触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

魔法学院の落ちこぼれが、『スライム』と契約して『英雄』になるまで
塩麹絢乃
塩麹絢乃

3.宝探し実習 その④:孤児院の仲間たち

公開日時: 2023年1月13日(金) 17:00
文字数:3,733

 景気よく決起のかけ声でもぶち上げようとした時、突如として背後から水を差された。私が振り返ってその正体を確かめるまでもなく、ルゥがその声の主の名を口にする。


「ナタリーさん!?」

「え゛ッ、姐さん!?」


 遅れて気付いたカルバが顔をしかめる。反応からすると、二人ともナタリーさんとは旧知の間柄なのだろうか。


 いつの間にか部屋の中に居たナタリーさんは、入口の扉に背を預けて私を注視していた。


「二人とも、ナタリーさんと知り合いなの?」

「ああ。姐さんには、同じ魔女ウィッチとして色々と世話になってんだ」

「ナタリーさんは同じ孤児院の出身なんです。ラビブ神父様のもとで」

「へー……世間って広いようで狭いわね」


 ところで、ラビブ神父は聞き覚えのある名前だ。確か大魔法祭フェストゥムの時、ナタリーさんの追求から助けてくれた男がそういう名だった。道理で頭が上がらない訳だ。ナタリーさんが簡単に引き下がったのは、ただお偉いさん相手だからという訳じゃなかったのか。


 ナタリーさんがパチンと指を鳴らした。すると、私のうなじの辺りから20cm程の風精シルフィードが現れ、ナタリーさんの側を舞い飛び、こそこそと耳元で何事か伝えた。


「話は聞かせて貰ったよ。アタシも混ぜな。ガキどもだけでやるには手に余る。実際、この程度の尾行にも気付かないようじゃあね」


 痛いところを突かれてしまった。防諜に関する魔法は高等部で習うカリキュラムである。しかし、ヘレナやマチルダなどは派閥争いにおけるその有用性を鑑みて先立って学んでいるのに対し、私は全くノータッチだった。その理由は、偏にマネの存在がある。


「マネ……アンタ、気付いてたでしょ。いつから?」

「すれ違いざまにルゥに手紙を渡した時からだ。風と同化して付いてきていた」

「……次からはちゃんと教えなさい」


 気に食わないことに、マネは私の保護者気取りをしたがる節がある。今みたいにわざと失敗するまで黙ってて、学ばせようとしてくる。それが嫌とは言わないけれど、どうにもむず痒い。今後もこういうことをするなら、マネに任せっきりは危険だ。後で防諜に関する魔法も勉強しておこう。


「ふぅ……」


 一旦、雑然たる胸裡を整理し、気持ちを切り替える。


「分かりました。貴方の助力を歓迎しましょう、ナタリーさん。ただし、こちらばかり知られてるってのは納得いきません。せめて、なんで私を監視していたのか、なぜ『聖歌隊ミスティカ』がまだベレニケに展開しているのか、それぐらいは教えて貰えませんか」

「良いだろう。といっても、もとから教えるつもりだったけどねぇ」


 ナタリーさんはそう言ってゆっくりと話しだした。


「現在、このベレニケでは二つの作戦が進行している。一つ、この街に巣食う民宗派の掃滅作戦。今のところ、郊外にあった根城をいくつか潰していて、明後日にはベレニケの中まで綺麗に片付く手筈さ。討ち漏らしを潰す目的で、街中とベレニケを包囲するように『聖歌隊ミスティカ』とイリュリア国軍エクセルキトゥスの魔法士部隊『王の槍サウニオン』が展開している。見習いの生徒たちは巡邏がわりさ、月を蝕むものリクィヤレハの行動を抑制する為のね」


 私は酷く驚いた。ルゥとカルバは、その意味を真に理解していないようで反応は薄いが、これはとんでもないことだ。


 だなんて聞こえの良いように言っているが、これは実際のところ鉱山のカナリアにも及ばない扱いである。生徒を肉盾の如く使おうだなんて……誰の決定だ、それは。今は取るに足らない存在かもしれないが、将来はこの国を担うものたちだぞ……!?


「そんで、アタシは万が一にでも知り合いのルゥに害が及ばぬように使い魔メイト風精シルフィード――アリエルを護衛として付けといたんだ。そこへ嬢ちゃんが怪しげな動きをしかけてくるもんだから、の動きが気になって嬢ちゃんの尾行を優先させた」


 隠す素振りも見せず、ナタリーさんは猜疑の眼を私に向けてくる。また疑われてしまったか。どうにも、噛み合わせが悪い。


(気になったのはじゃなくて、民宗派の疑いをかけている私の動きでしょうね……)


 ここまで疑いの根が深いと、ちょっとやそっとの反論では疑いを晴らすことは難しいだろう。しかし、生憎と私は潔白だ。そのことは私自身が一番よく知っている。根気よくその事実を言葉と行動で示し続ければ、きっとそのうち理解してくれることだろう。


 ナタリーさんは話を続ける。


「もう一つは、王党派主導のご存知『指輪』回収作戦。そのブラフ的な動きの一つが嬢ちゃんって訳だ。本命は最近になってヨトバタで発見された古代の遺跡さ。先遣隊によると最奥に『指輪』が封印されてるらしい。それを回収しつつ、遺跡の調査を行う。その結果如何いかんでは、民宗派の目的や『指輪』に込められた魔法も分かるかもしれないとのことだ」


 これで謎が一つ解けた。シンシアが言っていたアブロナ~ヨトバタにおける王党派の動きは『指輪』の回収と遺跡の調査が目的だったのか。


 情報はだいぶ出揃ってきた。


「それじゃあ……これからは協力していきましょう」

「ああ、よろしく」


 私はナタリーさんと握手し、同じ目的のもとに全力を尽くすことを誓い合った。


 それから、私たちは二手に分かれる。私一人と、その他だ。


 風精シルフィードのアリエルは私に付き、ナタリーさんはルゥとカルバを遠巻きから不自然でないようにそれとなく見守るということになった。


「よろしくね」

「フンっ!」


 アリエルに手を差し伸べてみたが、警戒されているのか敢えなくはたき落とされ、それきり風と同化して応答してくれなくなった。契約者たるナタリーさん同様、私を疑っているようだ。


 消えたアリエルと入れ替わるように、マネが服の下から出てくる。


「随分と嫌われたなぁ、ギャハハ」

「黙ってなさい」


 私は顔をしかめながらルゥたちと間隔を開けて宿を出て、不安材料を取り除くべく街の銀行へと向かった。





 その夜、私たちは再び集まって成果を報告しあった。


 ルゥとカルバは上手くやってくれたようで、仕事の休憩中だったヨセフさんと自然に接触し情報を引き出してくれた。チャチャムさんから貰ったあのペンダントトップが信頼を得るのに役立ったようだ。


 なんでも、ヨセフさんは昨年に二歳年下の女性ヘルガさんと結婚していて、5ヶ月になる子供ターシャちゃんもいるのだが、給料の少なさ故に今の今まで結婚指輪エンゲージリングを用意することもままならなかったのだという。そんな時に見つけたのが露店の指輪だった。一目でデザインを気に入り、しかも店主によると値段は二束三文。すぐさま購入し、妻に贈ったそうだ。


 そんなものを取り上げるなんて忍びないが、そこは交渉次第だ。なんなら、金銭じゃなく装飾品のカタログを渡したって良いのだから。何としてでも円満に終わらせる。


 問題は……指輪の実物が確認できなかったこと。


 技術工員寮の13号室はかなり奥まった立地にあり、敷地外からの見通しも悪かった。その上、そもそも奥さんのヘルガさんの顔も見た目も知らない以上、その場から怪しまれないように探すというのも困難だった。


 ルゥは意気消沈していたが、指輪の所在が分かっただけでも十分だ。奥さんのことはある程度予想していたことだし、一応やり方は考えてある。適当に慰めて労をねぎらった。


 次に、私の報告をした。


「私の前にチャチャムさんに接触した人物を調べたの。彼、既に小切手を換金してるようだったから、銀行から彼の口座を当たってみたらすぐに分かった」


 シンシアによると小切手の名義はアーヴィン家の分家筋のものらしく、問題なく王党派。これでヨセフさんに諸侯派や民宗派が目をつけている可能性はグッと低くなった。


 その後で、ポーラにもそれとなく確認を取ってみたが、その人物は最初に露店で指輪を発見した者と同一人物らしかった。


 それを聞いて、カルバの顔がパァッと明るくなる。どういう感情かと思えば、彼女はルゥの肩を叩いて励ますように言った。


「じゃあ、この件は明日にでも片付くな! ルゥ、名誉挽回の機会だ。頑張ろうぜ!」

「そ、そうだね!」


 落ち込んでいたルゥがあっという間に奮起した。長い付き合いだけあって、扱いが上手い。ルゥは言葉で慰めるより、次の機会を与えた方が良いのか。


(こういう時のルゥってうじうじが長いのよね~、勉強になるわ)


 年長のナタリーさんがそんな二人を微笑ましそうに眺めてるだけなので、代わりに私が確認を取る。


「盛り上がってるとこ悪いけど、段取りは分かってる?」

「分かってるって! 交渉はできるだけ短く、回収を最優先、だろ?」

「そうよ。面倒な連中が嗅ぎつけてくる前に速攻で片を付けて欲しいわ。ポーラには話をつけておいたから、明日の夕刻あたりにこの部屋でポーラに指輪を渡せば終わりよ。金に糸目はつけないわ」


 私は、用意した装飾品カタログと新たな小切手帳をルゥとカルバに手渡した。すると、ルゥが疑問の声を上げる。


「あれ、リンさんは来ないんですか?」

「ちょっと……ね、他にやることができちゃって。たぶん、交渉を始める前には合流できると思うけど、もしもの時は三人に任せちゃっても良いかしら?」

「私は、構いませんけど……」


 ルゥは振り返ってカルバとナタリーさんの反応を伺った。そして、二人も頷いたのを確認し、私が解散の音頭を取る。


「それじゃあ皆、明日は頑張りましょう。『指輪』は我らが王の手に!」


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