昼下がりに、大過なく王都へと帰り着いた。さて、新たな仲間を加えてやることといえば、徽章の発注と、歓迎会である。徽章発注の方は手早く済ませ、お馴染み『青い三日月亭』で、宿を取り食事会と洒落込むことに。
何ぶんナンシアの兄のこともあり、どんちゃん騒ぎをする気はないが、同じ釜の飯を食うのは団結力のアップに役立つというのが、持論のひとつ。なるべく早く、ナンシアにはパーティーに馴染んでほしいところだ。実際、ここにくるまで、どうにも会話が弾まなかった有様である。
寝室の手配が終わると、早速食卓に着く。思えば、最初俺とサン二人だったパーティーも、短期間でずいぶん大所帯になったものだ。
「ナンシア、君が今日の主役だ。何か食べたいものがあったら、遠慮なく言ってくれ。ここの料理は、どれも絶品だ。味は保証する」
「そうですね……。菜食を食べられれば、と思います」
「ひょっとして、ベジタリアン?」
「そういうわけでもないんですけど、今日はお野菜気分、ぐらいの感覚なんです」
なるほど。とりあえず女将さんに相談してみよう。手を上げて女将さんを呼び、今日のオーダーを伝えると、では菜食づくしにしましょうと快諾してくれた。
「あ、俺にも彼女と同じものを出してください」
食にまつわるマイ金言のひとつに、「相手と仲良くなりたければ相手と同じものを食え」というのがある。実際、これはなかなか効果てきめんな方法だ。
「じゃあ、オレもそれで!」
「私もお願いしますわ」
と仲間も続き、昼食は菜食づくしと相成った次第である。
◆ ◆ ◆
まず運ばれてきたのは、ポロネギをシンプルに串に刺して、塩焼きにしたもの。女将さんが、こういうシンプルな料理を出すときというのは、素材に自信があるときだ。これは楽しみ……。
まずはひとつ口に咥え串を引き、噛みしめる。おほっ、口の中にじゅわっと甘みが広がるじゃあないか! 塩加減、焼き加減も完璧で、まさに三位一体とはこのこと! 食前酒のエールに、これがまた実に合う。シンプルにして、究極の食べ方と言えよう。
皆が食べ終わる頃、続いて運ばれてきたのは揚げ物。極太アスパラガスのフライ。これに岩塩をつけて頂く、という趣向のようだ。岩塩はルンドンベアを擁する国家、ラドネスブルグ名産品のひとつで、外貨獲得手段のひとつにもなっている。海が遠いのに食文化が豊かなのは、この岩塩と交易路の広さのおかげと言っても過言ではない。ともかくも、冷めないうちに食べてみるとしよう。
きゅっと噛みしめると、さくっとした衣の歯ごたえとともに、油の旨味と衣に封じ込められた、野菜のジューシィなエキスが口内を満たす。これに、岩塩のシンプルながら豊かな味わいが、実に良い塩梅。これをつまみに、エールをグイっとやると、もう堪らない。揚げ物における、一つの美の極致を見た、というのは言い過ぎか。しかし、これが非常に美味いのだから仕方ない。
我々が、フライを堪能し終わるのを見計らって、熱々のピッツァと赤ワインが運ばれてきた。具はミニトマト、アボカド、マッシュルームにナス、そしてチーズと実に豪勢。肉抜きでも、このボリュームは圧巻だ。こんなに食べきれるだろうか? 切り分けはセルフサービスなので、カッターで六等分にする。
では、自分の取り分をいただこう。とろけるチーズ、トマトの酸味、アボカドの脂が渾然一体となって、舌を包む。チーズとアボカドの脂肪を、マッシュルームとナスが受け止める。いやはや、実に旨味! 最初はボリュームに驚いていたのに、ぺろりと平らげてしまったぞ。
そしてトリを飾るのは、アップルパイ。きちんと酸味の強い林檎を使っており、味がぼやけていない。パイ生地はサクサクしていて、しっとりとした林檎と、蜂蜜のハーモニーが絶妙である。俺には祖母がいないが、きっとこれが「おばあちゃんの味」だ。可愛い孫のためにパイを振る舞う、顔も知らない祖母のイメージが浮かぶ。
以上四品、どれも美味かった。肝心のナンシアも、「堪能しました。どれも素晴らしい料理でした」と、充実した表情で口を拭っている。皆も、実に満足そうで何より。突飛なリクエストにも柔軟に対応する女将さんに、恐れ入る次第だ。
◆ ◆ ◆
「ロイさん、買い物に付き合っていただけませんか?」
寝るには時間が余っている食後、時刻で言えば三時の鐘が鳴って少し過ぎた頃、ナンシアからひょんな申し出を受けた。
「女の買い物は、女同士の方が捗るのではないか?」
と答えたら、彼女は「ロイさんにお願いしたいんです」と食い下がってきた。まあ、特にやることがあるでもなし、親交を深めるのはやぶさかではないので、付き合うことに。
かくしてやってきたのは、服飾店。ううむ、男が退屈するスポット第一位ではないか。まあいい、付き合うと決めたからには、ぼやいてもしょうがない。
「ロイさん、これおかしくないでしょうか?」
意外と早く試着室から出てきた彼女は、地味な村娘スタイルとは打って変わって、アイボリーのチューブトップに、ライトブルーのローライズ・ショートパンツという、ずいぶんと刺激的な格好。スレンダーな引き締まった肢体を前に、思わず視線のやり場に困ってしまう。
「お、おう。とても似合ってると思うぞ」
うーむ。我ながら、もっと気の利いた返しはできないものか。
「ありがとうございます!」
しかし、こんなパッとしない褒め言葉でも、眩しい笑顔を返してくれるのだ。何だか恐縮するやら、照れるやら。
「まだ他に、買い物はあるのか?」
急かすわけではないが、目安を知りたい気持ちもあり、ちょっと尋ねてみた。
「いえ、あとは似たような服を、着替えとして買うだけですから……」
「そうか」
どうにも照れくさい。何だろうか、この感情は。この後は、ついでだからと、ちょっとした冒険用の品々を買い込み、宿へと戻った次第である。
◆ ◆ ◆
宿に戻ると、テーブルの前で、残りのメンツがなにやら難しい顔をしているではないか (訂正。パティは兜のせいでよくわからない)。卓上には、六つのサイコロが転がっていた。
「どうした、みんな。そんな険しい顔をして」
「兄貴……。実は、これからのことを占ってみたんス。そしたら、何かろくでもない展開が起こると、お告げが出たっス」
「ほう? 本当に当たるのかそれ?」
義妹の対面に腰掛けながら、ちょっとからかう。
「当たるっスよ! 現に、ナンシア姉との出会いがあったじゃないっスか!」
ムキになってむくれる彼女。おいおい、そんなに怒ることないじゃないか。
「わかったわかった。疑って悪かったよ。まあこんな家業だ、用心するに越したことはないな」
とりあえず、今日は戸締まりをきっちりして早めに休んで、また明日から、冒険に取り組もうという話になった。
◆ ◆ ◆
視点はロイから移る。
暗雲立ち込め、稲光差す崖上の古城で、十二人の仮面の男女が、燭台の薄明かり灯る円卓に着いていた。いずれも、首元や手が皺深く、頭には白髪を湛えた老人たち。
円卓の中央では、不気味な機械装置が青白く輝き、ウォンウォンと唸りを上げている。席の外では、籠に入れられた、一羽の血のような赤色をした鸚鵡が、「ゲゲゲ」と奇怪な鳴き声を上げていた。
「ナンバーワン、ついに『鍵』が揃いましたな」
「左様、ナンバーエイト。今こそ、我ら『千年評議会』が動くとき」
円卓メンバーの声に応え、ナンバーワンと呼ばれたリーダーと思しき男が、ワイングラスをくゆらせ香りを楽しむ。
「では、ついにデウス・エクス・マキーナ計画の始動を……?」
メンバーのひとりである老婆が、わなわなと手を震わせ恍惚とした声を出す。
「おお……! ついに我らの悲願が!」
「今こそ、悲願成就のとき!」
他のメンバーも皆一様に、興奮気味に声を上げる。
「乾杯をしようではないか、諸君!」
ナンバーワンが、ワイングラスを掲げた。
「我ら『千年評議会』に。栄光あれ! 乾杯!」
めいめいが、隣の者とグラスを打ち鳴らし合う。祝杯を呷る様を、雷光がシルエットとして、強く描き出す。
それを受けるかのように、鸚鵡が羽根を打ち鳴らしながら、ぎゃあぎゃあと、不吉な鳴き声を上げた。
なお、彼らは物語に一切関係ないし、二度と出ない。ろくでもない展開とは、これのことである。ちゃんちゃん。
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