ラステル・ザ・シスター・ハートビート

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公開日時: 2024年6月30日(日) 12:00
文字数:1,468

 トルメキアの航空機が何機も降りてきて、谷を埋め尽くした。この谷の中心的な建物はあっという間に占拠されていた。イカれた老人たちがトルメキアの戦車を乗っ取って無謀な運転をし出していた。

(おいおい。誰か止めろよ‥‥)

 家の窓から外を覗いていた私はため息をついた。

 ペジテの船にくっついていた蟲から腐海の毒が谷に広まったとかで、総出で対策にあたってから三日たっていた。ちょっと申し訳無いような気持ちになりかけたが、《私なんて死んだんだし!》と思いだし、しかもでたらめな名前を付けられたと考えると、谷がどうなろうとどうでも良いわと思えた。

 爺どもが奪った戦車が暴走していた。橋や建物なんかを壊しながら進んでいた。

(トルメキアよりヤベーんじゃなくね?)

もう呆れて見ていたら、くるくると回ってこっちを向いた。ガンッ!と大きな音にビクッとなったらドーンという轟音を認識するまもなく爆風に吹き飛ばされていた。幸い落ちた場所がベッドだったので助かった。

直ぐにこの体の母親が飛んできた。小さな子をもつ母親や老人は使役に駆り出されずにすんでいた。目を回している私を慌てて抱き上げた。抱っこに落ち着いてくると部屋の様子が分かった。部屋の角が無くなって空が見えていた。

(老害とかいうレベルじゃねーな)恐らく腐海の毒に神経が侵されて、変な万能感にでも浸っているのだろう。腐海の毒の特徴らしい。とにかく無鉄砲な事ばかりやらかすようになるとお兄ちゃんが言っていた。

 母親が私の反応が薄いので心配そうにこちらをのぞいていた。軽く泣いておく。

 それにしてもやっぱりこの体は丈夫だなと思った。

 私はもう確信していた。

 私は生まれ変わってしまったのだと。

 昔話の英雄譚に出てくる登場人物みたいに、私の体も成長が早い。名付けられたばかりなのに、もうよろよろと歩いているんだからな。

 私は抱かれながら部屋に開けられた大きな穴に向かって指を指した。母親は躊躇したが私が愚図って降りようとするので、仕方なく瓦礫の上を慎重に歩き出した。

 鹵獲した戦車が今度はトルメキア軍がいる城の方に向けて発射していた。勢いづいた谷の人々が戦車に続けとばかりに群がって蜂起への流れが出来つつあった。

(無謀にもほどが    

 老人たちの戦車が停車している道の上に着弾があった。驚いた老人たちが戦車から出てきて、集まっていた人々も逃げ出していた。砲撃による大きな怪我人は居ないように見えた。むしろ我先にと逃げ惑う過程での踏みつけや、将棋倒しの方が心配だった。

 かなり離れた所に止まっていたトルメキアの一台の戦車の砲から煙があがっているのが見えた。大国の正規の軍人の技量というものを見せつけられた気がした。


 

 昨日の女が城から出てきて、投降したことを民に伝えていた。私も母親に抱かれて外に出ていた。さすがに離れすぎていて母親は姫様とやらが何を言っているのか分からなかった様だが、私には明瞭に聞き取ることが出来た。この谷の長がどうやら殺されたらしいということが分かった。人々が一層悲嘆にくれだした。

 私もショックを受けた。

 だがそれは故人を悼むとかそういうものとは全く無縁なもの。

 先を取られた。

 私が殺るべきだったのだ。 

 自分が成し得る可能性が消えた事に悲しみを覚えた。

 だが奴はそもそも殺されて当然の人間だったのだから、誰がやったとしても問題はない。殺さずに尋問などして証拠を揃えたりする必要など無いのだ。証拠はここにいるんだから!

 トルメキアのしたことは私の手間を省いてくれたのだと考える事にした。私には最も殺しておかなければならない人間が一人いるのだ。



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