小市民魔導剣士、冒険しつつ異世界を食べ歩く!

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第十一話 魔導剣士ロイ、海の幸に舌鼓を打つ

公開日時: 2022年7月30日(土) 13:32
文字数:3,631

 バーブル王国は、東に海を持つ沿岸都市で、街中に潮の香りが漂っていた。話に聞いた通り大変活気に溢れており、ルンドンベアをさらに上回る盛況ぶりだ。何の祝いか、祭も開かれている模様。


 我々冒険者は適度な宿を取り、三日ほど逗留とうりゅうする予定となっている。予想外の襲撃があった結果、臨時に危険手当が支給されており、懐も温かい。


「兄貴、あれ旨そう!」


「おいおい、さっき別の串焼きを食べたばかりだろう?」


「だって、せっかくの異国じゃないっスか! 食い尽くさなきゃソン・・っスよ!」


 サンは、自由行動になってからというもの、食べ歩きに余念がない。まあ、一週間ぶりのまともな食事だしな。沿岸都市だけあって、大通りには、ルンドンベアではお目にかかれない海の幸が溢れており、かくいう俺たちも、ホタテと烏賊の串焼きを手に歩いている。もっとも、先程述べたように、義妹いもうとはすでに両方平らげてしまっているが。


「宿はどこにします?」


 烏賊を食みながら、クコが尋ねてくる。そうだなあ。


「俺のカン・・でいいか?」


「おー! 兄貴のカンは確かだからな! あの宿屋青い三日月亭選んだのも、兄貴なんだぜ」


 はっはっはっ、褒めても何も出ないぞマイシスター。とはいうものの、期待にはきちんと応えねばな。


 鼻と目を利かせ、次なる宿を吟味する。すると、一軒の宿屋に、ビビビとセンサーが反応した。


 木彫りのカジキマグロマーリンの看板を下げた店で、『輝く鱗亭』と屋号が書かれている。


「ここ、どうかな?」


 皆を見回すが、特に不服はないようだ。ではここにしよう。


「ところでロイさん、烏賊の匂いって精」


「黙れ」


 宿に入り際、烏賊を食べ終わったクコの下ネタを、笑顔で阻止する。異国まで来て、やめなさい。ほんとに。


「らっしゃぁい!!」


 店内に入ると、えらく威勢のいい大声が響く。声の主は、角刈りにハチマキ姿がよく似合う、ガタイのいいおっちゃん。


「宿を六人分。いてますかね? 俺と、あと一人はシングルで」


「はい、大丈夫でさァ」


 とりあえず、空き部屋は問題ないようだ。やっとゆっくりできるな。夜まで、旅の疲れを癒そう。


「うちには温泉がありやすんで、ぜひ入ってみてくだせえ!」


 ほほう、温泉とな? そいつぁ楽しみだ。



 ◆ ◆ ◆



 視点は、ロイから移る。


 がらがらと引き戸を開けて、裸体に手ぬぐい一枚のサン、パティ、フラン、クコ、ナンシアが、夕日差し湯けむり立つ、露天風呂に入ってきた。長髪のフランとクコは髪を上げている。先客はおらず、貸切状態だ。


「これが温泉ですか。初めて見ます」


「すげーな! これ、中に入っていいんだろ!?」


 目を白黒させているクコと目をキラキラさせているサンという、実に好対象な二人。


「ご主人によれば、まずはかけ湯をするのがマナーらしいですね。足元からかけていくのが、コツだそうです」


 パティが湯を汲んで自らの体にかけ、他の四人もそれに倣う。


「こちらも良い湯加減みたいですね」


 湯船に手を差し入れて泳がし、湯加減を確かめるナンシア。ゆっくりと足から湯船に浸かっていき、他の者もそれに続く。


「うほお! 何だこれ、気持ちいいぞ!」


「落ち着きなさいな。これは面白いですわね、天国にいるかのような心地よさですわ」


 バシャバシャと水しぶきを上げてはしゃぐサンを、フランが制する。


「思えばこうして女同士でゆっくり話す機会って、ありそうであんまりなかったですね」


 ぷに。


「ちょっ!? 何するんですの!?」


「いやー、フランさんほど大きいと、つつき甲斐がありますなあ」


 変態エルフに、胸をつつかれてしまったフラン。


 なお、大きいとの評だが、我々の世界でいうAカップ程度である。しかし、サーズベルラーでは規格外の巨乳に当たる。


「そして、ナンシアさんの平坦さも、また尊し……」


「なっ! やめてください!」


 フランに一発頭を引っ叩かれた後、今度はナンシアの無乳をまさぐるクコ。


「あなた、見境なしですの!?」


「わたしに、見境があるように見えますか?」


 無駄にキリリとした表情に、呆れ返って、説教すらする気が失せる神官であった。


「パティさんは、わたしと同じぐらいですかねー」


「ひゃうっ!?」


 今度は、互いの胸に左右それぞれの手を当てて、感触を確かめる。


 なお、パティもクコも、我々の世界でいうAAカップというところ。サーズベルラー人女性の、平均的サイズである。


「サンちゃんは……これからってとこですかねー?」


「な、なんだよー……」


 サンの胸部を視姦するド変態の視線から隠すように、胸を抑えて背を向ける最年少。彼女もまた、ナンシア同様まっ平らである。


「みんな違って、みんないい。名言ですね」


 うんうんと頷き、一人納得する、歩く煩悩。


「もう……なんか、変な気分になってきましたわ。のぼせそうですし、そろそろ上がりません?」


 フランの提案で、皆、湯から上がる。クコは、色んな意味で名残惜しそうだ。


「そういえば……。ロイさん隣の男湯に入ってるんですよね? 今の会話、丸聞こえじゃないですか?」


 パティの指摘に、一同は桜色に染まった顔を、さらに紅潮させた。



 ◆ ◆ ◆



 視点は、ロイに戻る。


「みんな遅かったな」


 女性陣が食堂にやって来たので、声を掛ける。皆の会話は、パティの指摘通り丸聞こえだったが、そこは言ってやらないのが、優しさというものだろう。パティといえば、湯上がりにもかかわらず、すでにいつもの鎧姿だが、蒸れないのだろうか。外はすっかり日が落ちている。


「お待たせしました。お食事をいただきましょう」


 すました顔で、着席するフラン。他のメンバーもそれに続き、ハチマキ姿の若い男性従業員が注文取りに来る。いつもの宿屋青い三日月亭の女将さんも、従業員雇えばいいのになあ。一人で切り盛りするの、大変だろうに。


「ここは、何がおすすめかな?」


「そりゃあ、何と言っても魚介類ですね! この時期だと、アジ、ハモなんかが旬ですよ」


 アジは内陸育ちの俺でも名前ぐらいは耳にしたことがあるが、ハモというのは耳慣れぬ魚だ。皆も興味深げな様子。


「じゃあ、それと酒を」


かしこまりました」


 店員は笑顔でオーダーを記し、厨房に引っ込んでいく。皆で旅の思い出など話していると、体感十数分ほどして、先程の彼が料理を手に戻ってきた。


「お待ちどう様です。アジの刺身です」


 刺身とな? 皿の上を見てみれば、謎の白い糸のような細切りの上に、生魚の切り身が、そのまま乗せられているではないか。しかも、付け合せに謎の黄色いペーストに、黒い汁。それとは別に、口の狭まった壺のような陶器と、同じ土から作ったであろう、小さな陶器の器のおまけつき。とどめに、フォークの他に、先の細まった謎の黒い木の棒が二本。何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?


「召し上がり方は、ご存じですか?」


「いや、バーブル料理は初めてなもので」


「本来はこちらの箸で召し上がるのがおすすめなんですが、無理せずこちらのフォークをお使いください。アジの刺身には生姜を載せて、醤油をつけて召し上がってください。こちらの白いのはツマといって、大根の細切りです。米酒がとても合いますよ!」


 彼が順に、棒、フォーク、切り身、黄色いペースト、黒い汁、白い糸、陶器を指して説明してくれる。困惑は消えないが、まあ何とかなるだろう。


 さっそく言われた通りに切り身に生姜と醤油をつけ、口元に運ぶが……ううむ、夏場に魚の生食というのは勇気が要るな。ええい、ままよ! 


 思い切って咀嚼そしゃくすると、生魚独特の生臭さを生姜が打ち消し、醤油のまろやかな塩辛さが舌に来る・・。これに、生独特のクニュクニュした食感が加わって、実に面白い。


 ここで、ぬるく燗された米酒を手酌でグイッと飲むと、キリリとした辛味がすっきり舌を洗う。ううむ、バーブルの真髄、ここに見たり! 大根も地味に旨い。


「お待ちどう様です。ハモの湯引きと、お吸い物をお持ちしました」


 今度の料理は、細かく包丁の入った白身魚を茹でたものに、赤いペーストが乗っている。もう片方は、澄んだ汁の中に、同じく細かく包丁の入った白身魚が沈んでおり、三つ葉が浮いている。


「この赤いペーストは?」


「梅干しと言って、梅という植物の実を、紫蘇という植物の葉と一緒に塩漬けにしたものを、裏ごししています」


 へえ、そりゃまた面妖な。とりあえず湯引きとやらの方から頂いてみるか。……むう!? 酸っぱい! しかし、ハモの淡白ながらしっかりした旨味と酸味が、実に調和している。こんな食べ方もあるのか! さらに面白いのはハモの舌触りで、大量に入れられた包丁により、ほろほろとしたものとなっている。ううむ、実に面白い。これまた酒が進む味だ。


 では、こちらの椀物はどうか。一口すすると、ハモの出汁が溢れる。もう一つ味付けとして、先程の醤油に似た調味料が使われているようだ。これが滋味というものか。三つ葉の清涼感も、良いアクセントだ。バーブルや、ああバーブルや、バーブルや。


 気づけば、料理をすっかり平らげてしまった。今日は面白い料理と温泉に出会えて、異文化を満喫したぞ。明日はちょっとやりたいことがあるので、早めに休むとしよう。

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