決勝までは再び少しの時間が空くので、他の試合を観戦したり食事を取ったりして時間を潰した。
そして、そろそろ控室の方に向かおうかというところで、団体さんを引き連れて堂々と通路を闊歩する熊親爺と来合わせる。
私は即座に威儀を正した。それこそ慇懃無礼なぐらいに。
「これはこれは――ベルンハルト中将、ご無沙汰しております。覚えていらっしゃいますでしょうか、リンです。お変わりないようで安心いたしました」
「フンッ、貴様もな。相も変わらず、トンチキなことばかりしておるそうではないか。あの〝狂王〟にまで盾突きおるとは。よくも、今日まで生き永らえられたものだと感心するわい!」
あの時のことは忘れていないぞと、釘を刺すかのようなトゲトゲしい敵意をひしひしと肌に感じる。しかし、何か出来る訳でもあるまい。それこそ、出来てアメ玉をどうにかする程度の嫌がらせが精々。
だが、私はベルンハルト中将が犯人だとは全く思っていなかった。確率で言えば1%ぐらいの可能性はあるだろうが、彼はそういうみみっちいことを嫌う男だ。
「その節はどうも。私も、敵の大将と一騎打ちをさせられた時の事は今でも夢に見ます。しかし、あの時も今も、私を助くは天より授かった才かと存じます」
「抜かすわ。ヘレナ嬢の権威なしには粋がれぬ悪たれが」
「――あァ?」
ぶらり、と腕を垂れ下げ、手中に収まるカラギウスの剣をチラつかせる。
「今、この場に居る全員を斬り捨ててしまえば、何もヘレナに揉み消してもらう必要もないんですけれどねぇ?」
しかし、ざわっと動揺したのは周囲の秘書官、護衛らだけで、ベルンハルト中将は私の脅しを鼻で笑った。
「ハッ、肝が据わっとるのかイカれとるのか判然とせぬ奴よ」
お褒め頂き光栄である。
「ふふふ」
「がっはっは」
私たちは乾いた笑いを場に響かせあった。
しかし、ベルンハルト中将までベレニケに来ているとは。そっちこそ、警備で来たのか来賓として来たのか判然としない野郎ではないか。
もう暫く雑談に興じて彼が何をしに来たのか聞き出してもよかったのだが、折からに慌てふためいた様子のシンシアが駆け込んできたので、その考えは立ち消えになる。
「お、お姉様、やっと見つけました! 大変です!」
「どうしたのよ、シンシア。相変わらず騒々しい。私は今、こちらの殿方とお話ししているところなのだけれど」
「あっ、ベルンハルト中将! こんにちは!」
シンシアが頭を下げて軽く挨拶する。そして、すぐに私の方へ向き直った。
「とにかく、今すぐ来てください! 大変なんです!」
最初は、シンシアがさっきの試合で神聖エトルリアの代表選手にこっぴどく負けたのを慰めて欲しいのかとも思ったが、どうやらそういうどうでもいい用事ではなさそうな雰囲気だった。
「こっちです!」
シンシアが私の袖を強く引っ張ってくる。行き先は、ちょうど私が向かおうとしていた控室の方角と同じだったので、変に抵抗せず付いてゆく。
私は引っ張られながら後ろを振り返った。
「――そういう訳ですので、お先に失礼します。また近いうちにちゃんとしたご挨拶にお伺い致します」
「来るな」
心底うんざりした表情で言われてしまった。少し王党派と軍の動きについて探りを入れたかってみたかったのだが、ここまで手酷く振られてはそれも無理だろう。
私はシンシアの方に頭を切り替えた。マネが、服の下からにょろにょろと触手を伸ばしてくる。
「おい、ウルセェの。何があったのか言ってみろよ」
「アメが……アメがまた無くなっちゃったんです!」
「また?」
控室前に付くと、殊勝にも見張りを買って出てくれたベンが落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。軽妙洒脱の軟派な伊達男が、今日は真面目くさった深刻そうな顔ばかりだな。
「ベン、何があったの?」
「リン君! ……す、すまない。僕が居ながら……みすみす賊の再侵入を許してしまった!」
どういうことかとベンを押しのけて控室に入ると、中に置いていた私の荷物がまたもや荒らされていた。
「アメがないらしいけど、調達自体はできたの?」
「ああ、その通りだ。倉庫などにあるものを頼み込んで買い取ってきたそうだが……今は、ご覧の有様だ」
ご覧の有様と言われましても。つまり、なくなってしまったと言いたいのだろう。控室はベンがずっと見張っていた筈だ。それなのに再侵入を許すとは。
まあ、善意でやってくれたであろうことを責めるのも何なので、文句は呑み込んだ。心の中で、彼の評価は下げたけど。
しかし、実際どのようにして犯人は控室に侵入したのだろう。
「僕は一度も入口前から離れていない。中には王党派の者以外は誰も入らなかった」
「王党派の者? それって、アメを運んできた奴ってこと?」
「ああ。準決勝中にポーラが、準決勝の後にヘレナ君がアメを運んで来た。ヘレナ君の方はリン君を探していたようだったが、聞いてみると『王が帰る前に会って話したいと言っている』とかふざけた用件だったから僕の一存で取り次ぎはしなかった。試合前なのに、変に煩わせてはいけないと……」
「そう、それは普通にありがとう」
こう見えても結構集中しているから、それを乱されずに済んだのは幸いだった。やっぱり評価は上げとこう。
「それ以降は誰も来なかったんだが……先程、急に中から物音がしてね。不審に思って入ってみたらこうなっていた。クソッ……試合開始直前のこの時を狙われた! きっと諸侯派の仕業だ! ベレニケ伯の差し金だ!」
「ふーん、成程ねえ……」
騒ぐベンを横目に散乱する荷物たちに触れてみると、さっきとは違って仄かに魔力の気配を感じた。既に感覚では魔法使いの魔力か月を蝕むものの魔力か識別できないほどに薄れており、それを調べられる魔道具を取りに行っている間に消え去ってしまうだろうほど微弱な気配。
こんなことなら、ナタリーさんに付いてきてもらうんだった。『魔力偏差検出器』の機能ならば、魔力波長を読み取ることも魔法使いか月を蝕むものかも見分けられるので、ある程度は犯人の目星を付けられたのに。
加えて、扉を経ず部屋の中に干渉するなんて、そんな芸当ができるものは魔法使いでも月を蝕むものでも限られている。
(たかが、嫌がらせの為だけにわざわざ魔法使いがこんな高度なことをする意味は見いだせないし……となると、そういう能力が備わった月を蝕むものの線の方が濃いのかしら?)
ふと頭を過ぎったのは『寄合』に居た子供だ。あの子供が撤退時に見せた、変態を壁の中に引き込んだ能力ならどうだろう。ベンの警備を擦り抜け扉を経ずにアメ玉を持ち出すことも可能かもしれない。
(だが、その目的はなんだ……?)
向こうの言い分を全て信用する訳ではないが、『寄合』は諸侯派とは無関係とのことだったが……。しかし、それが嘘だとして顔見せをしてきた直後に信用を損なう行動に出る意味も分からない。
なんとなくだが、犯人は『寄合』ではないような気がした。
「お姉様、決勝戦は棄権しましょう」
シンシアが力強くそう提案すると、ここぞとばかりにマネも「それが良いぜ」と乗っかる。
控室の検分を終えた私が冷めた目でシンシアの方を振り返ると、彼女は気圧されたように「うっ」と言葉を詰まらせたが、やがて決心したように震え声で意見を述べ始めた。
「お姉様の強さを疑う訳じゃありませんが、パルティア王国のファラフナーズは相当の使い手……アメ玉が一コもない状況では、きび、っきび……」
「ハッキリ言いなさい」
「きび……きびしいかと! 思います!」
さぞかし言いづらかったろう。私はシンシアの必死すぎる顔を見て、勝手な苛立ちで詰めるように威圧してしまったことを少し反省した。
「〝狂王〟の御前でした誓いについては……私も知ってます。不本意でしょうが……ここは王党派のツテを総動員して、どうにか誤魔化しましょう」
「オレ様もシンシアに賛成だ。誤魔化せるんなら、それが一番良い」
ムカつく提案だが、一理あることは認めなければならない。それがもっとも合理的な選択肢だろう。
「まぁね。目の前でおもくそ負けるよりは、それっぽい理由でもつけて棄権する方が安全策よね。でも、〝狂王〟を納得させられるような理由なんてそうそうあるかしら」
「かくなる上は……!」
何を思ったか、ベンが思いつめた表情で私に杖を向けてきた。
「ここで怪我の一つでも作っておくべきではないか!? そして、それを『寄合』の所為に致すとしよう! 棄権に正当性と説得力を持たすと共に警備体制の不備を糾弾できる! ついでにベレニケ伯を凋落させることもできよう!」
「バカ。それじゃ、私が侵入者の月を蝕むものごときに不覚を取ったと要らん誹りを受けるじゃない。良いわよ、そんなことしなくても」
私はベンの杖を押しのけ、代わりにシンシアの方へ手を差し出した。
「出しなさい」
「えっと、あの……ごめんなさい! お姉様からもらったアメは全部食べちゃって……」
「もう、アレは緊急時用って言ったじゃない。まあ、知ってたけど」
私は緊急時用のアメをベンや他の王党派のものに渡していた。しかし、それが誰からも出てこないということは、控室の中に纏めて置いといたのだろう。あるのならとっくに出してるだろうし。
ともかく、私がいま求めているアメはそれじゃない。
「それは良いから、胸ポケットを探ってみなさい。ほら、早く」
「胸ポケット……あっ」
そこからは包み紙に包まれたアメ玉が一コ、コロンと転がり出てきた。
「忘れてたでしょ」
「これ、いつの……」
「三ヶ月前」
私はずっと気付いていたが、面白かったので黙っていた。それが、まさかこんなところで役立つとは。
さて、そろそろ時間だ。
(――行くしかない)
行かなくては。このままだと自動的に棄権扱いで不戦敗になってしまう。
私は、なけなしのアメ玉一コを握りしめ、無言のうちに踵を返した。
「お姉様!」
「リン君!」
「リン!」
引き止める三つの声を強引に振り切り、なおも歩を進めると、後ろからどたどたと二人分の足音が付いてくる。私は振り返らず、控室の扉を突き飛ばすようにして通路に出た。
「アンタたちねえ……私を舐めてんじゃないの? 所詮は、マネにおんぶにだっこの味噌っかすだとでも? ――ふざけるなッ!」
一喝すると全員黙った。肯定も否定も言わない。あまりにも予想通り過ぎる反応にムカついてしょうがなかったが、アメ玉をマネに叩きつけてどうにか怒りを鎮める。
「――私は天才よ。今から、それを証明してみせる」
勇ましい言葉とは裏腹に萎縮しかける心を無理矢理に奮い立たせ、私は全力疾走して選手入場用の通路を駆け抜ける。
そして、決勝の舞台へと駆け上がった。
試合開始時間ぎりぎりかつ、他の試合は既に終わっていたこともあって、私の登場だけを待っていたらしい観覧席から安堵のため息が漏れた。しかし、パルティア王国のファラフナーズは些かも待ち倦ねた様子を見せず、ただ泰然と向かい側に佇んでいた。
(出来ているわね……ファラフナーズ!)
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