3.宝探し実習
前期・大魔法祭が終了してから二日。私たち学院生は、まだベレニケに留まっていた。
後回しにされていた夏の折節実習は、全学年一律でベレニケを舞台にした『宝探し』だと昨日、通達された。
それを聞いた時、私はきっと眉をひそめていたと思う。何故って、『宝探し』なんて初等部が地図の読み方を習った後にやるようなレクリエーションに近い内容だ。私も、初等部二年の頃にやった覚えがある。
(大魔法祭で忙しかったから、折節実習の方は手抜きしたのかしら?)
いつもと同様、期間はたっぷり一週間ほど。その上、街中が舞台ということで戦闘行為は有事でもない限り原則禁止。
そんな訳で、生徒の中にはこの折節実習では点数が稼げないと見て、早々に遊び出している者も見受けられる。それも正解だろう。なにしろ、監視する教師陣が何処にもいないのだ。隠れて採点しているという風でもなく、私たちは完全に放置されている。
姿の見えない教師に代わり、さっきから『聖歌隊』の連中が目につく。更に警察や軍隊といった円形闘技場の警備を担当していた連中もしょっちゅう見かけた。
既に〝狂王〟はベレニケを発ち王都へ帰還したというのに、彼らは未だベレニケに留まっているようだった。
そして、私たち生徒もまた、このベレニケに留まらされている。
ここにもう一つ気がかりを付け加えると、不鮮明なヘレナの動きがある。いつもなら折節実習の度に「王党派として活躍しろ」とうざいほど激励してくるというのに、今回に限って開始からその行方をくらませている。
「おかしい……やっぱり、何かおかしいわ……」
私もご多分に漏れず『宝探し』をほっぽり、カフェのテラス席で休憩しながら思索に耽る。すると、やにわに横合いからマネの触手が伸びてくる。
「……リン、お前最近やべえぞ」
「何が?」
「分かってんだろが、いちいち言わせんな」
心当たりが多すぎた。その中でもっとも直近の出来事は、大魔法祭の前々日、〝狂王〟に対し『生命』をかけて勝利を誓ったことだ。取り敢えず、そのことだろうと当たりをつけて言い訳することにした。
「……アレは王の知遇を得たかったのよ。王党派の支配下から脱し、自由の身で晴れて『星団』に入る為にね」
「そりゃあ、目の前で見事に二連覇を決めてみせたんだから覚えは良くなったろうがよぉ。それにしたって、〝狂王〟が王党派に廃位させられちまうってんなら何の意味もねえ」
「誓った時はそんなこと知らなかったんだから、しょうがないでしょ。それに、それも時期次第よ」
魔法学院を卒業する前に〝狂王〟が廃位させられてしまうなら確かに何の意味もないが、私が『星団』への推薦を得た後に廃位させられるのであれば……。
「誤魔化すなってんだ。自分をよォ!」
「……分かってるわよ。でも、王の覚えが良くなったことは後々利用できるかもしれないし無駄じゃないわ。――それに! そういうアンタだって最近おかしいわよ! 前は『お前が舐められるってことは、オレ様が舐められるのと同じこと』とか言ってたじゃない。なのに、私が反発しだしたら今度はやり過ぎって? 一体どういう心変わりな訳?」
「ケッ……」
ようやくマネが黙った。けど、勝った気はあまりしない。マネの言う通り、自分を誤魔化しているだけだからだ。
(……それもこれもヘレナの所為だ!)
マネの指摘する私の問題行動は大体ヘレナに対抗しようとしてのことなのだから、これは全てヘレナに責任があるといっても過言ではない。
……もちろん、それは冗談だが。
あまりにも言われるので、少しは自省を心がけるとしよう。まあ、それはそれとして、絶対にヘレナを出し抜いてやるという決意に変わりはない。
〝狂王〟の件に関しては、廃位決行の時期が分からないとどうにもならない。今は情報収集に専念しよう。
そろそろ約束の一年だ。何か、ヘレナが新しい情報を齎してくれると期待しよう。反故にされた時は宣言通り生皮を剥げばいい。しかし、そうはならないだろうと私は高をくくっていた。
(なぜだか、ヘレナは私が『革命』に協力すると確信している……)
頭がおかしいのだろう。
でなければ、家族を人質にするつもりだろう。
言葉にこそしないものの、今や私の故郷ドマ村の土地管理官が全て王党派の息がかかった者へ入れ替わっていることを考えれば、実質的に私のママや妹たちは人質に取られているようなもの。
現状を顧みて、気が重くなった私はすっかり冷めてしまったコーヒーをちびちびと啜った。
「――あら、そこにいるのはリンさんではありませんこと?」
「ああ……誰かと思えばロクサーヌじゃない」
「よっす、ロクサーヌ」
ご機嫌よう、と偶然にテラス席の側の道を通りがかったらしいロクサーヌ一行が立ち止まって挨拶してくる。相変わらずのロクサーヌの能天気な面を見て、少し心が和んだ。
彼女の首元には、私がレイラ(フェイナーン伯)からもらった【活力】の加護付きペンダントがぶらさがっていた。魔力量に腐心するロクサーヌの姿が、過去の自分と重なって不憫に思ったのでくれてやったのだ。
レイラは「安物だ」と言っていたけれど、意匠のセンスが良いおかげか中々ロクサーヌに似合っていた。私なんかが付けるよりも。
取り巻きの連中にも適当に挨拶する。コーネリア、サマンサ、そしてロクサーヌ一派と完全なる復縁を果たしたニナ。それとミーシャにも挨拶したが、恥ずかしいのかミーシャは小さな声で何事かぼそぼそと言ったきり、持っていた大きな本で顔を覆い隠してしまった。
こっちもこっちで変わってないというか、なんというか……まあ、いいや。
「アンタたちも『宝探し』は止めて観光?」
「いえ、一応は続けていますわ」
「一応なんだ」
会話しながら彼女たちもカフェに入店し、隣のテーブルについた。
「この折節実習にはおかしな点がいくつもありますわ。ちょうど今はその話をしようかと、どこか落ち着ける場所を探していたところですの」
「へえ、私も同じこと思ってたとこよ」
「リン、貴方はあのクソッタレのヘレナからなにか聞いてない訳?」
取り巻き筆頭、コーネリアがぶっきらぼうに問いかけてくる。
「何で私?」
「知らないの? 今回の折節実習は、王党派の熱烈なプレゼンが決め手だと聞いてるけど? 今や、私より貴方の方が王党派の中核に近いじゃない」
王党派が……? 寝耳に水だ。そこそこ良い家のコーネリアも詳細を知らないということは、相当に秘匿されている案件らしい。だが、『聖歌隊』も動いているということは、民宗派が絡んでいることには違いない。だのに、王党国教派の主導ではなく、王党派の主導で……?
(……きな臭くなってきたわね)
ふわっとした疑念が、一気に確固たる形を得て仄かにきな臭さを放ち始めていた。
「……教えてくれてありがとう、知らなかったわ」
こうしちゃいられないと、ロクサーヌたちと入れ替わるように私は慌てて席を立った。
「リンさん、そんなに急いで何処へ向かわれるのですか?」
「実は私、これからマチルダとポーラに呼ばれているのよね……きっと、その話だ。めんどいからフケようと思ってたけど、やっぱりいかなきゃ」
お釣りも受け取らずに手早く勘定を済ませて店を飛び出す。
「リン、私たちが聞いても大丈夫な話だったら後で教えなさいよ。そうじゃないなら別に良いわ」
「が、がんばって!」
テラス席のコーネリアとミーシャの激励を背中に受け、私は走った。途中、広場の真ん中に設置された時計が目に入る。
(ヤバ……! もう約束の時間から一時間も経ってる! マチルダとポーラ、怒ってるだろうなぁ……)
「――遅い!」
「ご、ごめんなさい、ポーラ。ちょっと……道に迷ってて」
案の定、怒り心頭のポーラに拙い言い訳をしながら、待ち合わせ場所である宿の一室の扉を閉じる。一時間も遅れてきた所為か、マチルダはもう居ないようだった。
この宿は、ベレニケには数少ない王党派の支配下にあり、魔法的な防諜対策も万全である為、諸侯派の耳目を避けて密会するにはうってつけの場所である。
「まったく……なんで、ベンはこんな奴の名前を覚えたのかしら……」
ポーラは、ウェーブのかかった髪の根っこにまで深々と細い指を突き入れ、頭皮をガリガリと掻き毟った。
開通式の後、仲を取り持ったこともあってポーラは私に好意的な態度で接してくれた。しかし、彼女の神経質なところが私の適当なところと相性が悪く、今ではすっかり元通りで結構当たりが強い。
一方、ベンとの関係は上手くいっているようで、その辺に関しては恩を感じてくれているらしく、気分の良い時は割と庇ってくれたりする。今はちょっと……アレみたいだが……。
荒れる彼女をこれ以上見ていられなかったので、乱暴に頭を掻き毟る彼女の手を優しく制しつつ、さっさと本題に入ってもらおうと私は口を開いた。
「そ、それで、今日は何の話だったのかしら? 早く聞かせて」
「そうね、さっさと話して別れましょう……それがいい……それがいいわ……このままだと私の精神衛生が侵されるぅ……あぁ!」
ブツブツと何度も自分に言い聞かせた後、ポーラはいけ好かない貴族の皮を被り咳払いを一つした後、台本を読み上げるように淡々と声を発した。
「貴方に王党派として任を与えます。矮小な身の上で、このような栄誉に浴する機会に恵まれたことを感謝なさい」
「はいはい……で、その内容は?」
ポーラは、すうっと一呼吸の間をおいてから言った。
「貴方の任、それは――『指輪』の捜索です」
「ちょっと待って」
今度は私が間を取る番だった。理解するのに少々時間を要したが、こういう文脈で出てくる指輪といえばあの指輪しかない。私がニナから譲り受け、そして諸侯民宗派に盗まれたあの『指輪』しか。
「その『指輪』って、もしかして――」
「貴方が想像している通りの物で間違いないと思われます。諸侯民宗派が何らかの目的で蒐集している『指輪』、その類似品と思しき物がこのベレニケにて目撃されたとの情報がありました」
フェイナーン伯の一件とツォアル事変を通じて、民宗派に注目が集まった結果、彼らの求める『指輪』ついてもよく取り上げられるようになった。
捕らえた月を蝕むものへの尋問や民宗派アジトへの踏み込みなどにより、『指輪』は複数存在することが判明したのが『ツォアル事変』の数ヶ月後のこと。
それから、イリュリア国教会は直ちに『回収令』を発した。とにかく、指輪状のマジックアイテムを手当り次第に集めさせたのだ。それが問題ないものであれば、礼金と共に返却するとして。
(実際は『嫌疑がかかった』としてほぼ返却はされてないみたいだけど……)
まあ、それは別にどうでもいい。
そこから更に数ヶ月が経過した今、国内の指輪状のマジックアイテムは殆ど回収された筈である。
そんな『指輪』がここにあったって?
「……その辺に落ちてたって事もないでしょうから、何処かの古物商とかで売ってた訳?」
ニナの父親も、元は古物商から親交の証として『指輪』を譲り受けたと聞いている。ポーラは深く頷いた。
「ヒジャーズの行商人が開いていた露店にて、ガラクタのような物品の中に埋もれるようにして『指輪』らしきマジックアイテムが無造作に陳列されていたそうです。見つけたのは王党派の役人で、その時は値段分の金銭を所持していなかった為、取り置きを要求して急いで自宅へ戻りました。しかし、その間に通報を受けてやってきた警察の指導によって、無許可だったその露店は撤去させられていました」
「じゃあ、その『指輪』はもうベレニケにはないんじゃないの?」
「それが……その商人は、撤去中に通りがかった購入希望者に荷物になるからと二束三文で『指輪』を売り払ってしまったようなのです」
「なるほど……で、その後の『指輪』の行方は?」
「追えていません」
事情は理解した。
商人が『指輪』の価値に気付かなかったことは責められない。私だって、アンティークである以外に大した価値を感じていなかったのだから。
「ところで聞くけど、それっていつの話よ?」
「一ヶ月ほど前です」
そこのところが、どうにも一つ腑に落ちない。『指輪』の行方がすっかり途絶えているにも関わらず、なぜまだベレニケにあると決め打ちして、無益な折節実習までねじ込むほど大規模な調査を行うのか。それに足る情報が他にあるとでもいうのか。
「なぜ、まだベレニケにあると?」
「我々王党派は秘密裏にヒジャーズ商人へ接触し、『指輪』の購入者の人相書きを作成しました。それがこれです」
ポーラの提示した紙切れを覗き込み、私は顔をしかめた。そこに描かれていたのは至って普通の肌の浅黒い土着民系の成人男性で、服装も顔立ちも背丈も髪型も、彼を構成する全てが一般市民然としていて特徴的な部分は何一つない。彼を探そうとしたって、往来を行き交う人々を見渡せば似た人間が無数に見つかることだろう。それこそ、石を投げれば当たる。
しかし、裏を返せば外国から来た商人などではなさそうだ。この風体なら、ほぼ間違いなくベレニケ周辺に居を定めるイリュリア国民と見ていい。
「……でも、それだけでここまで大それたことをする? こっそり使用人とかに調査させれば良くない? 私がやる意味あんの?」
「さあ……ヘレナ様の神算鬼謀は私なぞには考えも及びません。とにかく、貴方は言われた通りにすれば良いのです」
ムカッ。今の言い方はカチンと来たぞ、ポーラ。
私も、『指輪』に関しては気になっているから話の腰を折るようなことはしない。だが、私は結構根に持つタイプだからな。後で覚悟しとけよ……!
私が心中で怒りを募らせているとは露知らず、ポーラはやっと役目から解放されるという清々しい笑みを浮かべ、ヘレナから受け取ったらしい指令の最後を伝達する。
「貴方は、露店が開かれていた場所へ赴き、その近辺の人々に『指輪』の行方に関する情報の聞き込みをしてきなさい。もちろん、極秘の任です。くれぐれも民宗派や諸侯派へ事が露呈するのだけは避けるように」
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