バーブル王国は、東に海を持つ沿岸都市で、街中に潮の香りが漂っていた。話に聞いた通り大変活気に溢れており、ルンドンベアをさらに上回る盛況ぶりだ。何の祝いか、祭も開かれている模様。
我々冒険者は適度な宿を取り、三日ほど逗留する予定となっている。予想外の襲撃があった結果、臨時に危険手当が支給されており、懐も温かい。
「兄貴、あれ旨そう!」
「おいおい、さっき別の串焼きを食べたばかりだろう?」
「だって、せっかくの異国じゃないっスか! 食い尽くさなきゃソンっスよ!」
サンは、自由行動になってからというもの、食べ歩きに余念がない。まあ、一週間ぶりのまともな食事だしな。沿岸都市だけあって、大通りには、ルンドンベアではお目にかかれない海の幸が溢れており、かくいう俺たちも、ホタテと烏賊の串焼きを手に歩いている。もっとも、先程述べたように、義妹はすでに両方平らげてしまっているが。
「宿はどこにします?」
烏賊を食みながら、クコが尋ねてくる。そうだなあ。
「俺のカンでいいか?」
「おー! 兄貴のカンは確かだからな! あの宿屋選んだのも、兄貴なんだぜ」
はっはっはっ、褒めても何も出ないぞマイシスター。とはいうものの、期待にはきちんと応えねばな。
鼻と目を利かせ、次なる宿を吟味する。すると、一軒の宿屋に、ビビビとセンサーが反応した。
木彫りのカジキマグロの看板を下げた店で、『輝く鱗亭』と屋号が書かれている。
「ここ、どうかな?」
皆を見回すが、特に不服はないようだ。ではここにしよう。
「ところでロイさん、烏賊の匂いって精」
「黙れ」
宿に入り際、烏賊を食べ終わったクコの下ネタを、笑顔で阻止する。異国まで来て、やめなさい。ほんとに。
「らっしゃぁい!!」
店内に入ると、えらく威勢のいい大声が響く。声の主は、角刈りにハチマキ姿がよく似合う、ガタイのいいおっちゃん。
「宿を六人分。空いてますかね? 俺と、あと一人はシングルで」
「はい、大丈夫でさァ」
とりあえず、空き部屋は問題ないようだ。やっとゆっくりできるな。夜まで、旅の疲れを癒そう。
「うちには温泉がありやすんで、ぜひ入ってみてくだせえ!」
ほほう、温泉とな? そいつぁ楽しみだ。
◆ ◆ ◆
視点は、ロイから移る。
がらがらと引き戸を開けて、裸体に手ぬぐい一枚のサン、パティ、フラン、クコ、ナンシアが、夕日差し湯けむり立つ、露天風呂に入ってきた。長髪のフランとクコは髪を上げている。先客はおらず、貸切状態だ。
「これが温泉ですか。初めて見ます」
「すげーな! これ、中に入っていいんだろ!?」
目を白黒させているクコと目をキラキラさせているサンという、実に好対象な二人。
「ご主人によれば、まずはかけ湯をするのがマナーらしいですね。足元からかけていくのが、コツだそうです」
パティが湯を汲んで自らの体にかけ、他の四人もそれに倣う。
「こちらも良い湯加減みたいですね」
湯船に手を差し入れて泳がし、湯加減を確かめるナンシア。ゆっくりと足から湯船に浸かっていき、他の者もそれに続く。
「うほお! 何だこれ、気持ちいいぞ!」
「落ち着きなさいな。これは面白いですわね、天国にいるかのような心地よさですわ」
バシャバシャと水しぶきを上げてはしゃぐサンを、フランが制する。
「思えばこうして女同士でゆっくり話す機会って、ありそうであんまりなかったですね」
ぷに。
「ちょっ!? 何するんですの!?」
「いやー、フランさんほど大きいと、突き甲斐がありますなあ」
変態エルフに、胸を突かれてしまったフラン。
なお、大きいとの評だが、我々の世界でいうAカップ程度である。しかし、サーズベルラーでは規格外の巨乳に当たる。
「そして、ナンシアさんの平坦さも、また尊し……」
「なっ! やめてください!」
フランに一発頭を引っ叩かれた後、今度はナンシアの無乳をまさぐるクコ。
「あなた、見境なしですの!?」
「わたしに、見境があるように見えますか?」
無駄にキリリとした表情に、呆れ返って、説教すらする気が失せる神官であった。
「パティさんは、わたしと同じぐらいですかねー」
「ひゃうっ!?」
今度は、互いの胸に左右それぞれの手を当てて、感触を確かめる。
なお、パティもクコも、我々の世界でいうAAカップというところ。サーズベルラー人女性の、平均的サイズである。
「サンちゃんは……これからってとこですかねー?」
「な、なんだよー……」
サンの胸部を視姦するド変態の視線から隠すように、胸を抑えて背を向ける最年少。彼女もまた、ナンシア同様まっ平らである。
「みんな違って、みんないい。名言ですね」
うんうんと頷き、一人納得する、歩く煩悩。
「もう……なんか、変な気分になってきましたわ。のぼせそうですし、そろそろ上がりません?」
フランの提案で、皆、湯から上がる。クコは、色んな意味で名残惜しそうだ。
「そういえば……。ロイさん隣の男湯に入ってるんですよね? 今の会話、丸聞こえじゃないですか?」
パティの指摘に、一同は桜色に染まった顔を、さらに紅潮させた。
◆ ◆ ◆
視点は、ロイに戻る。
「みんな遅かったな」
女性陣が食堂にやって来たので、声を掛ける。皆の会話は、パティの指摘通り丸聞こえだったが、そこは言ってやらないのが、優しさというものだろう。パティといえば、湯上がりにも拘らず、すでにいつもの鎧姿だが、蒸れないのだろうか。外はすっかり日が落ちている。
「お待たせしました。お食事をいただきましょう」
すました顔で、着席するフラン。他のメンバーもそれに続き、ハチマキ姿の若い男性従業員が注文取りに来る。いつもの宿屋の女将さんも、従業員雇えばいいのになあ。一人で切り盛りするの、大変だろうに。
「ここは、何がおすすめかな?」
「そりゃあ、何と言っても魚介類ですね! この時期だと、アジ、ハモなんかが旬ですよ」
アジは内陸育ちの俺でも名前ぐらいは耳にしたことがあるが、ハモというのは耳慣れぬ魚だ。皆も興味深げな様子。
「じゃあ、それと酒を」
「畏まりました」
店員は笑顔でオーダーを記し、厨房に引っ込んでいく。皆で旅の思い出など話していると、体感十数分ほどして、先程の彼が料理を手に戻ってきた。
「お待ちどう様です。アジの刺身です」
刺身とな? 皿の上を見てみれば、謎の白い糸のような細切りの上に、生魚の切り身が、そのまま乗せられているではないか。しかも、付け合せに謎の黄色いペーストに、黒い汁。それとは別に、口の狭まった壺のような陶器と、同じ土から作ったであろう、小さな陶器の器のおまけつき。とどめに、フォークの他に、先の細まった謎の黒い木の棒が二本。何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?
「召し上がり方は、ご存じですか?」
「いや、バーブル料理は初めてなもので」
「本来はこちらの箸で召し上がるのがおすすめなんですが、無理せずこちらのフォークをお使いください。アジの刺身には生姜を載せて、醤油をつけて召し上がってください。こちらの白いのはツマといって、大根の細切りです。米酒がとても合いますよ!」
彼が順に、棒、フォーク、切り身、黄色いペースト、黒い汁、白い糸、陶器を指して説明してくれる。困惑は消えないが、まあ何とかなるだろう。
さっそく言われた通りに切り身に生姜と醤油をつけ、口元に運ぶが……ううむ、夏場に魚の生食というのは勇気が要るな。ええい、ままよ!
思い切って咀嚼すると、生魚独特の生臭さを生姜が打ち消し、醤油のまろやかな塩辛さが舌に来る。これに、生独特のクニュクニュした食感が加わって、実に面白い。
ここで、温く燗された米酒を手酌でグイッと飲むと、キリリとした辛味がすっきり舌を洗う。ううむ、バーブルの真髄、ここに見たり! 大根も地味に旨い。
「お待ちどう様です。ハモの湯引きと、お吸い物をお持ちしました」
今度の料理は、細かく包丁の入った白身魚を茹でたものに、赤いペーストが乗っている。もう片方は、澄んだ汁の中に、同じく細かく包丁の入った白身魚が沈んでおり、三つ葉が浮いている。
「この赤いペーストは?」
「梅干しと言って、梅という植物の実を、紫蘇という植物の葉と一緒に塩漬けにしたものを、裏ごししています」
へえ、そりゃまた面妖な。とりあえず湯引きとやらの方から頂いてみるか。……むう!? 酸っぱい! しかし、ハモの淡白ながらしっかりした旨味と酸味が、実に調和している。こんな食べ方もあるのか! さらに面白いのはハモの舌触りで、大量に入れられた包丁により、ほろほろとしたものとなっている。ううむ、実に面白い。これまた酒が進む味だ。
では、こちらの椀物はどうか。一口すすると、ハモの出汁が溢れる。もう一つ味付けとして、先程の醤油に似た調味料が使われているようだ。これが滋味というものか。三つ葉の清涼感も、良いアクセントだ。バーブルや、ああバーブルや、バーブルや。
気づけば、料理をすっかり平らげてしまった。今日は面白い料理と温泉に出会えて、異文化を満喫したぞ。明日はちょっとやりたいことがあるので、早めに休むとしよう。
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