7.取り憑かれた女
狂奔の大捕物は、私がクラウディア教官と死闘を繰り広げているうちに、諸侯派と警察のどちらの勝利ともつかぬ不完全燃焼の結末を迎えた。
警察側はフェイナーン伯を捕らえられなかったものの異形を何人か生け捕りにし、諸侯派はアンティークの指輪を回収した上にフェイナーン伯の口封じをするなど撤退戦を完遂させた。
警察は、異形――月を蝕むものの存在を知っていた。混乱を避けるために箝口令が敷かれていたので私は知らなかったが、『猟犬』と異形の衝突はこれが初めてではないという。
異形の出どころに関しては、大移動以前から土着の民族宗教を信仰する『諸侯民宗派』が関与しているとみて警察は捜査を続けている。だが、捕らえた異形は頑なに黙秘を貫いており、なおかつ特定できないところからの圧力もあって捜査自体が難航しているそうだ。
またフェイナーン伯の使用人や社員らも捕縛されたが、彼らの口から出てくるのは不正会計の証言だけだった。会計に直接関与していた主要人物らを脱税と国家反逆の罪で処刑し、市井に首を晒すことで一応の決着が付いたものの使途不明金の流れた先は未だ判明していない。
あれも分からない、これも分からない。ないない尽くしの中で唯一ジャミルだけが目を覚ました後、ロクサーヌに対してこんな話を漏らしたそうだ。
『亡くなった恋人を蘇らせるために協力した』『糸の力は〝魔界〟の魔蜘蛛から借り受けた』と。
思い返してみれば、男型の人形ばかりの工房に一つだけ女型の人形があった。あれがジャミルの恋人だったのだろう。しかし、そんな彼も馬車で護送中に何者かの襲撃を受け、御者ともども肉片と化した。
もう、彼から話は聞けそうにない。
そういえばそのロクサーヌだが、私がフェイナーン伯のフカシを受けて懸念した襲撃には合わなかったそうだ。しかし、警察署へ向かう道中、いつの間にか登記情報と撮影機のメモリを失っていたという。途中で怪しげな人物と擦れ違ったというから、ソイツがフェイナーン伯の言っていた『特殊技能を持つ者』で、何らかの方法で奪われたのだろう。とにかく、怪我がなくて本当によかった。
そして、クラウディア教官だが、犯行を全て自白し認めた為に迅速に裁判が執り行われ殺人罪で実刑判決が下った。
そこまでなら何も驚きはないが、言い渡された量刑というのが全くの予想外のものだった。
今回の事件は高等法院の法服貴族たちが判決を下した。過去の判例に則れば極刑が妥当のケースであるが、下されたのは殺人罪の下限年数である五年の禁固刑だった。
クラウディア教官は、異形の者たちと共に政治犯や凶悪犯罪者などが収監される『シェケム監獄』に収監された。昼夜独居拘禁制で面会はできない。だが、極刑を免れただけ良かったと思わなければならないだろう。
しかし、なぜ五年程度の刑期だったのか? その訳を知ってみると、裏で王党派と諸侯派、双方からの働きかけがあったようだ。
まず、裁判の中で王党派貴族がこう主張した。
「本件は、フェイナーン伯の『養子』だったクラウディア・ローゼンクランツによる尊属殺人であり極刑が妥当である。また、被害者・加害者双方の身分を顧みても極刑が妥当である」
しかしながら、と一息の間を置いて言葉を継ぐ。
「両者の間には幼少期より過酷な虐待の事実があり、これは貴族として有るまじき振る舞いである。その特別な情状を酌み取り、量刑については手心を加うべきと考える」
これに対し、意外にも諸侯派貴族らが賛同するような動きを見せた。
実は、この時既に王党派と諸侯派の間で取引が済んでいた。諸侯派は、フェイナーン伯の存在を完全に切り離して彼のみを糾弾することに同意し、謂れなき民宗派として累の及ばぬ保証を得た。
それら同意を示す形あるものとして、クラウディア教官を悲劇のヒロインとして祭り上げた。そして、今回の判決に繋がった――という話を、今朝ほどマチルダから一方的に聞かされた。
『これが王党派の〝力〟よ。ちょっとでも敬服したなら、迷わず王党派につきなさい。もっとも、そうする以外に道はないでしょうけどね』
言葉のチョイスにはムカついて仕方ないが、その〝力〟に驚いたことは確かだったので私は何も言い返さなかった。
(これが派閥か……)
私が思っていたよりも、その影響力は遠大かつ無理押しも効くようだ。
ともあれ、クラウディア教官の命を助けてくれたことには感謝している。彼女の意向に反する判決結果となってしまったが、そのことに対する謝罪の意味も含めて、五年後にクラウディア教官が出所する時は私がいの一番に出迎えてあげよう。もはや、それぐらいしか私に出来ることは残っていないから。
「……なあ、ちょっといいか」
私以外には誰の姿もない剣術クラブの修練場に、マネの声が静かに反響した。クラウディア教官が収監されたことで剣術クラブの活動も止まり修練場は閉鎖されていたが、私はどうしても一人で身体を動かしたい気分だったので鍵を盗んでこっそり忍び込んでいた。
「なによ、集中してたのに。下らないことだったらひっぱたくわよ」
「やっと思い出したんだ。あの糸野郎や人狼の正体」
「……聞かせてみなさい」
数百年前にも契約をしたと嘯くマネだ。もしかしたら、何か重要な手がかりを知っているのかもしれない。私は手を止めてマネの話に耳を傾けた。マネは記憶の底をさらうようにゆっくりと話し始める。
「大移動の時の話だ。体系化された魔法を使う外来種に駆逐された、原始的な魔法を使う在来種の中に、奴らと似た術を使う奴らがいたことを思い出した。術の名は確か――〘人魔合一〙。在来種は、〝魔界〟の住民の力をその身を依り代に降ろすことで借り受けていたんだ」
「じゃあ、やっぱり諸侯派……それも諸侯民宗派の仕業ってわけ?」
ちょっと拍子抜けだった。警察だって既に諸侯民宗派を追っている。諸侯派があっさりフェイナーン伯を切ったのも、民宗派の仕業であろうという疑いが強かったのが理由だ。諸侯派の宗教的アイデンティティは既に国教会にある。諸侯民宗派は、諸侯派の中でも異端な存在だった。
マネの話は、黒かったところがより黒くなったぐらいで大した進展はない。しかし一応、後でアーシムさんに報告はしておこう。
何かの役に立つかもしれない――と、考えたところで「あっ」と声が出る。薄れた記憶の中に引っかかりを感じたのだ。その引っかかりを手繰って、かすかな記憶を掘り起こしてゆく。
「それ、なんか似たような話を歴史学の授業で聞いたことがあるような……」
授業中、雑談のような流れで教師がサラッと触れていた気がする。
「昔……魔法士の時代よりも前の魔法が混沌としていた無明時代、分かたれつつあった〝人界〟と〝魔界〟の再統合を目論む学派が存在したそうよ」
今でこそ〝魔界〟の住民に対する信仰のなど、それこそ民宗派のような古色蒼然としたところに残る程度だが、大昔の彼らにとっては我々でいうところの『唯一神』が何処かへ去ってしまったことを大層嘆いたに違いない。
「その中で、〝魔界〟の住民と自己とを重ね合わせようともしてた。だけど、その試みは失敗に終わり、実験結果の一部が【召喚魔法】や【契約召喚】に流用される程度の成果に留まった……」
「だが、この地の呪祷士はそれに成功していた。といっても、オレ様の記憶が確かなら〘人魔合一〙は大した術じゃなかった。体に変異を起こしてもせいぜい一部で、全身なんてのは……もしかすると、歴史の闇に埋もれていた〘人魔合一〙の術を発掘した野郎は、そこに更なる改良を加えて現代に完成させちまったのかもしれねぇ」
「天才……か」
クラウディア教官の言葉が頭を過る。私の魔力波長を瞬時に偽造してみせた『天才』とやらが、きっと〘人魔合一〙の術を完成させたのだろう。不思議と、そんな確信があった。
「さて、そろそろ修練場を出ましょうか」
「だな」
時間だ。行きたくはないが、行かねばならない。
『今日、十五時ごろに王党派サロンで待ってるわ』
こちらの事情を顧みぬマチルダの一方的な約束にムカつきを覚えつつも、残念ながらクラウディア教官のことで借りがある。
(悔しいけど……このムカつきは、教官を助けてくれたことでチャラにするしかないようね……)
それくらいの義理は感じていた。それに、今更どの面さげて諸侯派になど行けるだろうか。マチルダの言う通り、私は王党派へ付く以外になかった。
フェイナーン伯の一件で私は諸侯派とほぼ決別してしまった。ロクサーヌたちやニナはともかく、私はあまりに深く関わりすぎてしまったし、正直、選択肢はない。
「『幸せになれ』……か……」
私に取っての幸せとは何か。それはもちろん夢を叶えること。誰もが認める優等生として『星団』入りを果たし、あの制式服に身を包んで故郷へ凱旋してやるのだ。
(言われるまでもないですよ……クラウディア教官!)
今一度、覚悟を決め直した私はシャワー室でさっと汗を流し、修練場を後にした。
現在時刻は十四時、王党派との約束がある十五時まではまだ一時間ある。私がこれから向かうのは王党派サロンではなく、中庭だった。
さっき決めた覚悟は王党派へ付く覚悟ではない。
フェイナーン伯を命の恩人と慕うグィネヴィアへ、決別の意志を告げる覚悟だった。
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