……はっ!
あたり一面の、雪景色。雪に埋もれて、意識を失っていたようだ。寒い。何より力が出ない。ベルトポーチに砂糖水があったはずだ。まずはそれを飲んで、少しでも体力を回復させねば。
水袋があった。横になったまま一気に飲み干し、人心地つく。
体を起こし、状況を確認する。あたりは夕焼けに染まり、ロッジは埋もれたのか、見当たらない。
仲間は無事だろうか。「おーい!」と呼びかけてみるが、返事はない。
不安に押しつぶされそうになるが、少し周囲を探してみよう。
防寒具を再度身にまとい、目印に長剣を突き立てる。この剣も、ぼろぼろになってしまったな。パティの槍があれば目立ってよかったのだが、彼女もろとも、どこへ行ったのやら。
ざくざくと周囲を探していると、雪に埋もれている毛むくじゃらの何かを見つけた。近寄ってみると、犬の鼻と口だ。いや、これはひょっとすると……!
急いで掘り起こすと、埋もれていたナンシアを発見した!
「ナンシア! 起きろ! 起きてくれ!」
体を必死に揺すると、彼女がうっすら目を開けた。
「ロイさん……?」
「そうだ、俺だ! とりあえず起きよう。こんなところに、埋もれたままでいるものではない」
力を合わせて助け起こすと、ぶるぶると犬のように体を震わせて、体毛の雪を払う。
「助かったんですね。ほかの皆さんは?」
「わからん。あそこに目印の剣を刺した。あれを見失わない範囲で捜索しよう。今、君の分の防寒具を出す」
防寒具を手渡し、山頂に向かって左へ歩いて行く。
「俺はこっちをぐるっと探す。君は、反対側を頼む」
「はい!」
着替え中の彼女を残し、再度雪面を眺め回して歩く。
……芳しくないな。我々が随分下の方に流されたのか、あるいはその逆か。
そのまま、目印の剣から離れないように、右回りにぐるりと周回してみるが、やはり手がかりはない。
そして何よりまずいのが、もう陽が沈みかかろうとしている。
「ナンシア!! 剣のところに戻ってくれ!!」
剣の下に戻りながら、近くを捜索しているはずの彼女に呼びかける。
「呼びましたか、ロイさん? あら、それは……」
雪のブロックを作っているところに、彼女が戻ってきた。
「今日はここで。イグルーを作ってビバークする。手伝ってくれ」
「でも! まだみんなが……」
「俺だって、断腸の思いだ。だが、陽が沈んでから動くのはとても危険だ。そのような愚を犯すわけにはいかない。無念だろうが、無事だと信じよう」
そう言うと、彼女は無言でブロック作りを手伝い始める。気持ちの整理は付かないが、俺の言葉が正論だと理解してくれたのだろう。
こうして陽が沈み切る前に、なんとか二人入れるイグルーを作り上げた。
中に入り、松明の束をベルトポーチから取り出し、燃やす部分を付き合わせて中心に火打ち石で点火する。
火は程良く燃え、我々はやっと暖を取ることができた。
二人で、人心地ついたため息をふうと漏らす。ナンシアは半獣状態のままだ。毛深い状態のほうが、多少暖かいのだろう。
とにかく戦闘からの雪崩泳ぎ、そして捜索、イグルー作りと、昏倒しないのが不思議なぐらい力を使い果たしているので、まずは体力を回復させるために、干し肉を焼く。
火が通ったので、ナンシアにポーチから取り出したフォークを渡す。しゃべるのも疲れるので、互いに無言で食む。
干し肉など取り立てて美味いものでもないが、この極限状態で食うと、至上の美味に感じられる。ゆっくり咀嚼し、そのありがたみを、しかと味わう。
鍋を取り出して、雪からお湯も作り、白湯で肉を流し込む。なんてことのない湯だが、疲労困憊の果てに飲むと、滋味深い。
「とりあえず、早めに休もう。俺たちは、体力を使いすぎた」
さらに、ポーチから毛布を四枚取り出す。
「そうですね。あの、ロイさん。私と一緒に寝ませんか?」
「はァッ!?」
唐突な発言に、思わず裏返った大声を上げてしまう。
「いえ、あの、そうした方が、暖かいと思うんです」
むう……。低体温の回避には有効な手段だが。ううむ。だが、体力の回復に努めようと言い出したのは俺だな……。
「わかった。その、変なことはしないから安心してくれ」
「信頼してなかったら、提案しませんよ。さあ、どうぞ」
「……邪魔する」
彼女の懐に潜り込む。俺よりも長身の彼女に抱きしめられていると、なんだか不思議な安堵感を覚える。
ふかふかした毛の感触が心地良くて、うつらうつらしてきた。
「ふかふかしてていいな、毛……」
「人狼になります?」
「遠慮しておく。冗談が言えるなら、元気な証拠だな」
うと、うと……。
「あの、もう一つ提案なんですけど……。今度から、『ロイくん』って呼んで、弟みたいに接しても良いでしょうか? ほんとに、ちょっとした思いつきなんですけど」
「好きにしてくれ……」
睡魔に勝てず、適当に相槌を打つ。
ナンシアが、頭を優しく撫でてくれたような気がした。なんだか懐かしい姉のぬくもりを感じながら、眠りの世界に落ちていく……。
◆ ◆ ◆
ん……。
目が覚める。
ナンシアの懐から上体を起こすと、彼女も目を覚ましたようだ。
「おはよう……」
「すまん、起こしたか?」
「ううん、大丈夫」
うん? どうもナンシアの口調が……。
「その、言葉遣い変じゃないか?」
「昨日約束したでしょう? 弟みたいに接していい? って」
あー……。そんな約束を、交わした気もする。
「そうか。まあ、好きに呼んでくれ。もともと、君の方が年上だしな」
「うん!」
ほんとに、がらりと態度が変わったもんだな。まあ、姉のように接せられるというのは、個人的事情から、悪い感じはしない。
イグルーから外に出てみると、もう陽が随分高い。泥のように眠り込んでしまったようだ。おかげで、快調とは言い難いが、随分と体力が回復したように感じる。
「みんなを探しに行く?」
ナンシアが、出入り口からひょっこり、首だけ出す。
「まずは食事だな。朝飯前とはいかないだろう」
再度、松明を取り出して焚き火にし、焼き干し肉と白湯を作る。
今朝も簡素な食事をとりながら、今日の方針を話し合う。
「主に二パターンがある。我々だけで捜索を続けるか、一度下山して捜索隊を結成するかだ」
「やっぱり、前者じゃない? サンちゃんたち心配だよ」
「俺は、断然後者を推す。やはり、二人だけでは捜索力に限界がある。それに、二次遭難でもしたら、それこそ目も当てられない。いやまあ、すでに遭難しているが」
半獣状態を解いてないゆえ、表情を推し量ることはできないが、悩んでいるようだ。
「……ロイくんに従うよ。リーダーだもんね」
狼の口で器用にコップのお湯を飲み干し、深く息を吐く彼女。
「でも、資金はどうするの? こういうの、すごくお金がかかるでしょう?」
「今回の報酬で賄うよ。幸い、高額案件だ。ただ、証拠が要るな」
ナンシアと一緒にイグルーの外に出て、上にしばらく歩いていくと、見覚えのあるでかぶつを発見した。シャックスの死体だ。我々は、かなり下に流されたらしい。
「これを持っていこう。未知の化け物を、打倒した証拠になるだろう」
巨大なゴーグルを外すと、黒いガラス玉のような目が姿を見せた。もっとも、片方は潰れているが。
ともかくも、証拠をポーチにしまい、山口を目指すのであった。
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