「――石塊の剣」
サフルは体から切り離した石の一部を剣の形に成形する。
そんなもので人が斬れるのか? という当たり前の疑問は、味方の魔法使いの頭部と共に弾け飛ぶ。
サフルが剣を振るう度、味方の魔法使いたちが次々に物言わぬ肉塊と化して血飛沫を伴い弾け飛んでゆく。元が石とは思えぬ鋭さと殺傷力だ。それは伝承に残る名剣にも勝るとも劣らない。
(せっかく、戦況が好転してきてるっていうのに――!)
私は激しい焦燥を覚えた。味方も魔法で応戦しているが、サフルの全身を覆う石の表皮に阻まれ、或いは躱され、逆に魔法攻撃で出来た隙を他の月を蝕むものによって突かれている。そうして、こちらの陣形が崩れたところへ更にサフルが突っ込んできて、もはや味方の動揺は収めようもないほどに広がってしまっていた。
(――このままでは味方が蹂躙される!)
急いでサフルのもとへ駆け付けようとしたその時、誰かの叫び声が聞こえた。
「聞こえるか、悪たれ娘よ! たった今、ヘレナ嬢より伝令があった!」
振り返ると、小高い岩の上から私を睥睨するベルンハルト中将が見えた。
「十五分! ヘレナ嬢は十五分で向こうの敵を殲滅し、こちらへ援軍に来るそうだ! 我々はそれまでどうにか持ち堪えるゆえ、貴様はサフルの相手をしていろ!」
反射的に、私は叫び返していた。
「――了解!」
解放。出来る限り迅速にサフルへ接近し――その頭上を通り抜ける。そして、私の背後で母衣のように広がるマネの体組織をサフルに引っ掛けさせた。
さながら、前回の戦闘をそっくり写し取ったかのような展開だ。
「同じ手とは! 万能を謳う魔法使いにしては存外に発想が貧困なのではないか!? ――霧散!」
サフルが例の『技』――霧散を使い、マネの体組織が吸い取られ始める。このままでは前回の二の舞だ。マネの『酸の性質』では表皮を溶かし切れず、サフルの呼吸を止めようにもアメ玉で増殖する速度より吸い取る速度の方が早い。
だが、今回マネの体組織を引っかけさせたのは死傷が目的ではない。
「それはどうかしら?」
力押しに固執するほど、私は自分の力量を過信してはいない。私は、手元でたわむ縄を掴んで、思い切り引っ張った。
「おおっ?」
不意を打たれたサフルが大きく姿勢を崩す。
「ふっ――やるな! 足に縄をかけていたか!」
先程サフルの頭上を通り抜けた時、私とマネに視線誘導をするその下でこっそり縄を垂らしておいたのだ。縄は目論見通りにサフルの右足首にしっかりと絡まっており、簡単には外れそうにない。
――今だ。
マネと呼吸を合わせ、私は縄を担ぎ上げる。
「せーのっ!」
私が縄を引っ張るのに合わせて、マネにもサフルの体を持ち上げさせ――そして、思い切りぶん投げた。
この場で一番困るのは、私を無視して味方を撫で斬りにされ続けること。なので、こうして無理矢理にでも距離を取ってもらうことにした。
使用可能な体組織を〝人界〟に体を維持できる限界ギリギリまで注ぎ込んだ投擲により、サフルは結界の中央付近の巨大遺構群に突っ込んでいった。
あらかじめ多目にアメ玉を渡しておいたので、すぐさま体組織は保持できる上限――アメ玉三コ分――まで回復する。
間を置かず、私は追撃に向かった。
砂煙がもうもうと巻き上がりサフルの姿は見えないが、結界の作用によってその位置情報は正確に把握できている。
頭上の結界に灯る生命反応がその場に静止していることを確認し、安全策を取って少し遠巻きに砂煙が収まるのを待っていると、急に空気の流れが変わった。
「ケホッ、ケホッ……してやられたよ」
砂煙を掻き分けて、咳き込むサフルが姿を現す。
(この空気の流れは……)
サフルの石の表皮に砂煙が吸い込まれてゆく。これまで、奴は水属性魔法やマネの体組織を吸い取っているものかと思っていたが、それは違った。石の表皮に吸い取られた砂煙は、無色透明の清浄な空気となって排出されていた。
いわば、これは魔法的な『濾過』だ。石の表皮を濾紙のように使い、空気を清浄化しているのだ。
今は空気を濾過しているが、同じことを水属性魔法やマネの体組織に対しても行っているのだろう。濾し取られた魔力等がサフルに吸収されるのか、大気中に放出されるのかは不明だが。
暫くすると、周囲から砂煙がすっかり消え失せていた。
「この結界……我々の位置を把握しているのか?」
サフルは頭上の結界に表示されている位置情報を見、そして戦闘が行われている本陣・ツォアル方面陣を見た。
「……ここまで離されてしまうと、もはや壊滅は免れまい。我々の敗北だな」
「アンタ、随分と他人事みたいに言うじゃない。曲がりなりにも司令官を名乗る者のセリフとは思えないわね」
いきなり話し出したサフルを怪訝に思いながらも、時間稼ぎは望むところなので会話に応じる。
サフルはふっと鼻で笑った。
「この戦いは無意味だ。無用だ。無益だ」
「……それなら、逃げちゃえば良いじゃない。どうしてそっちから攻撃をしかけてきたのよ?」
「単純な話だ。先の勝利に酔い、増長した構成員たちの突き上げを抑え切れなかった。ただ、それだけのこと。……全く、愚かしいな」
最後の言葉は、構成員たちに向けて言っているようにも、自分に向けて言っているようにも聞こえた。
サフルは遠い目をして、再び私の背後の戦火をじっと眺める。
「この際、彼らはスッパリ見捨ててしまうべきだと思っている。俺の冷徹な部分がそう囁く。だが、しかし――」
そこで一度言葉を切り、サフルは私に視線を戻した。
「――それと同時に、一人でも多く助けてやりたいとも思ってしまっている!」
サフルは石塊の剣をグシャっと潰して粘土のように丸めたかと思うと、製麺の如く上下に引っ張った。
「石塊の槍」
次の瞬間、サフルの両手には彼の身の丈ほどの短槍が握られていた。石とはいえ、原材料となった先程の剣と同じく、鉄製の武具と遜色ない殺傷力を備えている事が一目で分かった。
音もなく、鋭利な穂先が私へ向けて構えられる。それは意味もなく槍を振り回してみせる演武のような花拳繍腿を極限まで排した、無駄のない動きだった。
「リン、アイツの動き変わったぞ」
「見りゃ分かるわよ……!」
重心の安定感、槍の扱い、構え。どれを取っても、剣を使っていた時より遥かに熟れている。恐らく、本職は槍なのだろう。
(――来るッ!)
サフルの体が僅かに沈み込んだかと思うと、静止状態から一瞬でトップスピードへ転じ、恐ろしい迫力で襲いかかってきた。私の解放並の加速力だ。したがって、私の方も最大速である解放を使って必死に避けざるを得なかった。
「幼き魔女よ! 其の方を守るべき未来ではなく、確かな脅威と認めよう! 殺しに行くが――恨むなよ!」
サフルの放つ矢のような殺気が私の肌を刺す。これは時間稼ぎをすればいい等と余裕ぶってはいられない。
(――こちらも殺しに行く)
でなければ、時間稼ぎをする暇もなく私の方がやられる。だが、私が身構えを終える前に、サフルが動いた。
(速っ――!)
彼の行動を知覚し思考する前から、脊髄反射が私の身体を導いた。先程まで私の頭部があった部分を槍が刺し貫き、逃げ遅れた肌の薄皮が切り裂かれる。ズラーラの時の薄皮一枚とは意味合いが異なる、まさに紙一重の攻防だった。
飛び散る鮮血を視界の端に捉えながら必死に距離を取る私を、サフルは淀みない歩調で詰めてくる。
そして、的確に繰り出される突き、突き、突きの連打。
単なる突きと侮るなかれ、その一つ一つが私を死に至らしめる必殺の威力を備えていた。
剣と槍のリーチ差から防戦一方になる中、突きの後に生まれた僅かな隙を狙って私は反撃を試みた。ケープの下に仕込んできた試験管を三本引っ掴む。
「喰らえ!」
マネの射出の精度はいまいち信用できない。ゆえに、私は自ら試験管を投じた。
濃塩酸――試験管に詰めて持ってきたそれは、投じた三本中三本全てが見事サフルの顔面に命中し、派手に割れて内容物をぶちまけた。
通常、実験で酸を用いて試料を溶かそうとする時、用意する酸の量は最低でも試料の数倍~十数倍といったところ。サフルの石の表皮が全身に及んでいることを考えれば、到底携行できる量ではない。
なので、今回は的を絞ってみた。分かりやすく急所が集中している顔面へ。
「この刺激臭……酸か?」
「……あら、残念。その程度の量では『技』とやらを使うまでもないようね……」
「ククク、その通り。その『スライム』と違い化学的なものなら或いは、とでも期待したか?」
無駄とは思いつつ、目ぐらいは潰せないかと期待したのだが、どうやらその淡い期待は空振りに終わったようだった。マネの全力でも溶かせなかったのだから、これは仕方がないだろう。
サフルの表皮の構成物質は、恐らく〝人界〟でも普遍的な二酸化ケイ素だ。見た目も、真珠岩なんかに良く似ている。
そもそもの石にしたって耐腐食性、耐熱性はまあまあ高い。化学の実験においても、通常、岩石類の試料は砕いてから溶解・融解をさせるものだ。
私はついでとばかりに持ってきた酸を投げつけた。濃硫酸、濃硝酸、フッ化水素酸――ケープの下とウェストポーチの中から手当り次第に。どうせ持っていても重荷になるだけだ。
「効かぬ、効かぬなァ!」
その全てを、サフルは避けることなく受け止めてみせた。
(……まあ、効かないって分かってるんだから、避けることもしないわよね)
ここで一旦、マネにアメ玉を補給をするために遺構を盾にしつつ逃げ回る。閉所ならマネの補助もあって小回りの利くこちらが機動力で勝る。少し余裕が出来たところで、マネが話しかけてきた。
「どうすんだ、リン? 剣じゃ無理だぜ、なんか持ってきてねえのか?」
「あるわよ。次はこれを使う」
私はケープの下から金属の棒を取り出した。
「なんだよそれ?」
「削岩機の刃よ!」
本体は殆ど鋼鉄だが、刃先には合金が使われている。石ぐらい砕けない訳がない。
(問題は……あの表皮が月を蝕むものの変異なのか、能力により普通の石を纏っているだけなのかということ)
前者なら刃を刺すのは無理かもしれないが、後者なら可能性はある。
そして、私は恐らく後者である見込みが高いと予想していた。
その根拠は、サフルが石の表皮に魔力を巡らせていることだ。サフルはそれにより魔法的な防御を得ており、魔法が直撃してもピンピンしていたり、客車で私の振るった魔力刃を弾いたりできたのは、それによるものだ。
しかし、それを常にやっているというところが気になる。
どう考えても燃費の方が心配だ。そうしなければならない理由でもないのなら、要所々々だけでやるべきだろう。例えば今、私に魔法攻撃がないことはもう充分に分かっている筈なのに、サフルは魔力を巡らせるのを止めない。
つまり、魔法的な防御は副次的なもので、本来は石の表皮を保つために魔力を巡らせているのではないかと、私は考えた。
もし、そうならばこの刃は刺さる。
(――賭けてみる価値はあるわ)
私は、今度はマネに刃を託すことにした。
「オレ様がやんのか!?」
「私じゃ馬力が足んないでしょ。いい? 相対速度を意識なさい。特に相手が踏ん張った瞬間が狙い目よ」
踏ん張った直後に撃てば、射出される刃は敵が地から足を離しているタイミングで的中する。つまり――方向転換が困難な体勢かつ、勢いが乗ったところを狙い撃つべし! ということだ。
数はまだあるから気兼ねなくやりなさいと言おうとしたところで、眼前の遺構の壁が弾けた。
「あまり、遺構は壊したくなかったんだがな!」
破片に混じって襲いかかってくるサフル。その姿を目視する前から、私は反射的に解放で逃れていたので大事には至らない。
しかし、これで逃げ回るのは格段に難しくなった。
これまでは上手いこと遺構を盾にちょろちょろと逃げ回っていたが、痺れを切らしたサフルは遺構の壁を丸切り無視して直線的に追ってくる。
奇しくも、私とサフルは焦燥感を共有しているようだった。
「――どこでもいい! 撃って!」
「あいよ!」
私が指示した通りのタイミングで射出される刃。それは見事サフルの腹部に命中し突き刺さるも、サフルは構わず突貫してくる。
(刺さったけど――浅い! 足止めにすらならないか!)
恐らく、表皮の部分で止まってしまっているのだろう。悪態を吐き散らしたい心を抑えつつ、夜空を駆ける流星のように激しく明滅するサフルの突きを必死になって掻い潜る。
しゃがみ、跳び、体を捻り、剣で往なす。
(まだ……? まだなの!?)
ここでようやく二本目が射出される。だがしかし、これは呆気なく躱された。
「マネェ! しっかり当ててよ!」
「ス、スマン!」
たぶん、マネは前と同じ箇所に打ち込もうとしたのだろう。腹部はもっとも的が広いから、それは理に適っている。だが、ずっと腹部に照準を合わせ続けていては狙いが丸わかりだ。
もっと怒鳴り付けてやりたいが、今はそれどころではない。反撃として繰り出された槍が、私の顔のすぐ側を通り過ぎ背後の遺構を砕いた。急いでその場から逃れようとするも、攻撃によって崩れ落ちた瓦礫が私の左肩に直撃する。
「ぐっ――」
それにより少しだけ足が止まり、私はまんまと袋小路に追い込まれてしまう。前方にはサフルが仁王立ちしており、右も左も後ろも上も、残るところは全て遺構によって塞がれていた。
(マズイ……何処へ逃げる? 何処へ……)
答えは分かりきっている。何処へも逃げられはしない。
(なら――どうする?)
逃げることができないのならば、こうする他に道はあるまい。
「がああああああああああああ!」
獣じみた咆哮をぶち上げ、痛みに膝を付きかけた足に鞭打ち正面から吶喊する。もちろん、破れかぶれの無策ではない。後ろ手に三本目の刃をマネに渡し、すぐさま援護射撃をさせる。
(解放――!)
棹状武器の弱点は取り回しの悪さ、ズバリ懐である。最大速で一気に接敵し、その横か股下を抜けてしまえば良い……! それだけの話だ、と無理矢理に事を矮小化して己を鼓舞する。
だが、当然の如く、すれ違いを目論む私に迎撃の槍が迫る。
(これさえ躱せば!)
ここで刃の援護射撃がサフルの左腕部に命中する。それを見て、私の心は歓喜に打ち震えた。表皮を貫けなくとも、少なくない衝撃が左腕部を襲う筈。案の定、槍先は大きくブレた。
しかし、サフルはそこから更に強引に力で押し込んで軌道を修正してくる。
(ぐっ、駄目か! ――なら、こっちも強引に行くだけのことよ!)
私は、大量の体組織を彼我の間に流入させた。援護射撃など端からアテにしていない。本命はこちらである。軌道修正を試みる槍先を体組織で強引に押し流させる。
結果から言えば、さっきの刃でブレた分、それは功を奏した。
「抜けたッ……!」
目論見通りサフルの股下を潜り抜けることに成功し、いくらかの距離を取ると途端に生還の喜びが湧き上がってくる。だが、それも束の間、突如として体に纏う体組織の動きが乱れ、マネが動揺を露わにした。
「チッ、やられた……!」
「なによ、どうしたって……あっ!」
遅れて気付く。腰に付けていた筈のウェストポーチがない。
見ると、サフルの掲げる槍先にベルトの切れたウェストポーチがぷらぷらと揺れていた。
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