翌々日の昼過ぎ、ルンドンベアから徒歩で二日かかる、ドッカノ村のさらに外れ、村から徒歩半日ほどの森の奥にそびえ立つ、不気味なでかい館に、俺たちはやって来ていた。
聞くところによると、村人が最近ここを発見したが、どうやら邸内をゾンビが徘徊しているらしく、特に被害があるわけではないが、不気味だし、今後何かあっても困るので、退治してくれということらしい。
「早く突入しましょう! さあ! さあ!」
一昨日から、やたら意気込んでいるのがこのフラン。ふんすふんすと、鼻息が荒い。
「お、おう。開けるぞ」
大きな扉を押し開けると、早速広間で、腐臭を撒き散らすゾンビ一体とご対面!
「イイイイイィィィハアアアァァァァッ!!」
剣を抜こうとすると、奇怪な雄叫びを上げてゾンビに襲いかかる、一つの白い影! 気づけば次の瞬間、フランが鎚鉾でゾンビの脳天をストライクしていた。
「オラァッ! ゾンビ風情が、現世をうろついてるんじゃあねーですわよッ!! ウリィィィィヤァァァッー! ぶっつぶれよォォッ!!」
鎚鉾で、何度も何度も何度も何度もゾンビを打擲するフラン。返り血ならぬ、返り脳汁 (物理)を浴びようがお構いなしだ。百年の恋も冷めること間違いなしの、ドン引きシーンである。せめて人間らしく。
「フゥーッフゥーッ! イヒイッッ! 粉砕イイイッ……! トドメの死霊浄化術ォォォォッ!!」
彼女が、恍惚絶頂の叫びとともに盾を掲げると、聖印から光が溢れ、もはや原型を留めない肉塊と化したゾンビを灰にする。いやもう、初めからそれでいいだろ。この数分間の光景は、見なかったことにしたい。残虐行為手当という、意味不明な単語が頭をよぎった。
「うふふふふ……この感じ、まだまだいやがりますわねェ。ヒョホォッ! 悪霊滅すべし! 慈悲はなァァァいッ!!」
舌なめずりしながら、袖口で頬の汚汁を拭う神官サマ。やっぱ無理、俺はこの光景を一生忘れることはできないだろう。夢に出そう。
もはや暴走状態にある神官サマを追う形で、館を突き進む俺ら。リーダーって何だっけ。
野獣と化したフランの快進撃にも、ついに壁が立ちはだかる。館の最奥部には、二十体近いゾンビが待ち受けていたのだ!
「ヒャハァッ! こいつァ潰し甲斐がありますわよ! 死霊浄化術ォッ!!」
流石の神官サマも、無闇に突撃するようなことはせず、初手は聖なる光でゾンビを消滅させる。
よかった、まだひと欠片の理性が残っていたんだな……。しかし、スタミナを消耗しすぎていたためか、効果は今ひとつのようで、四体ほど消すにとどまった。
「こりゃ、さすがにまずいな。みんな、フランを援護するぞ! 雷衝撃滅波!」
魔導書を開いて詠唱すると、ページが幾多もめくれて雷撃が迸る。これでさらに六体撃破! 続いてパティが手斧を、サンがダガーを構えて突撃し、俺も抜剣する。
「賦術火炎刃!」
魔法で剣に炎を宿すと、魔導書を腰のバインダーに納め、前線に突入する。あとはもう、大乱戦だ。
不意に、頭に痛みが走る。さすがに敵が多すぎて、パティのカバーが間に合わなかったようで、後頭部を爪で攻撃されたみたいだ。頭部からの流血を、手で確認する。
「フラン! 治癒魔法を頼む!」
「えっ!? そんなモノ使えませんわよ?」
は? ……はああああ!?
「私、魔法はすべてアンデッドと、悪魔を滅ぼすためのものしか授かっていませんもの。オラァッ!」
息切れしながら笑顔で返答し、ゾンビをしばき倒す神官サマ。なんてこった、こいつただのエクソシスト系バーサーカーじゃねえか! やべえ、この戦い負傷できねえ!
壮絶な死闘の末、やっとの思いでゾンビの群れを全滅させることができた。
念のためにと買っておいたヒーリング・ポーションを、師匠に餞別として貰った無限収納ベルトポーチから取り出して飲みながら、「街に戻ったら、今度こそマトモな治癒術師を仲間にしよう」と、心に誓うのであった。
◆ ◆ ◆
再び二日かけてルンドンベアに帰ってきたら、日が沈みかかる頃になってしまった。これでは仲間探しは難しいな。
村の依頼を解決して小金が入ったこともあり、初の冒険の成功を祝い、今日は例の店で豪遊……とまでは行かないが、宴を開くことにした。
まず出てきたのはエールと茹でソーセージの温野菜添え。まずはソーセージを楽しむ。歯ごたえのある皮がはじけ、肉汁が口の中に広がる。胡椒の刺激がまた良いアクセントだ。
これを、エールで流し込む。爽やかな苦味が腔内をさっぱりとさせ、さらにもう一口とエンドレスな欲求が発生する。
しかし、ここであえて温野菜。ブロッコリーと人参、じゃがいもなどを咀嚼すると、ほくほくとした口当たりと、ほのかな甘味が滋味深い。
他のメンバーを見ると、パティは相変わらず器用に鎧兜のまま飲食し、サンはがっつき、フランは清楚おしとやかに頂いている。三者三様な光景だ。……フラン、お前の狂態は忘れたくても、絶対忘れないからな。
一同がソーセージを平らげる頃合いに、次の品が運ばれてきた。おなじみマスだが、今回はきのこと一緒にムニエルにされている。ここできのこ。良い品が入ったということか。まずはこれを頂いてみよう。
このきのこ、一般的なきのこと違い、縮れていて毛玉のようだ。どんな味なのだろうか。まずはこいつだけ試してみよう。変わったきのこを口に入れると、縮れた部分にバターと調味料が染み込んでおり、とても深い味を蓄えていた。なんだこれ、うまいじゃないか!
続いて、マスと一緒に。うん、美味い。丁寧に骨抜きされたマスの切り身の、淡白ながら適度に脂の乗った味わいと絶妙に噛み合う。これは酒が進んでしょうがない。
ラストを飾るのは、ステーキと赤ワイン、スライスしたパンだ。見たところ、ステーキの味付けは塩胡椒のみ。これは、かなり肉に自信がなければできない所業だ。期待が高まる。
肉にナイフを入れると、スッと抵抗なく肉が切れる。一口放り込み噛みしめると、口の中に豊かな肉汁が広がっていく。シンプルな味付けが、レアに焼けた素晴らしい肉の舞台を演出する。
追い打ちに、パンをちぎって口に入れる。ふわっとした食感に、シンプルながら芳醇な土台が、肉の後味をしっかりと受け止める。
そして、赤ワイン。甘みとコク、爽やかな香りと酸味が一体となり、いくらでも飲める。
この店の料理は、本当に素晴らしい。女将さんは、どこかで修行をしたのだろうか。とにかく、素晴らしいひと時だった。
酔いも回ってきたところで、宴はお開きとなり、皆、寝床へと引き上げる (フランは教会に帰った)。明日も頑張ろう。
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