ザクロジュースの残量も少なくなり、そろそろ捜索を再開しようかと思い始めた時、ふと視界の端を過る人影が目についた。
裏路地からこそこそと出てくる二人の人影。よく見ると、その片割れは非常に見覚えのある横顔をしていた。
(――サマンサ? やーっと見つけたわ!)
不意の遭遇に胸が高鳴る。アレは間違いなくサマンサだ。ロクサーヌの取り巻きにいたあの顔だ。記憶の中ではうっすらとしか思い出せなかったが、見たら完璧に思い出した。間違いない。
いつもの学院制服を脱ぎ、かなり気合の入ったおめかしをしているサマンサは、きょろきょろと周囲を見渡しながら、路肩に停められていた馬車に乗り込んでいく。その隣に見慣れぬ男を伴って。
男は細身、色白で、温厚そうな笑みを浮かべている――大人の男性だ。
私は思わず物陰に隠れてその光景をじっと盗み見ていたが、馬車がそろそろと動き出したのを見て、全速力で走り出した。
できればニナに連絡しておきたかったが、こうなっては仕方がない。門限までには切り上げるとは言ってあるので、私が待ち合わせ場所に現れなくても日が暮れる前に勝手に帰るだろう。そこは後日、謝ればいい。
雑然とした思考を飲み干したコップと共に路上のゴミ箱にぶちこんで、私は馬車後部に飛びついた。
陽が傾き始めた頃、サマンサと男はとある工事中の空きテナント前で馬車を降りた。そこは学院からもほど近く、徒歩で数分ほどの距離だった。そのためか移動に馬車を使うのはここまでのようで、男が御者と少し話した後、馬車は速やかに再発進していった。
テナントの中に入った二人は未完成の内装を満足そうに見渡し、どちらからともなくひしと身を寄せ合った。
「ジャミル……だいぶ形になってきたわね、私たちの『お城』が」
「これも、全部君のおかげだよ。君のくれたあの指輪がなければ、今頃は路頭に迷っていたかも――」
「やめて! その話はもうしないっていう約束でしょ。ここはもう私たち二人の『お城』なのよ。私に気兼ねすることなんて何もないわ。それにアレは私が正式に受け継いだ親戚の形見、どう使おうと私の勝手。ずっと大切に仕舞い込んでおくよりは、将来の伴侶となる男性のために、開店資金にあてた方がよっぽど有意義じゃない!」
「サミー……」
「ジャミル……!」
徐々に徐々に、二人の顔が近付いてゆく。熱っぽい二人の瞳にはもはや互いの存在しか映っていない。まさに男女の恍惚を体現するかのような絵図だ。お生憎様。接吻まで見届けてやる義理はないので、私はここらで介入することにした。
「――成程、そういうことだったのね。サマンサ、アンタ騙されてるわよ」
「貴方……リン!? どうしてここに!?」
入口に撮影機をセットし、二人の前に歩み出る。
「こんなの、どうみたって典型的な結婚詐欺よ。そうじゃなくても、中等部の子供相手にマジになって、あまつさえ金の無心をするような男なんて大概ロクな奴じゃないからやめときなさい」
「ち、違うの……彼は悪くないわ! わ、私が勝手に気を回して盗んだの!」
あっさりといえばあっさりと、サマンサは犯行を自白した。彼女はまだ何か言いたげに見えたので、顎をしゃくって続きを促し彼女の供述に耳を傾ける。
「彼、ここでレストランを開くのよ? メニューには彼の故国ヒジャーズの料理を揃えて……すっごくおいしいのよ? 立地も完璧だし、絶対に成功するわ! でも、店員として雇う筈だった友人に開店資金を全部持ち逃げされて……それで、不憫に思った私が貴方の指輪を……」
「盗んで質か抵当にでも入れようって訳? ンな背景話は別にどうだっていいのよ」
サマンサは、さも盗んだのは自分の選択であるかのように言っているが、実際のところは誘導があったと見ていいだろう。このサマンサの惚れようなら、『高価な財産があれば、それを抵当に入れて金を用意できるのに……』とでも匂わせば十分すぎる。しかも、狂言誘拐のあった直後でその存在はロクサーヌたちだけでなく広く学院中に知れ渡っていた。となれば、サマンサの頭に『窃盗』という手段がよぎるのは必然である。
「で、指輪はどこ? 教えなさい」
「そ、それは……」
滝汗を垂れ流しながら、気まずそうに言い淀むサマンサ。その後ろで自分には関係ない話のように、ぼうっと突っ立っているジャミルとかいう男の態度が癪に障った。
「アンタには聞いてないわ。そっちの……ジャミルとかいうクソ男に聞いてるの。大方、箱を開けられずに困ってたら、『鍵屋にツテがあるから開けてもらおう』とか言われて預けたんでしょ?」
「な、なんでそれを……!」
「はあ……」
私は呆れて言葉もなかった。
「アンタ、身寄りがないんでしょ。その上、ロクサーヌのとこにくっついて、派閥の後ろ盾がある訳でもない。そういう如何にもな人間には、こういう変なのが寄りつきやすいってことを頭にいれときなさいよ。魔女見習いなんだから」
サマンサは座学も実技も中の中。私と違って国からの支援金だけでやっていけてるようだけど、身寄りもなくバイトをしている訳でもないから、そんなに経済的な余裕はない筈。なのに、最近になって急に異常なほど金回りが良くなっていたそうだ。
恐らく、彼女はジャミルから金銭的な援助を受けていたのだろう。そうやって、あらかじめある程度の信頼を勝ち取っておいたのだ。全く用意周到なことで。
「それで、ジャミルさん? 改めて指輪の行方を聞いてもいいかしら? 盗品と分かったのだから、マトモな大人なら快く返してもらえるわよね?」
「それは……できない」
やっと口を開いたかと思ったら、出てきたのは予想していた通りの答え。私は肩をすくめて懐からカラギウスの剣を取り出し、見せつけるようにクルクルと指先で回してみせた。
「あっそ。なら、その理由は後でゆっくり聞かせてもらいましょうか。警察立ち会いのもと、アンタの背後にいるやつも含めて全部ね」
「リ、リン! 貴方、一体なにする気!?」
「別に殺しゃしないわよ。死人は喋らないから。マネ、一コで十分よね」
「おう」
これ以上の問答は不毛だろう。そう断じた私は速やかに魔力刃を展開し、実力行使に打って出る。
私がアメ玉を床に向かって叩き付けるように投げると、マネが器用にキャッチしてすぐさま消化する。
色々試したが、保存性・携行性や経済面を考慮し、マネに食わせるべき糖はアメ玉によって補給するべきという結論に至った。大きなアメ玉一つで、ロクサーヌにトドメとして使った解放を一回使える計算だ。
ところでこれは全くの余談だが、私が【契約召喚】の代価として捧げたものも、懐に入れたまま存在を忘れていた赤褐色のアメ玉だったらしい。恥ずかしながらついこの間やっと内ポケットからアメ玉が消えていることに気付いたところだ。言い訳をしておくと、制服が溶けたりといったアクデントがあった所為で気付くのが遅れたのである。
膨れ上がった体組織が私の身体を包み込み、補助によって一歩一歩がグンと大きくなる。どこまでも全身に力が漲ってゆく。破裂してしまいそうな程に。
だが、今回は解放を使うまでもない。余力は常に残して戦うべきだ。私はまっすぐに前進し、剣を上段に振りかざした。
すると、ジャミルを庇うように横合いからサマンサが飛び出してくる。
「ジャミル、危ないから下がって! リンはマジでイカれてるから本当に斬る!」
しかし、杖を携えていない魔女見習いなど今の私には相手にならない。私は一太刀で難なくサマンサを斬り伏せる。気絶までさせることもないので、少し浅めに。
「ぐ、う……」
「常在戦場。魔女たるもの、デートにも杖を持ってゆくべきだったわね!」
そして、返す刀でその奥で立ち竦む棒立ちのジャミルを斬りつけた――瞬間、無視し得ぬ違和感が魔力刃から腕、腕から全身へと走り抜けてゆく。
「マネ!」「リン!」
呼びかけは同時だった。
どちらからともなく本能的に後退を選択する。急制動の強い慣性を感じながら見たのは、魔力刃で胴体の魂を真っ二つに断ち斬ってやった筈のジャミルがその拳を固く握りしめ、私へ向かって突き出す姿だった。
(何なの? 今の斬った瞬間の変な感触は――く、速っ! 避けきれない!?)
鳩尾に一撃を貰い、敢えなく吹き飛ばされた私は背後の壁にぶつかってようやく止まる。後退をしていたから半分は自分で飛んだようなものだが、裏を返せばもう半分は浅く当たっただけの伸び切った拳によって齎されたもの。信じられない怪力だ。
(こいつ……魔法使いだったの!? こんなの、普通の人間の力じゃ……でも、それだけじゃ説明できないこともある……!)
この速さと力は明らかに一般人のそれではない。だが、おかしなことに彼からは魔力の気配なんて微塵も感じないのだ。仮に彼がそれ程まで秘匿に長けた魔法使いだとしても、魂を完璧に両断されればまず一時間は動けない筈。魔力刃はキチンと彼の胴体を通過したのだから、魔力の鎧に阻まれた訳でもない。
壁に身を預けながら立ち上がった私を、ジャミルは人間とは思えない色のない表情で見つめる。そして、殴りつけた拳の具合を確かめるように何度も開閉を繰り返した。
「ジャミ、ル……?」
突然ことに、床に伏したサマンサも当惑している様子だった。
「おい、よく見ろ。薄っすらとだが魔力の気配があるぞ……」
「ほんと?」
マネに言われてよくよく注意深く感覚を研ぎ澄ませてみると、確かにかすかな魔力の気配を察知できた。
(本当に薄っすら……だけど、何らかの魔法的な力が関わっていることは確かね……っと!)
思考を深める間もなく、ジャミルが追撃をしかけてくる。
「ジャミ、ル……やめて……!」
息も絶え絶えにサマンサが制止するも、ジャミルは些かも足を緩めない。
「マネ、アメ玉を早く消化して!」
「――間に合わねえ!」
マネにアメ玉を渡して消化させようとするが、ジャミルの動きが予想以上に速すぎて間に合わない。ジャミルは途中にあった机からナイフを拾い上げ、私に向かって突き出してくる。
「――避けろ!」
そう言われても、マネの補助が殆どない状態では、私は健康的な少女の少し上レベルの身体能力しかない。
泣き言を言っても仕方ないので、渾身の力を振り絞って全身の筋肉を強引に駆動させるが、案の定、ジャミルは余裕を持って私の動きに対応してきた。
(くっ――また避けきれない!)
相討ち……いや、また魔力刃が効かないなら私が一方的に刺される。だが、どうすれば良いかも分からず、せめてもの抵抗として実体化させた剣を突き出し、来たる衝撃に備えて目を瞑り全身を硬直させた。
――バキッ!
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