5.操り人形
ロクサーヌたちの話では、サマンサの異変はニナの愛猫誘拐事件の前後から起こり始めていたという。ロクサーヌを中心とした集まりにも顔を出さぬようになり、授業が終わるとそそくさと足早に学院を抜け出してゆく。
その異変の裏に男性の影がチラつくとなれば、ロクサーヌ一派とて年頃の乙女であり、心配よりも好奇心の方が若干勝る。しかし、ずけずけと入り込むのもはしたなく思えて良心が咎めたそうで……だから、これは本当に不意の事故なのだという。
ある時、コーネリアが学院の敷地を歩いていると、角を曲がったところで偶然サマンサと鉢合わせた。二人はぶつかりこそしなかったものの、サマンサの手元から一通の手紙が零れ落ちた。
それがちょうどコーネリアの足元にひらひらと落ちてきたので、コーネリアは親切心から手紙を拾い上げ、何気なく封筒に書かれていた文字を目で追った。
『TO:Dear My Doll Samantha』『FROM:Jamil』
華美な封筒に記された気障ったらしい宛名、男性名の差出人、そしてくらくらするぐらいに鼻をつく香水、顔を赤くして必死に手紙を奪い取り、走り去ってゆくサマンサ。どれを取っても、その手紙が恋文であることを如実に示唆していた――と、そう熱く語るコーネリアは見るからに恋に恋していたけれど、聞いていた私としても同意見だった。
まあ、実際にそれが恋文かどうかは置いといて、指輪を盗んだのはサマンサで間違いない。
さて、今日中に片付けると勢いで宣言してしまった手前、いつまでも部屋の中で少ない情報を捏ね繰り回している暇はない。
推理の正しさを裏付ける証拠を求めて部屋を飛び出した私は、まず第二学生寮へ向かい二組の生徒に聞き込み調査を行った。サマンサが折節実習の後に寄り道した理由、『二組の友人との約束』とやらを確かめるためだ。
結果としては、学生寮の管理人、寮長、同学年・他学年の二組の生徒、その誰一人として当時のサマンサと会ったものはいなかったし、サマンサの言う『約束』とやらも確認できなかった。
つまり、サマンサの『二組の友人との約束』という言葉は嘘だ。
それと並行してクラウディア教官の派閥も調べた。とある王党派の教師によると、学生時代~軍属時代を通して諸侯派に近しかったが、傷痍軍人として第一線を退いて学院の教官職に就いてからは、めっきり派閥との関わりを断ち、徐々に中立的な立ち位置へ移行していったそうだ。
これにより、クラウディア教官がペンダントのことを知った経緯が薄っすらと見えてきた。昔の諸侯派のツテなどから察知した可能性は十分に考えられる。
現状、分かったのはこんなところか。
「ニナ、今日は協力してくれてありがとね。助かったわ」
「どういたしまして!」
聞き込み調査を終えて、私はニナの部屋を訪れていた。今日は、ニナとその使い魔である女夢魔のアルダト・リリーにも調査を手伝ってもらっていた。ニナはまだロクサーヌたちとしっかり向き合えていないようだが、私とはもう平気らしい。
なので、今回はロクサーヌからすらも疑われているサマンサの調査に貢献することで、どうにかこうにか間接的にでもロクサーヌたちとの距離を縮めたいらしい。
それから話の流れでニナの手料理を昼食にご馳走してもらうことになった。手始めに濃厚な魚介のスープを味わっていると、ニナが私の顔を覗き込んでくる。
「おいしい?」
「おいしいわよ」
「それなら良かった!」
ニナは朗らかな笑みを浮かべた。しかし、その隣では、リリーが恨めしそうに私を睨んでいる。なんでもこの料理、本来ならリリーの分だそうで、結果的に私に横取りされた形となったことが不満なのだろう。
ニナ曰く、「使い魔なんだから別に食べなくてもいいでしょ」とのこと。それもそうだ。死にはしない。しかし、猫のクミンですら手作りの餌を貰えているということもあって、リリーはなかなか不満に収まりがつかない様子だ。
私は、リリーの嫉妬を受け流しつつサラダをバリバリと頬張り、ここにいない人物――ルゥのことを考える。
実は、昨日の片付けに続き、今日もまたルゥに声をかけていたのだが、敢えなく断られてしまっていた。なんでも、教会の手伝いがあるとかで忙しいらしい。ルゥは、国教会の専管事項である『孤児院』の育ちで派閥的には問答無用の王党国教派。その辺は義理尽くめなのだろう。
その点、ニナは良い。上にも下にも飛び抜けた才覚はなく、社交的な方でもなく、どちらの派閥からも縁遠い中立派だ。
(頼るには気兼ねが要らない……って、私までこんなこと考えるようになってるじゃない!)
確実に脳内に根差し始めた派閥思考を振り払っていると、ニナとリリーの二人が揃って不思議そうな顔をして様子のおかしな私を覗き込んでくる。
いつのまにかリリーは私を睨むのを止めて、ニナに「あ~ん」とスプーンを差し出していた。その様子からすると仲直りは上手くできたみたいだ。少し、二人の距離が近すぎるような気もするけれど、それを言うと私とマネなんか常に密着してるようなものなので安易な言及は避けた。
私が「なんでもない」と言って誤魔化すと、ニナは不思議そうな顔のままだったが一応納得したようで、リリーに差し出されたスプーンに食いついた。そして、口中でもっちゃもっちゃと自分の手料理を咀嚼しながら、今度は段々と不安そうな顔になる。
「でも……本当に良かったの? この事件の犯人は諸侯派なんでしょ? このまま決定的な証拠を掴めたとしても、事件が公になったらフェイナーン伯はただじゃ済まないよね……? そうなると、リンと諸侯派の仲は完全に切れちゃうんじゃ……」
「そんなの、ニナが気にすることじゃないわよ。盗られた指輪の捜索に協力した結果、諸侯派に辿り着くだけ。矢面には私が立つから、ちょっと協力しただけのニナが睨まれることはないと思うわ」
「そ、そうじゃなくて……!」
あわあわと否定したニナは、別な懸念を示した。
「リンの家族はまだエドム地方に居るんでしょ? 仕返しとか、されたりしないかな……?」
「それは大丈夫よ……たぶん。ヘレナがなんとかしてくれる筈だわ」
確かに家族への報復は心配だが、それはどちらの派閥に付いても同じことだ。昨日のお茶会で家族のケアぐらいすると言ってたから、そこはヘレナを信用するしかないだろう。
「そりゃ、ちょいと見込みが甘くねぇか? あのやべーやつを信用して良いのかよ」
マネが呆れたように言う。確かにその通りだが、かといって諸侯派には一発食らわせてやりたいし、他に妙案も思いつかない。
「まあ、いざって時は王都に呼べば良いでしょ。無理矢理にでもヘレナに面倒を見させるわ」
「うーん、そっかぁ……」
ニナはどこか釈然としない感じだったが、それ以上は何も言ってこなかった。
どうも、彼女は自分が不必要に騒ぎを大きくして指輪の存在を広く知らしめてしまった所為で、今回の件に繋がってしまったと責任を感じているらしく、さっきの調査でもやけに張り切っていた。それでニナの気が済むのなら、私は何も言わない。
昼食をすっかり食べ終え、話題はこれからのことに移る。ニナが、まだ食事中のクミンの背を撫でながら言う。
「ねえ、これからはどうするの?」
「直接にサマンサのところへ行くつもり……だけど、一つ問題があるのよねー」
「問題?」
「そう。運良く証拠を掴めたとするじゃない? それをアーシムさん……警察の人に見せたいんだけど、証拠が物的なものとは限らないわ。サマンサがポロッとこぼした言葉とか、犯行に関わる決定的な瞬間とか。そういうのを記録できる魔道具でも持ってれば良かったんだけどなー……」
ちら、ちら、と思わせぶりに撮影機の方へ視線を向ける。すると、ようやく気付いたのかニナが「ああ」と得心が言ったように声を出した。
「撮影機、貸してほしいってことね」
「お願いできる?」
「良いに決まってるでしょ!」
ニナは物の散乱する部屋の片隅に向かい、二台の撮影機を手に戻ってきた。埃を被っていたのでちゃんと動作するか心配だったが、いじってみると問題なく機能した。これで証拠の方は解決だ。
「それじゃあ、善は急げよ。早いところ決定的な証拠を掴んで事件を解決させるわ!」
「おー!」
私たちは、手分けしてサマンサの捜索を開始した。
ロクサーヌたちの話では、サマンサはおめかしをして東門の方からまっすぐ出ていくことが多いらしい。そう言えば、愛猫クミン誘拐事件の時もサマンサは東門から出かける予定だった。
今朝もそちらの方へ向かったみたいだとロクサーヌたちから聞いている。なので、まずその辺りから重点的にあたってみる予定だ。ロクサーヌたちの方もサマンサの動向を追っている筈だから、上手いことそこへ合流できると良いのだが。
そんなこんなで、あてどなく王都を歩き回ること一時間。勢いだけで飛び出してきたはいいものの、サマンサは一向に見つけられなかった。
少々歩き疲れたので、ニナとの待ち合わせ場所にした交差点にて小休止を入れる。
「見っかんないわね……ロクサーヌたちも、どこほっつき歩いてんのかしら。恋人同士で行くようなところは大体見てまわった筈だけど。他の地区へ行っちゃったのかしら」
目の前を行き交う往来をぼんやりと眺めつつ、そこらの屋台で買ったザクロジュースを傾ける。う~ん、酸っぱい。
「なあ、リン。今いいか?」
「どーぞ」
「これは確認なんだが……この前、ヘレナは『初代イリュリア王』とか言ってたよな? つまり、この国の名は『イリュリア王国』……で、良いんだよな?」
ちょうど周囲に人も居なかったので許可を出すと、マネは小声でそんなことを聞いてきた。質問の意味がさっぱり分からない。
「合ってるわよ。それがどうかした?」
「いや、別にだからどうという訳でもないんだが……そうか、まだあったのか。『イリュリア王国』……」
意味深に言葉を濁すマネを訝しんでいると、はたと記憶に引っかかりを覚える。
「そういえば、アンタ前にもそんなこと言ってたわね。数百年前にも契約したことがあるとかなんとか」
契約初日のことだ。アレは本当の話だったのだろうか。正直に言うと、あの時は喋る『スライム』が適当なホラを吹いていると思って殆ど聞き流していたので、殆ど内容を覚えていない。
「ま、本当なら『スライム』じゃないわね。『スライム』はそんなに寿命長くないもの」
「だから、違うつってんだろ!」
「ふふ、ごめんて。でも、アンタだって悪いのよ。自分の本当の種族名を言えないんだから」
そう反論すると、マネは急に怒り出した。
「種族とかそんなもんは他の奴らが勝手に作った括りだ。オレ様は一個で完結しているから種もクソもねえ。オレ様はオレ様という種なんだよ!」
お決まりの言葉で怒鳴られてしまった。何やら拘りがあるみたいだが、説明が面倒なので対外的には『スライム』の亜種で通すことになるだろう。
しかし、それを本人に言ったところでまた騒ぎ出すのは目に見えていた。私は大人しくザクロジュースを傾けて口をつぐむのだった。
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