触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

魔法学院の落ちこぼれが、『スライム』と契約して『英雄』になるまで
塩麹絢乃
塩麹絢乃

4.革命の気運 その④:茶会

公開日時: 2022年11月16日(水) 17:00
文字数:5,659

 昼食後、別れたロクサーヌたちは街の方へ去っていった。これから、サマンサの方を探ってみるそうだ。そして、何か進展があったら情報共有してくれることになった。


 散り散りに情報収集へ向かうロクサーヌたちを見送る時、コーネリアだけが立ち止まって「貴方のためじゃなくサミーのためよ」と執拗に念押しされた。しかし、去り際に指輪の外見を確認されたので、一応は私のことも心の片隅程度には留めておいてくれるらしい。


 全く素直じゃないんだから。


 ロクサーヌたちと別れた私は、腹ごなしもかねて歩いて学院へと戻った。指輪のことも、昼食のことも、いつかロクサーヌには礼をしなくては。


(あ、そうだ。まだ少しだけ片付けが残っているのよね……)


 嫌なことを思い出してしまった。しかし、放っておいても部屋は汚いままだ。面倒事は早いところ済ませるに限る。学院の結界内へ入った私は学生寮ドルミトーリウムへの道を急いだ。


 しかし、その道中のこと。偶然にも学院中庭のガーデンテーブルに座る彼女たちが目に入ってしまい、私は足を止めて呻き声を漏らした。


「うーわ、すっごいメンツ……」


 まず、片側にグィネヴィアとレイラが座り、その対面にヘレナが偉そうに踏ん反り返っている。両派閥の中核メンバーが揃って何の集まりだろうか。双方ともに表情は険しく、一触即発の雰囲気だ。


 私は即、回り道を決めた。ヘレナには、色々と問い詰めたいこともあったが、今はタイミングが悪そうだ。


(とばっちりを食いたくもないし、遠回りしましょう……って、あれ? 一人、足りないわね)


 私はいつもヘレナの側にピッタリとくっついている腰巾着のアイツが居ないことを疑問に思った。これでは画竜点睛を欠いており、なんとなく収まりが悪いなと思ったところで、不意に後ろからポンと肩を叩かれる。


「リンじゃない。アナタ、こんなところで何してるのよ」

「わっ、マチルダ……!」


 振り向いた先にいたのは、あのテーブルに欠けていた人物、マチルダだった。やっぱりこいつも居たか。


「……驚かせないでよ。私は、学院外で昼食をとって今戻ってきたところ」


 マズイことに、応答した所為でテーブルの三人にも私の存在を気づかれてしまった。どうしたものか、昨日勧誘を受けたばかりなのに、声もかけずに行ってしまうというのもなんとなく気まずい。


 しかし、あのテーブルには諸侯派の最先鋒グィネヴィアもいる。そんな場で勧誘がどうのこうのという話を持ち出せば、妙な空気になるのは目に見えている。ロクサーヌの薦めもあり、私にはまだ諸侯派への道も残しておきたいという欲があった。


 さまざまな考えが過り、マチルダとテーブルの間で逡巡の視線を彷徨わせていると、それまで特に何の感情も浮かんでいなかったマチルダの顔が嗜虐的に歪む。


「ねえ、リン。暇してるなら私たちとお茶しない? 貰い物だけど、ケーキもあるのよ。一緒に食べましょう?」


 肩に手が置かれ、気分が悪くなるくらいに甘ったるいマチルダの香水が鼻先を掠めた。そして、肩に置かれたのとは反対の手が掲げられ、金の花柄で装飾された白いケーキ箱が視界に入ってくる。


 マチルダにしては嫌に柔和な態度を訝しんでいると、肩に置かれた手にどんどんと力がこもってゆき、痛いほどに彼女の指が食い込み始めた。それに対する抗議の声を上げる前にマチルダが威圧的に囁く。


「色々と、聞きたいことがあるんじゃないの?」

「ぐっ……そ、それはそうだけど……」

「なら、ちょうど良いじゃない。ヘレナ様の隣に座りなさい」


 底冷えするような声の圧と肩の痛みに負け、気がつくと私は首を縦に振らされていた。


 そうして痛みから解放された私は、一度は承諾してしまった手前、進められるまま唯一空いていたヘレナの隣に座るしかなかった。すると、レイラの方は相変わらず胸元に手を当ててまごついているだけだったが、グィネヴィアの方が右の眼輪筋を一瞬ピクつかせた。


(め、めんどくさ……!)


 マチルダが隣のテーブルから自分の椅子を持ってきて、私とは反対側のヘレナの隣に座り音頭を取る。


「では、話し合いましょうか。――リンのことについて」

「え、私?」


 思わず驚いて聞き返すも誰も答えてくれない。話し合おうと言った側から、場には沈黙が訪れた。


 そして、地獄のお茶会が幕を開ける。


 マチルダによって、無言のうちにお茶会の体裁が整えられてゆく。その間、グィネヴィアとヘレナは絶え間なく視殺戦を繰り広げ、テーブルを彩った。


(帰りたい……)


 せっかくの高そうなケーキも全然味がしなかった。


 ようやくその流れが変わったのは、ケーキの大半を腹に収め終えた頃だ。これまで沈黙を保っていたヘレナが唐突に口火を切った。


諸侯派そっち頭脳ブレーンは無能だな」

「ひっ……」

「――何、急に。こっちは話が有るって言うから、わざわざ出向いてあげたんだけど。喧嘩を売るのが目的だった訳? それならそうと最初に言っといてくれる?」


 グィネヴィアが怯えるレイラの盾になり苛立ちをあらわにすると、その反応を待ってましたとばかりにヘレナが私の肩をガシッと掴んで抱き寄せた。


「ちょ、ちょっと……!?」

「レイラは闘争心や反骨心というものを著しく欠いている。だから動きが遅い。もう、リンは貰ったぞ。『サバイバル実習』で大層活躍した一組ウナのアナスタシアにでも鞍替えしたらどうだ。彼女は諸侯派だろう?」

「闘争心? 反骨心? お生憎様、そんなのは私が居れば関係ないことよ。アナスタシアにしたって、貴方がちょっかいかけるのをやめてくれれば、もう少し信用できるんだけどね」

「はて、なんのことやら……くくく……」

「――は、はなして!」


 声を上げずにはいられなかった。ヘレナの腕を強引に振り払い、私は自らの立場を明確に表明する。


「私はまだ王党派につくと決めた訳じゃないんだから! 今朝も『リンの王党派入りは確実』とかなんとか随分と勝手なこと吹聴していたようだけど、そんな風に外堀を埋めるようなことしたって私の心は動かないわよ!」

「心外だな、そんなつもりはこれっぽっちもない。する必要もない」


 ヘレナは、むずかる子供を宥め賺すように言う。


「キミは必ず私のもとへ来るのだから、『リンの王党派入りは確実』というのはただ事実をそのまま述べたまでのこと」


 手酷くフッてやったというのに、ヘレナは余裕綽々の笑みを浮かべたままだった。その自信はどこからくるのか。


 理解不能。気持ち悪い。……恐ろしい。


(まただ、またあの眼だ……)


 澄んだ瞳の奥で、濁った狂気が渦を巻いている。正視に堪えないほどの怖気が全身に走り、私は思わず目を背けてしまった。そんな私に代わって、グィネヴィアが反論する。


「どうして、そんなことが言い切れるんだ! リンはエドム地方の生まれだぞ? ルーツは諸侯派こっち! それに家族だってエドムに……」

「呆れたな、脅すのか? 融和の進む現代においては前時代的とも言える野蛮な感性だ。家族の安全ぐらい王党派もケアしてやるさ」

「は、はぁ!? 脅しなんて、そういう意味で言った訳じゃ――!」

「良い、良い。論じる必要性を感じない。実際、リンは私のもとへ来るのだから、私の言葉の正しさは未来の方が勝手に証明してくれる。では、お先に失礼するよ。有意義な茶会だった」


 有無を言わさず捲し立てたヘレナは傲然と立ち上がり――そして、途中で「おっと」と、わざとらしく立ち止まってレイラを指さしてみせる。さされたレイラの方はパッと胸元を抑えた。そういえば、彼女はさっきも胸元を抑えていたような。


「無い知恵絞って急造した逆転の一手をいつまで眠らせておくつもりだ? 遠慮せずに渡し給えよ」

「……お節介どうも。なんで知ってるかは、どうせ教えてくれないだろうし聞かないでおくわ。レイラ、アレを出して」

「う、うん」


 いそいそと胸元のポケットから取り出された封筒が、レイラからグィネヴィアの手を介して私の前に差し出される。


「リン、貴方の故郷であるエドム地方ゆかりの大貴族、フェイナーン伯が会いたいと言ってる。今日の夜、特に予定がないなら王都にある彼のお屋敷に行って欲しい。夕食をご馳走するから」


 まさか、諸侯派まで私を勧誘してくれるのか? 諸侯派に心が傾きかけている今、それは願ってもないことだが……恐らく、これはヘレナが目を付けたからというだけの脊髄反射的な動きで、私の力を評価してくれたものではないのだろう。グィネヴィアの微妙に私を値踏みするような眼もそう言っていた。


 むしろ、あの程度の活躍をしたぐらいで敏感に働きかけてきたヘレナの方が異常なのであって、ロクサーヌも言っていたように普通は暫く様子を見るものだろう。ただのマグレ勝ちのフロックだったのか、それとも本物の実力によるものだったのかを見極めるために。


 悩んだが、私はその封筒を受け取ることにした。王党派のものは受け取ったのに、諸侯派のものは拒むという訳にもいくまい。あんまり両方へ良い顔をしすぎても、それはそれで良くないが……面倒くさいな。


「フェイナーン伯は私のでもある好人物で、彼が居なかったら今の私はないわ。是非とも会ってみて欲しい。住所は中に書いてあるから」

「リン、行ってくるといい」


 なぜか、ヘレナも一緒になってそんなことを言う。王党派の彼女が一体どの立場で何を言っているのか、グィネヴィアと共に怪訝な視線を向けると、ヘレナは嘲るように鼻で笑った。


「ふん、下賤な土着民レヴァントの考えた下卑たもてなしがキミを待っているさ」

「ヘ、ヘレナ! そういうこと言っちゃあ……」

「チッ、植民者ゴイが……! いい加減にしろよ……!?」


 案の定、不必要なまでに挑発的なヘレナの物言いに反発して、グィネヴィアが激しく憤る。それを私とレイラで宥めるうちに、騒ぎの元凶となったヘレナはいつの間にか消えており、その場はずるずると決まりの悪い感じで解散となった。


 なんてめちゃくちゃなんだ、ヘレナは。こんな奴だったなんて知らなかった。普段、クラスでは猫をかぶっていたのか?


「はあ……」


 ヘレナの所為で余計に疲れた。部屋の片付けの残りはまた明日にでもやるとして、今日のところはゆっくり休もう。


 歩き去ってゆくグィネヴィアとレイラの二人に続いて私も席を立とうとした矢先、意識外から声をかけられる。


「ねえ。行きなさいよ、それ」


 さっきも嗅がされた香水の匂いで誰だか分かった。序盤以降はめっきり存在感のなかったマチルダが、背後霊のように私の耳元に立って顔を寄せていた。


「だから、どうして王党派のアンタたちまで、諸侯派の思惑を助けるようなことをするのよ。今朝は外堀を埋めるような強引な真似までしたっていうのに――」

霊鳥シムルグの伝承を知ってる?」

「はあ?」


 確かヘレナの使い魔メイトがその霊鳥シムルグだった筈だ。折節実習エクストラ・クルリクルムでは上空からの偵察を担当していて、何度かその姿を見かけたから覚えている。


 しかし、急に何の話だ? こっちの質問にも答えず。


 理解が追いつかぬまま、伝承については知らなかったので素直に「知らない」と答えて首を横にふると、マチルダは静かに語りだす。


霊鳥シムルグは燃え盛る炎の中から英雄の誕生を予言した。そこから転じて、霊鳥シムルグとの契約は英雄の誕生を予兆していると言われるようになったのよ。三百年前、初代イリュリア王が大移動を導いた際にも、彼の仲間となる魔法士カラギウスが【契約召喚パクトゥム】で霊鳥シムルグを喚んだという記録があるそうよ。そして、今回もその伝承をなぞるように霊鳥シムルグとの契約直後に貴方が現れた」

「まさか、ヘレナはそんな理由で私を?」


 信じられなかった。あの聡明なヘレナが、そんな誰が言い出したともしれない伝承に傾倒しているだなんて。確かに霊鳥シムルグ使い魔メイトとして契約するのはかなり珍しいことらしいが……。


 『英雄』――その言葉は確かに昨日、勧誘された時にも聞かされた言葉だ。あの時はただの趣味の悪いズレた口説き文句だと思っていたが、この話を聞いた後だとヘレナは本気で思っていそうで気味が悪かった。


 顔をしかめて黙りこくる私を、マチルダはふっと鼻で笑った。


「ヘレナ様だって本気で信じている訳じゃないわよ。でも、あまりにタイミングよく貴方が頭角を現すものだから……きっと、ちょっとした気の迷いみたいなものよ。願掛けとか、ジンクスとか、験担ぎとか……とにかく、ヘレナ様はアナタに期待しているの。全身全霊で応えなさい」

「期待? は? どこ行くのよ、まだ私の話は終わってないわよ!」


 言うだけ言って私の疑問には一切答えず、マチルダは私から離れてさっさと踵を返そうとする。私は慌ててその背中を呼び止めた。


「――待ってってば! これだけは聞かせてよ。折節実習エクストラ・クルリクルムの最終日の夜、アンタは本当にクラウディア教官を見たの?」

「……ええ。言っておくけれど、盗難事件は王党派がやったことじゃないわよ。アナタ程度から指輪を奪うためにそんな回りくどいことをするほど、私たちは暇じゃない。欲しいならアナタから差し出させるぐらいの〝力〟はあるつもりだから」


 どっちにつくかは早めに決めなさいよ、面倒だから、と最後に言い残してマチルダは去っていった。


「なによ、なんなのよ……」


 嵐の後の静けさに一人残された私は暫く呆然とその場に立ち尽くした。


「面倒なことになってきたな、リン。これじゃ、おちおち魔法の修練もしてらんねえ」


 空気を読んで今まで黙ってくれていたマネの言葉に全くだと心中で同意した途端、わなわなとやるせない気持ちが湧き上がってきた。握りしめた拳に自然と力が入り、細かく震える。


 彼女たちは、私が勉学と魔法の修練に励む裏で、ずっとこんなことを続けていたのだろうか。


「……馬っ鹿じゃないの?」


 『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』に進んだ後、もし正攻法で『推薦』を得るのが苦しそうなら、どちらかの派閥に与してお零れを狙うことは必至。そう思って覚悟はしていたことの筈だったが、いざ実際に誘われてみると今後もこのような無為なやり取りが続くかとただ只管に憂鬱だった。


(私は、ただ……『星団プレイアデス』に入りたいだけなのに……)


 幼稚な憧憬を引きずっているだけなのは分かっている。だが、それをキッパリ捨て去るには、私はまだ若すぎた。


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