小市民魔導剣士、冒険しつつ異世界を食べ歩く!

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第十九話 魔導剣士ロイ、プロデュースする

公開日時: 2022年7月30日(土) 13:50
文字数:3,063

「今まで、ありがとうございました。昨日までのお賃金です」


 早朝の、青い三日月亭の食堂。あのVIP来訪から一週間と少し経ち、女将さんもすっかり元気を取り戻し、仕事に復帰することになった。もちろん、バーシは引き続き、ここで仕事を続ける。


 給料袋もずしりと重く、女将さんの強い感謝の気持ちを感じる。


「ありがとうございます。でも、女将さんが元気になられたのが、一番の報酬ですよ」


 微笑む彼女。バーシも嬉しそうだ。


「今日のご予定は? やはり冒険でしょうか」


「少し、やってみたいことがありまして。もしかすると、女将さんやバーシにも、吉報になるかも知れません」


 顔を見合わせる、当の二人。


「まあ、あの人の決断次第ですけどね。じゃあ、みんな出かけようか」


 二人に別れを告げ、「スティング・ホーネット」再始動だ!



 ◆ ◆ ◆



「兄貴ー、こっち高級住宅街だぜ~。依頼票見に行くんじゃないのかよ?」


 いつもと違うコースに進んでいく俺に、疑問を呈するサン。


「いや、こっちで合ってるよ」


 やがて、いつぞや訪れたモロオ邸に到着した。


「直接、依頼でも取り付けるんですの?」


「いや、ちょっと商談をね」


 フランの疑問にざっくり答える。門衛経由でアポイントを取ろうとすると、丁度ご在宅で、すぐに会ってくださるとのこと。こりゃ幸先がいい。



 ◆ ◆ ◆



「やあやあ、久しぶりじゃない。何の用だい?」


 茶菓子を提供しながら、例の萌え絵が飾られた応接室で、気さくに応対してくださるモロオ卿。


「新しいご商売のアイデアがありまして」


「へえ?」


 たたずまいを直し、身を乗り出してくる卿。


「バーブルから、米を輸入してみませんか?」


 そう切り出すと、彼は渋い顔をする。


「ああ、そういうことか……。実はさ、前にそれやって失敗してるんだよ。この国の人たち、全然お米食べてくれなくてねえ」


 ソファに身をうずめ、脱力するモロオ卿。


「失礼ですが、その時のお話を、詳しく伺ってもよろしいでしょうか」


「ええ……? まあ隠すようなことじゃないし、大打撃ってほどじゃなかったから、いいけどさ」


 そう言って、彼は当時の失敗談を、詳細に話してくれた。要約すると、バーブルの特産品として少し輸入してみたものの、結果は鳴かず飛ばず。不良在庫は、なんとか鶏の餌として売り払うことができ、それほど痛手ではなかったらしい。


「なるほど。その失敗は、プロデュース不足にあったと考えられます」


「ほう?」


 俺の不敵な態度に興味を持ち、再度身を乗り出してくる卿。


「今、青い三日月亭という宿屋で、バーブルで修行を積んだ料理人が働いています。彼女の監修で、バーブル料理とともに、米を売り出してみるのはいかがでしょう? 腕は保証します」


「ほほー……その発想はなかったな」


 天井を仰ぎ、腕組みして考え込むモロオ卿。


「面白いね、やってみよう。バーブル料理は、僕の故郷の料理にそっくりで、愛着もあるし」


 かくし、て商談成立。握手を交わす。


「で、君たちの取り分はどのぐらい欲しいかな?」


「いえいえ、そんな。バーブル往復の護衛料で、十分ですよ。ただ、バーシ……監修する料理人には、それなりにお願いします」


「欲がないねえ。ロイ氏のそういうところ、結構気に入ってるよ」


 目の前の金より大事なものは。信頼。損して得取れというやつだ。モロオ卿の覚えがめでたくなれば、今後色んな仕事が、優先的に舞い込んでくるというもの。さあ、次はバーシに話をつけなければ。



 ◆ ◆ ◆



「バーブル料理を、ですか?」


 宿に戻って、休憩中のバーシに話を切り出すと、彼女は眉をひそめた。


「興味深いお話ですけど、私、ここでの仕事がありますし……」


 申し訳無さそうに断られてしまった。だが、ここからが勝負。


「いや、君はレシピを書いて、あとは味見をしてくれればいい。あくまで監修だからね。ここの仕事の邪魔には、ならないはずだよ」


 下唇に親指を当て、しばし熟考するバーシ。女将さんが、「うちのことなら大丈夫だから」と口添えしてくれる。


「わかりました。他ならぬロイさんの頼みですし、仕事の邪魔にならないなら、やってみたいです」


「ありがとう。じゃあ、早速モロオ卿に報告させてもらうよ」


 さあ、歯車は回りだした。勝負と行こう!



 ◆ ◆ ◆



 後日、モロオ卿とバーシは正式に契約書を交わし、我々はバーブルから米を持って帰ってきた。前回の失敗を考慮してか消極的な量だが、それはまあ仕方ない。


 バーシの注文で、醤油と海苔、大豆に米酢にみりんに干し昆布に鰹節、その他細々こまごました物も、同時に輸入している。これらは、バーブル料理に欠かせないものらしい。


 むろん、商取引はこれだけではなく、様々な交易品を、向こうとこちらで売買している。


「で、バーシ。どんな料理を作るんだい?」


 青い三日月亭の厨房で、彼女の発案を皆と待つ。責任者であるモロオ卿にも、ご足労願っている。


「バーブル料理でも特に人気がある、寿司というものにしようかと思っています」


 寿司とな? そういや向こうに滞在しているとき、そんな名前を耳にした気もする。


「内陸ですから、川魚の寄生虫を避けるために、スケロクと呼ばれる、魚を使わない寿司にします」


「へえ、こっちでもスケロクっていうんだねえ。懐かしいな」


 郷愁に、目を細めるモロオ卿。早速、バーシの指導で試作品を作り上げる。スポンサーである卿は観戦。


「できました。実食してみましょう」


 出来上がったのは、海苔を巻いた円形の寿司と、バーブルで見た米俵のような形をした、イナリと呼ばれる寿司の二種。早速頂いてみよう。


 まずは円形の方から。バーシとモロオ卿によると、手づかみで食べるのが粋らしい。


 一口かじってみる。パリッとした海苔の歯ごたえに続き、酢を和えた米がパラパラとほどける。この酸味と米の甘味に、具の卵焼きの甘味椎茸の滋味、きゅうりの爽やかな歯ごたえが合わさる。


 あとは、干瓢かんぴょうといったか、これも歯ごたえがあって良い味わいだ。いやはや、これは面白いな。卵と野菜だけでこれだけ美味いんだから、現地の魚の寿司なんて食ったら、昇天してしまうぞきっと。


 続いて、稲荷の方に手を付けようとすると、こちらは手づかみ非推奨だと止められる。


 では、フォークで頂こう。そのうち箸の使い方も覚えないとなあ。


 一口かじると、甘辛いタレの味が、まず第一弾として舌に来る。これに、確か油揚げといったか、大豆と油の旨味が第二弾。そして、いい具合にタレの染みた酢飯の甘さが第三弾として口腔を満たす。


 これを、バーブル名産・緑茶ですっきりさせる。素朴でほっとする味だなあ。イナリというのは、バーブルに伝わる民間伝承の狐神の好物らしいが、その神様がおやつとして頬張っているのを想像すると、ほっこりする。


 皆も、美味しそうに食べているので、ひとまず上手く作れたようだ。


「いやあ、美味しいね。こっち・・・でも、こんな美味しいお寿司が食べられるもんなんだね」


 モロオ卿も、感心することしきり。


「問題は、ルンドンベア人の舌に合うかどうかかなあ」


「俺らも美味しいと思うので、大丈夫じゃないかと思います。弁当として、青い三日月亭ここの店先で試験販売してみませんか?」


 卿に、プッシュする。


「それでいってみよう。稲荷は、木製の使い捨てフォークを付ければいいかな。あとで、弁当箱と一緒に買い付けてくるよ。女将さん、お願いできるかな?」


「わかりました。やってみましょう」


 モロオ卿の言葉を受け、女将さんも快諾してくれた。かくして、明日の昼に十食を試験販売することになった。バーシはあくまで監修という約束なので、実際握るのは俺たちだ。売上は青い三日月亭の収入となる。緊張するなあ。

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