「ふあああぁぁぁ……」
翌朝大あくびをかましながら、俺たちは女将さんに教えてもらった、街の中央にある大きな商館隣の告知所へ向かい、依頼の内容が書かれた紙 (通称『依頼票』)の貼られた掲示板の前にいる。
サンの方は、久々にいい食事と寝床にありつけたからか、スッキリ爽やかって感じの、好対象な顔をしていやがる。
当然ここには、都市中の冒険者が集まってくる。都市中の冒険者といっても、その数は百と少しというところ。まあ、俺らみたいのが千人ぐらいいたら、色んな意味で一大事だわな。俺たち冒険者以外には、見張りの衛兵が二人いるだけだ。
その昔、冒険者同士でギルドを作ろうなんて動きもあったらしいが、何ぶん自由人の集まりなのでうまくいかず、空中分解してしまったらしい。
「兄貴、どんな依頼取るんスか?」
「いや、まずはパーティーを組むのが先だ。剣と攻撃魔法は俺が使えるから、盾役と治癒魔法の使い手が欲しいところだな」
そう言って告知所を見回すと、いかにも盾役ですと言わんばかりの、重装戦士が目に止まった。
フルフェイスの兜を被り、体にはガチガチのフルプレートメイル。大盾に長槍、腰には予備武器の手斧、上背も百七十センチをちょっと下回るかぐらいでなかなかと、いかにもこいつは漢! って感じだ。
しかもしめたことに、パーティーに所属していることを示す、徽章《きしょう》を着けていない。つまりフリーだ!
「なあ、そこのフルプレートと長槍のあんた! 俺たちと、パーティー組まないか!?」
右親指で自分を指し示し、アピールする。
「ボクですか? よかった、ボクも入れそうなパーティー、探してたんです!」
返ってきたのは、鈴の音のような可愛い声。異界風に言うと萌え声だった。内股で愛らしいポーズまで取っている。
「……あんた、女?」
「あ、はい。こんな格好だから、よく間違われますけど……」
なんてこった! 俺の漢パーティーがあああああ!
じゃあ別の人に改めて声をかけたらいいだろうと思うだろうが、実はそうもいかない事情があるのだ。
冒険者の間では、よほどのことがなければ声をかけた側が、「やっぱりなし」などと言ってはいけないという、しきたりがある。なぜならば、それは自分の人の見る目のなさを、露呈するようなものだからだ。
それをやったが最後、この業界では、一生白眼視されることになる。同様に、一度仲間にしたら死に別れでもしない限り、仲間を外すことも許されない。かなりシビアかつ、特殊な世界である。
「ロイ・ホーネットデス……ヨロシクオネガイシマス……」
「パトリシア・サンキストです。気軽に、パティって呼んでください」
「オレ、サン・ホーネット! よろしく、パティ姉!」
半分魂が抜けながら握手を交わし、新たな仲間を加えることになりましたとさ。
気を取り直そう。次は治癒術師だ。神官とか薬師とか、そういう感じのがいないかと再び当たりを見回す。
やはり治癒術師は競争率が高いのか、これは! と思うやつを見つけても、もれなくパーティー徽章をつけている。それでも目を皿のようにして見回していると、いた! いかにもって感じの僧衣を着た……女が。
また女か。俺は、漢パーティーを組めない運命にあるのか。だが、治癒術師抜きでの冒険は、どう考えても自殺行為だ。ここは、選り好みしている場合ではないのかもしれない。
「ねーちゃん、ねーちゃん! オレたちのパーティーに入らねえ?」
ってオイ、サァァァァァン! 何、勝手に声かけちゃってくれてんのォッ!? ああいけない、ここで俺がNOと言ったら、サンのメンツを潰すことになる。これも運命か……。こんなしょーもないことで、運命を感じるとはなぁ……。
「有り難いお申し出、感謝いたします。私は、フランシスカ・セルティス。フランとお呼びくださいませ」
おお、お上品なお嬢さんだこと。容姿を改めて見ると、身長は百五十五センチほどで、白基調の僧衣にゆるいウェーブのかかったブロンドのロングヘア。
鎚鉾と聖印の刻まれた小盾に、ブレストプレートという出で立ち。コテコテの神官姿だ。歳のほどは、俺と同じぐらいだろうか。この世界の女性が皆そうであるように、バストは慎ましやか。
いや、いかん俺! どこに注目している! 硬派硬派!
「俺はロイ・ホーネット。こいつが義妹のサンで、こっちがパティ。今後ともよろしく」
まあ、こうなっては是非もない。フランとも握手を交わし、ここにパーティーが成立した次第である。
「さて、なにか適当な依頼を選んで、余裕がありそうなら徽章を作って、結成式でもやるか。……ゾンビ退治か。急ぎの依頼ではないようだな。これなんかどうだ……!?」
バイオでハザードな依頼を選んだところ、一瞬異様な殺気が背筋を貫く。なんだ、この圧は……? 依頼票を取って振り返ると、特に殺気を放っている人物はいない。気のせいか?
「ぜひその依頼にしましょう! 神官としては、不浄の者は放っておけませんので!」
やたら、にこやかなフラン。まあアンデッド退治は、神官が一番輝く仕事だしな。しかし、さっきの殺気 (駄洒落じゃないぞ)は、何だったのだろうか。むむむ。
◆ ◆ ◆
「さて、どんな徽章にするかだが」
仕立て屋で、徽章のデザイン発注のために、皆と相談する。ちなみに、先ほど改めて交わした自己紹介によると、フランは俺と同い年の十五、パティは一つ上の十六とのことだ。
「我が神、オルナウの聖印などいかがでしょう」
あかんだろ。俺は、その宗教に帰依した覚えはないぞ。
「ネコ……とか可愛いと思いません? にゃーって」
招き猫ポーズを取るパティ。猫は可愛いかも知らんが、そのごつい格好で真似されてもなあ。
ちなみに、パティがデザインを起こした猫の絵は、可愛すぎるということで、申し訳ないがボツにさせてもらった。
「やっぱ、オレら的には蜂じゃね?」
「俺も、それに賛成したい。構わないだろうか」
パティとフランは少し逡巡した末に、承諾してくれた。
一番絵が上手いパティが描くと、先ほどのように異様にファンシーになってしまうので、不肖俺がデザインを描き起こす。あまり上手ではないが、仕立て屋がブラッシュアップしてくれることだろう。
「次に、リーダーとパーティー名だが」
「オレは、兄貴を推すぜ!」
おおう、実に義兄想いの義妹よ。
「いいんじゃないでしょうか。ボク、あまり人を引っ張るタイプじゃないですし……」
ごついアーマー姿で、人差し指同士を突かせ合って、もじもじするパティ。すごい絵面だ。
「私も、特に異存はありませんわ。では、リーダーはロイさんということで」
「では、俺がリーダーを務めよう。パーティー名だが、『スティング・ホーネット』というのは、どうだろうか」
スズメバチの一刺しのイメージだ。ちょっと、かっこいい気がするだろう?
「可愛くていいと思います!」
いや、可愛くはないだろう。スズメバチだぞ。
「特に、反対する理由もないですわね」
「兄貴、センスかっくいー!」
おう、こちらもスパッと決まったな。どうでもいいが、全肯定マシーンと化してないか、義妹よ。あとは注文して、例の宿屋兼酒場で結成式と洒落込もう。
◆ ◆ ◆
翌日早くから仕事に取り掛かるので、どんちゃん騒ぎとは行かなかったが、美味い食事に美味い酒と、なかなかいい結成式となった。
特に、ティガロア……異界で言うマスのような魚 (以後、異界のものに例えられる存在は、異界の名で呼ぶことにする)のムニエルは、絶品だった。ほどよく乗った脂に、コクのあるバターが合わさり、最強に見えるという感じだ。
それにしてもパティ、食事中も鎧兜を外さなかったな。器用な食べ方をするもんだと、変な感心をしてしまう。
部屋は、個室と相部屋が一つずつ空いていたので、俺が一人部屋を取り、サンとパティが相部屋という塩梅。まあ、無難な部屋割りだろう。フランは、教会で寝泊まりするとのことだ。
そういえばさっき割り勘にした時、うっかりパティに、一枚余分に銅貨を支払わせてしまったんだった、返さんとな。
「サン、パティ、入るぞ」
二人の部屋を開けると、白いボディスーツを着た、青髪ショートカットのスレンダーな美少女が一人。
誰!?
「キャアアアアアアッ!」
ものすごい悲鳴を上げる彼女。
「すいません、部屋間違えましたァ!」
慌てて外に出るが、何度表札を見ても三号室。二人がいるはずの部屋だ。もしや盗人!?
「貴様、何者だァ!」
改めて、勢いよく扉を開け放つ。
「見ないでくださああああい!」
先程の女が、うずくまり縮こまっている。
いやまて、この声聞き覚えがある……。
「……ひょっとして、パティか?」
「そうですよ! 恥ずかしいので、見ないでくださああい」
泣き出しそうな声で懇願されてしまったので、後ろを向く。あれが、パティの素顔だったのか。
「恥ずかしいって……それ下着じゃないだろう?」
「ボク、男の人に顔とか体見られるの、恥ずかしくて全然ダメなんです……。だから、いつもあんな鎧着てるんですよう」
なんとまあ、そんなシャイな理由で、あんなごつい鎧着てたのか。
「事情はわかった。さっきパティに、一枚余分に銅貨を払わせていたことに気づいてな。返しに来た」
「ありがとうございます」
後ろ手に銅貨を差し出すと、彼女は受け取ったようだ。
「そういえば、サンの姿が見えないようだが?」
「サンちゃんなら、お腹が空いて寝付けないからと、下の方に行ったみたいですよ」
あいつ、あれだけ食って、まだ小腹が空いているのか。
「まあ、それだけだ。明日に備えて、休んでおいてくれ」
手を振りながら、退出する。やれやれ。このパーティーでまともなのは、俺とフランだけか。
……そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。
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