翌日、朝食を終えた私たちは『クラス拠点』の中央へ集められた。
座る私たちの前には、担任教師ではなくクラウディア教官が立っている。まさかまさか、予想外の人選である。半ば隠遁気味の教官までもが引っ張り出されているとは、今回の折節実習、もしかすると偶にある一筋縄ではいかないタフなやつかもしれない。
「クラウディア・ローゼンクランツだ。普段は初等部に基本的な体術を教える傍ら、剣術クラブで剣術を指導している。担任教師は皆の評価で忙しいため、代わりに私が三組の『クラス拠点』を任された。今後、説明や質疑応答は私がすることになる。以後、よろしく」
皆は他人行儀な拍手でクラウディア教官を歓迎する。ほどほどのところで、教官は拍手を収めさせ早速説明に入った。
「では、『サバイバル実習』の説明に入る。今回の折節実習は『陣取り合戦』の体で行われるとヴァネッサ先生より聞かされている筈だな。この『陣取り合戦』は、一日三回行われ、一回3セクションで構成されている」
説明に合わせて杖が振られる。すると、私たちの頭上に文字の群れが投影された。
『一日三回戦 一回3セクション 1セクション一時間(移動10分 戦闘50分)
8時~11時 一回戦 11時~12時 インターバル
12時~15時 二回戦 15時~16時 インターバル
16時~19時 三回戦』
一日がかりで合計9セクション。1セクションに戦闘時間が50分あるということはつまり、単純計算で一日に最大で450分(七時間半)も戦うことになるのか? これは相当にキツイ。
続いて、その文字の隣に戦場の簡略図だろう正三角形が現れる。正三角形は三等分され、右下部が赤色に、左下部が青色に、上部が黄色に光る。
〔図1.初期領地〕
これは旗の色に対応しているのだろう。右下の赤が一組、左下の青が二組、上部の黄色が私たち三組だ。
「まず、それぞれのクラスには49個の『拠点』と1個の『クラス拠点』が与えられる。これを奪い合い、最終的には他クラスの『クラス拠点』を制圧を目指す」
再び杖が振られ、『クラス拠点』から他領地へ向けて放射状の線が引かれ、その上に大量の丸が現れた。
〔図2.初期配置〕
この丸いのが『拠点』だろう。49個の『拠点』に頂点の1個の『クラス拠点』、合わせて50個、三クラス合計して150個。これらを奪い合えと。
一つだけ説明と異なっているのは、三角形の中心点にひときわ大きな『灰色の拠点』があることだろうか。疑問を抱くと同時、まるで私たちがそれに気付くのを予測していたかのように、ちょうどクラウディア教官が説明をしてくれる。
「これは『中央拠点』だ。クラスの戦略方針によっては、これが大きな意味を持つかもしれないし、全く無意味なものになるかもしれない」
何とも意味深長な言葉だ。すぐにでもその意味を詳しく聞きたかったが、機先を制するように「質問は後にまとめてするように」とクラウディア教官が釘を刺してくる。受け付けてはくれるようだから、聞くのは後で良いだろう。
「第1セクションが始まると、お前たちは攻撃側1クラスと防衛側2クラスに分かれる。攻撃側は1セクションごとに交代し、3セクションの間に一組→二組→三組の順で回ってくる。そして、10分の移動時間中に攻撃側は攻める『拠点』を、防衛側は守る『拠点』を選択する」
この時、二つの制約があるとクラウディア教官は言う。
一、ある『拠点』に派遣できる人数は必ず二人以上。
これは生徒同士の連携を見たいからであり、上限は特に設けていないそうだ。
二、攻めることのできる『拠点』は、既に所有している『拠点』から縦横斜めに隣り合っている『拠点』のみ。
〔図3.拠点間連絡網〕
二の説明に合わせて、蜘蛛の巣のような破線が『拠点』間に細かく張り巡らされた。攻撃可能な『拠点』はこの線が繋がる先のみで、いきなり間をとばして『クラス拠点』は攻められないということか。まあ、当たり前といえば当たり前だ。
「10分の移動時間が終わると即座に簡易的な結界が展開し、50分の戦闘時間に入る。戦力が均等でない戦いの中では、きっとあらゆる不都合が君たちを襲うことだろう。だがしかし、その上でベストを尽くしてみせてくれ」
戦闘の混乱で使い魔がうっかりルール違反を犯してしまわぬようにだけ気を付けてくれよ、とクラウディア教官は何度も念押しする。最近は治癒魔法も進歩しているので、そこまで重大な事故には繋がらないだろうが、左腕のない教官が言うと結構な説得力があった。もし、殺してしまったら治癒もクソもない。留意しておこう。
「この戦闘で攻撃側が勝利した場合、或いは誰も守っていない『拠点』を攻めた場合は、『拠点』の奪取に成功しクラスの版図を広げられる。だが、決着付かず時間切れになったり、敗北を喫してしまった場合はそのままだ。そして、どちらの場合でも間を置かず次のセクションの移動時間へ入る」
ルールは直感的なので理解はそこまで難しくない。要は勝てばいいのだ。勝てば奪えるし、守れる。逆に負ければ奪えず、奪われる……それだけだ。
「期間は本日8月15日~21日までの七日間だ。――と、まあ、私に用意された説明は以上になる。何か質問はあるか?」
その問いかけに対し、いの一番に「ハイ」と品良く挙手してみせたのは、三組のリーダー格であるヘレナだ。彼女は王族公爵の嫡女であり、自然と物事の中心に立っていることが多い。
今回も、生来のリーダーシップを発揮する気満々のようで、綺羅びやかな長髪を靡かせながらすっくと立ち上がる。
「期間中に『クラス拠点』を奪った場合、奪われた場合、また奪えなかった場合と想定できますが、どのように勝敗や優劣を付けるのですか?」
「ほう、良い質問だな。それは確か加点対象だったぞ。喜べ」
教官の言う通り良い質問だ。想定は容易だが、キチンと明確にしておくに越したことはない。しかし、やはり説明をクラス別に分けたのは、そういうところも見るためか、油断できないな。
「どこかの『クラス拠点』が奪われた場合、まずそこの所持する『拠点』が全て奪ったクラスへ譲渡される。奪われたクラスはそこで『サバイバル実習』を終了し、残った二クラスは続行だ。この時点では奪ったクラスが一位、奪われたクラスが三位、そのどちらでもないクラスが二位となる。この後、二位が一位の『クラス拠点』を一つでも奪えば順位は逆転だ。この時、もともとの一位の『クラス拠点』を奪った場合は総取りで『サバイバル実習』も終了だ」
要するに『拠点』をいくら取っても足がかり以上の意味はなく、順位を決するのは『クラス拠点』。狙うべきはそちらということか。
「――そして、どこも『クラス拠点』を奪えなかった場合は、ポイント制にて優劣を決する」
ポイント制? ここで思わぬルールが飛び出してきた。
「『拠点』の制圧状況に応じて、一日ごとにポイントを付けていく。このポイントは毎日公開される」
「なるほど……」
ヘレナは少し考えるような素振りを見せた後、続けて質問した。
「進行上、伸び切った戦線を断たれ孤立した『拠点』が生まれうると思われますが、その場合はどうなるのですか?」
「孤立した『拠点』は、例外なく分断したクラスの『拠点』となる。先の『クラス拠点』を巡る『拠点』の総取りも、このルールに準拠するものだ」
孤立した『拠点』は、孤立させたクラスの総取り。『クラス拠点』が陥ちれば他の『拠点』全てが孤立したと見做される訳か。
このルールは今のうちに知れてよかった。一気に複数の『拠点』をやり取りするとなれば、攻防の焦点となること間違いなしだ。いざその状況になってから狼狽えずには済みそうだ。
「では最後に、『中央拠点』について。この『中央拠点』だけは3クラスの初期領地全てに跨っているように見えますが、どこの所属なのですか? そして、これは一体どのような役割を果たすのですか?」
「どのクラスの初期領地でもない。ゆえにどのクラスも攻められるし、またどのクラスも守れる。つまり、一度どこかのクラスが占領するまで、ここは三つ巴の形になる訳だ。一度どこかのクラスが占領してからは通常の『拠点』と同じ扱いをする。三クラスの領地へ繋がる結節点として、激戦区の役割を果たすことを我々は期待している」
「先程、女史は『クラスの戦略方針によっては大きな意味を持つ』と仰られていましたが、その意は?」
「『中央拠点』に近ければ近いほど『拠点』のポイントは高く設定されている。ゆえに、クラスがポイント制での勝利を考える場合は『中央拠点』を軸に戦いを展開することになるだろう」
「中央に近いほどポイントが高い……そうですか、私からは以上です」
ヘレナが質問を終えると、教官は他の生徒たちの顔を見回した。誰も質問はないようだ。疑問は全て、ヘレナが代弁してくれたから。
そんな生徒の様子を確認し、クラウディア教官は大きく頷いた。
「では、これから九時の開始時刻まで好きに作戦会議でもしていてくれ。武器はあちらのテントに纏めておいてある。戦闘の中で消耗するだろうから、山ほど用意しておいた。ああ、それと質問は常時受け付けているので、分からないことがあればいつでもなんでも聞いてくれ」
それだけ言うと、教官は武器があるというテントのもとへさっさと歩いて行った。
(……畜生、あんまり良いところ見せらんなかったわ)
これでは、ただでさえ高いヘレナの株がまたもや上がっただけだ。ここから挽回して行かなくては。
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