――敵は三人。こちらに気付いた様子はないぜ。
偵察として先行させていたマネの報告を聞いてから、私は解放を使い扉を蹴破った。
「うっ――!」「て、敵――!」「おのれ――!」
寸断される断末魔の叫び声を次々に後方へ置き去りにしながら、奇襲を続けて民宗派の首を刈り取ってゆく。ロクサーヌは容赦なく殺したが、私はカラギウスの剣を非殺傷設定で転がしておくだけに留めた。
不殺を信条としている訳ではないが、私は他人に命令されて人を殺めるという行為に吐き気を覚えるのだ。それに後で情報も引き出せるし、無駄にはなるまい。
ただし、『ルクマーン・アル=ハキム』と『ソーテイラー』に関しては、私自身としても殺すべきだと思っているので殺す。そこの方針に関しては、しっかりと全体と意志を共有しているので私はこの作戦に参加している。決して、命令されたからではない。
「こんな小娘ごときに――!」
奇襲攻撃はかなりの効果を上げているようで、混乱の抜けきらない敵はさしたる抵抗を見せることなく一人、また一人と現れては我が剣の前に倒れていった。
(余裕ね……今のところは)
ただの一度も二の太刀を振らずに進んでこれたおかげで、未だロクサーヌにも追いつかれていない。
だが、このまま何事もなく終わる筈があろうか。さっきから、この壁の先に何か、巨大な魔力が深奥で渦巻くような不気味な気配を感じる。
そもそも民宗派は、国教会、軍隊、そしてイリュリア王国を全て敵に回しながら、今日に至るまで大立ち回りを演じてみせた連中である。私に、それができるかと問われれば――その答えは「できない」なのだから。民宗派の指揮を執る天才二人の力量は推して知るべしである。
舐めてかかれば、潰されるのはこちらになるだろう。
「全く、その優れた能力――この国のためにでも使ってくれりゃあね! おかげで世の中荒れ放題よ!」
「言うなよ。人間――いや、魔族・魔物に話を広げてみても、それらがひと纏まりになった時代なんてないぜ」
「言わせなさいよ! 言うだけならタダでしょうが!」
一足とびに廊下を踏破し、ほどなく目的の『研究室』へ到着するといった時のこと。突然、横合いのドアが勢いよく開き、そこから白い塊が飛び出してきた。戦闘で昂ぶった私の神経が、瞬時にその正体を見極める。
それは骨髄まで凍りつくような氷属性魔法だった。
私は上体を折り曲げることで魔法を躱し、敵の動向を注視しつつ剣を構えた。だが、扉の向こうに現れた白色のシルエットを見て警戒態勢を解く。
「――あら、グィネヴィアじゃない」
「チッ……リンかよ」
グィネヴィアは舌打ちしながら大杖を振り、彼女の背後から襲いかかってきていた異形を瞬く間に氷漬けにした。
「アンタも来てたの? 命令違反ね」
「そっちもだろうが」
どうやら、私と同じく独断専行してきたグィネヴィアと鉢合わせになったようだ。しかし、これはおかしい。作戦要綱によると私は内海の南東方面から突入したのに対し、グィネヴィアは南方面から突入している筈。だいぶ離れていたように思うのだが……。
けれど、考えてもみれば標的は二人しかいないのだから、『ルクマーン・アル=ハキム』を先に仕留めようとして『研究室』近くに集まるのは自然な成り行きかもしれない。
急場ゆえ一端疑問には蓋をし、効率よく事を進めるためにここらで情報交換にでも勤しもうと、私はさっさと先へ進もうとするグィネヴィアに話しかける。
「ねえ、アナスタシアはどうしたのよ。一緒の入口だったでしょ」
「入口に置いてきた。――つーか、そっちだってロクサーヌの姿が見えないけど? さっきから何つっかかってきてんの? 先に殺されたい?」
グィネヴィアの杖が私に向けられたので反射的に顔を少し横にズラすと、そこから撃ち出された魔法が私の背後にいた敵に突き刺さった。
(魔法より先に口を出せよ!)
まあ、私も敵が来てたのは分かってたから、別に良いけれど。
「ロクサーヌには入口を塞いでもらったから、それで遅れてるだけ。私は少し先行しているだけで――」
言いながら、はたと気付く。
(ロクサーヌはまだ来ないの……?)
後ろを振り返ってみても、そこには誰の気配もない。
(はぐれ――いや、そんな筈はない!)
私はまっすぐにここまで来た。着いて来やすいように痕跡としてマネの体組織を紐状にして地面に残してきた。マネに解放を惜しみなく使わせていたとはいえ、敵を倒しつつ万全の索敵をしつつの道中は、ロクサーヌの行軍速度と比べてもそう早いものではなかった筈だ。
考え、そして――その答えらしきものへ至る。
「なるほどね……これか、これが原因なの?」
その時、私は壁の深奥に渦巻く魔力の気配の正体に至った。
「グィネヴィア! アンタもまっすぐ研究室に向かって進んだ筈よね?」
「――は? そうだけど、急にどうしたのよ」
「落ち着いて聞きなさい。この本拠地は魔法仕掛けよ。このままでは標的の二人に逃げられるッ!」
耳を壁に当ててみると、大きな岩が山の斜面を転がり落ちるような音と振動が確かに伝わってきた。間違いない、この本拠地は今も少しずつ動き続けている。
「何をデタラメを……」
「デタラメ? おかしいとは思わなかったの? どうして、私とアンタが正面から出会えたのかって」
「――チッ」
私の指摘によって、同じ違和感を共有したらしいグィネヴィアは舌打ちで私の言葉の正しさを認めた。
私は南東から、グィネヴィアは南から突入した筈である。だのに、お互いに本拠地の中心方向に位置する研究室をまっすぐ目指して正面から鉢合わせになるなど、とてもではないが尋常の事とは思えない。
「リン。貴方の言うことが正しいとすれば、私たちの進路は捻じ曲げられている」
「そうね。そして、ロクサーヌもはぐれた訳じゃなく、たぶんその回転の所為で別のどこかへ行ってしまったんだと思う」
「――で、『逃げられる』というのは確かなことなんだろうな?」
「できるなら、そうするでしょ。民宗派の核は標的の二人なんだから、二人が生き残りさえすれば何度でも再建できる。今、マネを壁と地面に潜航させて色々と調べさせてるところだから、ちょっと待ちなさい」
地面にへばりつくような態勢を取りながら、マネの体組織を辺りへ広げさせてゆく。
さっきも言ったように、私は突入位置から現在位置までマネの体組織をナメクジが這った後のように細く紐状に垂らしながら進んできている。それが魔法的な干渉を受けた気配はない。ということは、空間を自在に切り貼りするような高位魔族じみた高度な魔法ではないだろう。もっと原始的で強引な手段で本拠地を直接物理的に動かしている筈だ。
暫くすると、マネから調査報告が返ってきた。
「……オーケイ」
「どうなんだ。標的の居場所は分かったか?」
グィネヴィアが私の顔を覗き込んでくる。私に対する悪感情よりも、民宗派に対する敵意の方が勝っているらしく、とても協力的な態度だ。彼女はまだ、フェイナーン伯の潔白を信じている。そのため、ここで民宗派を潰すことが彼の名誉回復に繋がると思っているのだろう。殊勝なことだ。
私は立ち上がりながら、首を横に振った。
「いいえ。でも、この本拠地の構造は大体分かったわ。簡単に説明すると――回転扉ってあるわよね?」
「……もういい。それだけで何が言いたいか分かった」
「お察しの通り、本拠地のあちこちが軸になって回転してるわ」
それも、単純な回転ではない。大きな回転と小さな回転が混在しており、それぞれが複雑なパズルのように噛み合っている。
(これは想像以上の代物ね……月を蝕むものというインチキあってのことでしょうけど……)
全く面倒なものを作ってくれる。仮に私たちが、その回転に逐一対応して標的の居場所へ最短ルートで向かったとしても、向こうもまた回転して逃げるものだから追いかけっ子の構図になってしまう。
つくづく、図面からこの仕掛けを読み取れなかったことが悔やまれる。
だがしかし、そう考えるとやはりこの本拠地をそっくり埋め立てたり、焼き炙ったり、水責めしたりといった方法を取らなくて正解だった。こんな仕掛けがあったのでは、そのような甘っちょろい攻め方では容易く凌がれた上にみすみす標的二人の逃亡を許していたことだろう。この強襲作戦を断行したヘレナの英断を褒めるしかない。
「――しかし」
と、グィネヴィアが疑問の声を上げる。
「そのこまっしゃくれた回転ギミックが何だと言うんだ? 私たちから上手く逃げ続けられたところで延命以外の効果はない。回転させる動力にしたって無限じゃないのだから、虱潰しに行ってもいずれ捕まえられる。それに――もう少しすれば例の奴も起動する」
グィネヴィアは、例え一年がかりになろうと必ず標的を殺すつもりだろう。そんな気概を感じさせる入れ込みようだった。
彼女の言葉には一理ある。回転ギミックが延命に過ぎないことは確かだし、我が国の誇る天才魔法工学技師ナタン・メーイールが作った秘密兵器が起動すれば、標的との位置関係は今よりグッと掴みやすくなる。
だが、事はそう簡単に行くだろうか。
「その意見はもっともね。でも、ちょっと敵の『天才』さんを舐めすぎかも」
「――それ、どういう意味?」
苛立ちを滲ませるグィネヴィアを、どうどうと諌めつつ私は説明する。
「今回の作戦は、ヘレナが秘密裏に内通者から入手したとかいう本拠地の図面と、民宗派への拷問を重ねる中で急激な進歩を遂げた尋問技術による裏取りあってのことでしょ?」
「……何を今更。だからこそ、私たちはほぼ確実に全ての入口を抑えられている筈だし、標的を逃がす心配はない」
「そうかしら? どの入口も塞がれているというのなら、新しいのを作ってしまえば良いだけの話じゃない。それぐらいのことはやってくる相手だと、私は評価しているのだけど?」
言うが早いか、ズシンと身体の芯にまで響いてくるような音と共に、強い振動が私たちを襲った。これが回転によるものでないことは、マネが教えてくれた。
グィネヴィアも私の予想が的中している可能性が高いと見て、途端に苦虫を噛み潰したような顔をする。
「クッ……どうすんのよ! 結局、闇雲に行くわけ!?」
「ふふん! アンタ、ここに学院屈指の頭脳派が居るのをお忘れでなくて?」
戦はここの出来が物を言うのだとばかりに、私は自分の頭をトントンと指し示す。だが、意外や意外、グィネヴィアの眼は懐疑心で一杯だった。
(もう、ちょっと緊張を解そうと冗談を言っただけじゃない)
私は肩をすくめながらも、更に自信を滲ませる。
「本拠地の構造は大体分かったと言ったでしょ」
その時の回転・配置からすると、標的が逃げ込んでいそうな場所は三、四箇所ほどに絞り込めていた。
「――ここはスマートに詰める」
我に策ありだ。
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