6.マネ
「リン……お前に謝らなきゃいけないことがある」
――なによ。
「実はな……オレ様は初めて召喚された時、お前の過去を大体知ってたんだ」
月を蝕むものとなる時、〝魔界〟の住民の記憶が流れ込んでくることがあるという。その逆が、【契約召喚】でマネにも起こったのだろう。別に不思議なことではない。
この会話も、きっとその一種なのだろうから。
「お前が魔法を使えないことも何となく知ってた。それなのに……やり返せとか、それでも魔法士かとか、根性なしだとか、今思えばオレ様は少し酷なことを言ったよな。……すまなかった」
――そんなこと?
私に魔法の才能がないことを知っていたのなら、私が蔑視や面罵に対してどのような思いを抱いていたかも知っていたのだろう。であれば、それはいつか噴出する筈だった思いだ。マネによって早められるか、後で我慢の限界を迎えるかの違いでしかない。
――許す。許すわ。
久しぶりの会話だっていうのに、そんな小さなことでマネに謝られるのなら、私はもっと謝らなくちゃいけない。
――私の方こそ、ごめん。
「どうして……謝るんだ?」
――マネの気遣いを無碍にした。
説教が煩いからと〝魔界〟に送り返したが、内心ではマネの言うことにも理があると思っていた。そして、マネが偏に私のことを思って言ってくれているということも分かっていた。
だのに、私はそれを聞き入れることが出来なくて、無碍にしてしまった。
――だから、ごめん。
「……お前には、『望まぬ闘争』に身を投じて欲しくなかった」
――『望まぬ闘争』?
マネが、そんなことを考えていたとは初耳である。
「個人的な闘争は好きにしたらいいさ。喧嘩でも殺し合いでも。好きにやれば。だが……最初は自ら望んだ闘争も、引き際を誤ると気が付いた時には『望まぬ闘争』に終止する羽目になる」
――そうね。
マネが言わんとするところは何となく分かった。私は、いつも自分で『望んだ闘争』に身を投じていたつもりだったが、振り返ってみれば段々と『望まぬ闘争』ばかりに腐心するようになっている気がする。
「だから、オレ様はそうならないように歯止めをかけようとしていた」
心当たりはいくつもある。私がある一線を踏み越えようという時、マネは決まって反対意見を述べた。なぜ、いつもは好戦的な方であるマネが急に日和るのか今一つ解せなかったが、今の話を聞いてその疑問も寛解した。
「お前が……アイツと被って見えた」
――アイツ?
「前に言ったろ? 何百年か前の契約者のことだ。お前とは全く似ても似つかない性格をしている筈なんだがな……どうしてか、アイツと同じ道を辿っちまいそうで……それだけは避けたかった。でも、もう手遅れだよな……」
――マネ? なんだか、アンタの声が遠く……。
「……オレ様は七罪だろ……? ……普通の【召喚魔法】じゃ、〝魔界〟の煩い連中に目を付けられちまうから、もう〝人界〟には来れない……だから、これでお別れだ……」
マネの声が、どんどんと遠くなってゆく。もう、終わりなのか? 終わってしまうのか? こんな取り返しのつかない今になって惜しくなってくる。もっと、マネと話しておけば良かった。
「……オレ様の記憶を持っていけ。オレ様の罪の記憶を……これが、〝魔界〟から〝人界〟の友人に出来る、最後の贈り物だ……」
――待って! ずっと、マネに言いたかったことが……!
「じゃあな、リン」
その言葉を皮切りに、気絶しそうなほどの膨大な情報量が一気に押し寄せてくる。それは、イリュリア王国の初代国王、建国の英雄として知られる『シャーンドル』と共にあった時のマネの記憶だった。
その記憶の濁流が途絶えた時、もうマネの声も気配も感じなくなっていた。
――さようなら。
その代わり、マネの体組織を身に纏っていた時のようなひんやりとした感覚を、体の内側から感じるようになっていた。知識がなくとも、前例を鑑みなくとも、直観で分かった。定着が無事に成功したことを。
――さようなら、マネ。
そして、ずっと言いたかったのに言えなかった、あの言葉を……。
もう、聞こえていないかもしれないが、それでも……言わずにはいられなかった。
――ありがとう。
――ありがとう、マネ。
――ありがとう……。
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