連れられて来られた場所は、暗いジメジメしたビルだった。
そこは、素晴らしい場所だった。
そこにいる人々は皆、自由に遊び、喧嘩していた。まさしく、僕が望む自由の国だった。
「では行きましょうか、花田さん」
「……はいっ!」
僕の胸は期待でいっぱいだった。
連れて行かれた場所は、どこまでも速く、自転車を漕いでいい場所だった。
僕は釜打さんと一緒に自転車を爆速で漕いだ。
最高の気分だった。
そして、五時間ほど遊び、そこを出た。
「釜打さん。楽しかったです!」
「それはよかったです。子供はああやって、自由に遊ぶのが一番ですからねえ」
「はい!」
「ですが、ルールは守らなくちゃいけません」
突然、釜打さんがそんな事を言い出した。
「花田さん。ここに来るのは週一にしてください。じゃないと、中毒になってしまいますからね〜。ストレスは溜めてから抜かないとダメですよ〜」
僕は、釜打さんが何を言っているのか分からなかった。だけど、釜打さんが言っているんだと思い、頷いた。
「それはよかったです。花田さんは本当に子供とは思えないほど、大人ですねえ〜」
「……えっと。ありがとうございます」
僕は照れ臭そうにそう答えた。
「ふふふ。では、これで」
「はい!」
「安全運転を〜」
「分かりました!」
そして、僕は帰路についた。
その途中、僕は呆れるほどに、興奮していた。初めての感覚。それに、陶酔していた。
そして無事に、家に着いた。
次の日。今日は土曜日だ。
僕は朝から河川敷にいた。昨日の感覚が忘れられずにいたのだ。僕は少しずつ自転車のスピードを上げた。
ドン! ドン! と音をたてながら、僕は自転車を漕ぐ。
いつもよりも速く。いつもよりも爽快に。
ドンドン! と音をたてて。
「楽しい! 楽しい! 楽しいよお!!!」
そして、声が聞こえた。
「そこの学生、止まりなさあーい!!」
僕はそれでも、スピードを緩めなかった。
最高の気分だった。
やはり、子供は風の子。
自由に遊ぶのが一番だあー!!
そして僕は、ドンっ! ドンっ! と河川敷で自転車を漕いだ。
「いや〜。まさか、あの真面目な青年が人を十六人も殺すとは……。世の中わからないものですねえ」
釜打は街を後にする。
「子供は自由に育てたい。それはいいですが、限度を考えないと、ダメですよねえ〜」
【終わり】
最近、あるアニメを見ました。いつも笑ってるセールスマンが出てくるですよね。面白かったです。
この作品は、その作品に強い影響を受けて作られました。
ですが、何を伝えたいかは僕が考えたので、一応、オリジナルです。(多分)
読み終わったら、ポイントを付けましょう!